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フェイク 第1622号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年10月16日(火)23時56分43秒
  (発行=18.10.15)

顕正会こそ堕地獄の邪教!
浅井昭衛の九月度総幹部会での戯言を破折
日蓮大聖人の仏法とは無関係の妄論

 邪教・顕正会の機関紙「顕正新聞」十月五日付に九月度総幹部会の内容を掲
載している。一面には「堕獄の道歩む八百万学会員を救わん」との大見出しを
付けて、会長・浅井昭衛の戯言の要旨を一面に載せ、二面から五面まで全文を
長々と掲載している。

 浅井の話は我見、邪義、妄言なので詳細は割愛するが、一面の見出しに付け
たような暴言は看過できないので端的に破折する。

 それは次の内容である。「私は学会員を不憫(ふびん)に思う」「いま『入阿
鼻獄(にゅうあびごく)』の道を進んでいるのです。無間地獄に堕ちてしまった
ら、取り返しがつかないではないか」「私は早く八百万学会員を救いたい」「
遥拝勤行に励み、ともに国立戒壇建立に戦う同志となってほしい」

 これは世界に広がる学会を妬んだ浅井が顕正会員に対し〝学会員を脱会させ
て、顕正会に入会するように勧誘せよ〟と言葉巧みに煽っているのである。そ
のため、最近は「日蓮大聖人の仏法」と書いた基礎教学書なる書籍のチラシ(
広告)を学会員宅に配布する愚かな顕正会員が目立っている。

 無知な顕正会員は浅井が大聖人の仏法を説いていると錯覚しているようだが、
浅井の話は大聖人の仏法とは異質の邪見、妄論である。

 そんな浅井に洗脳された顕正会員が例え増えたとしても広宣流布とは何の関
係もない。

 面白いのは浅井が大聖人の真似をして的外れの予言を繰り返してきたことだ。

 大聖人が鎌倉幕府の内乱(北条時輔の乱)及び蒙古襲来という未曽有の国難
を、その発生時期も含めて予言され、それが的中したのは周知の事実。それを
浅井は真似て、厚顔無恥にも己に予知能力があるかのような言い回しで首都圏
直下型地震、疫病の猛威、経済破綻、日本国の滅亡、人類の絶滅、ソ連・北朝
鮮・中国による侵略、核戦争、大旱魃など、これまで多岐にわたって予言を言
い続けて、不安を煽ってきたが、幸いなことに一度も当たらない。阪神・淡路
大震災や東日本大震災、最近の熊本・大阪・北海道の地震も予言できなかった。

 遥拝勤行に功徳は無い

 浅井は会員を増やして書籍類を売りつけ、寄付を集めるために大聖人の仏法
を悪用する法盗人とも言うべき宗教ペテン師である。

「入阿鼻獄の道を進み、無間地獄に堕ちる」のは、他でもない、浅井自身だ。
そんな浅井を「不憫に思う」

 浅井は学会員が「遥拝勤行に励み、ともに国立戒壇建立に戦う同志となって
ほしい」と哀願しているが、笑止千万!

 顕正会流の遥拝勤行に功徳は無い。先日、基礎教学書のチラシを配布してい
た中年の顕正会員が「遥拝も直拝も同じ功徳がある」と言うので「それなら国
立戒壇を建立して拝みに行かなくても良いではないか」と言うと、無言で帰っ
て行ったと、友人が笑っていた。

 そもそも「国立戒壇」とは、これまでも本紙で再三、述べてきた通り、大聖
人の御遺命ではなく、御書にも記されていない。国柱会の田中智学の造語であ
る。

 こんな国立戒壇に固執する顕正会は大聖人の仏法とは無関係の邪教なのである。


 
 

フェイク 第1621号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 9月30日(日)01時19分40秒
  (発行=18.09.27)

テレ朝番組「名誉棄損に当たらず」
警視庁公安部の家宅捜索を報じたニュース
東京高裁が顕正会の請求を棄却、一審判決を破棄

顕正会(会長・浅井昭衛)が警視庁公安部による家宅捜索を報じたテレビ朝日
のニュースが事実と異なるとして損害賠償を求めて提訴した裁判で、東京地裁
は三月、テレビ朝日に対して二十万円の支払いを命じる判決を言い渡していた。

テレビ朝日は、この判決を不服として控訴していたが、東京高裁は二十六日
に一審判決を破棄し、顕正会の請求を棄却した。

この警視庁による捜索とは平成二十五年九月十一日、勧誘活動をめぐって顕
正会の本部、及び東京都板橋区内の東京会館など五カ所を暴力行為法違反と強
要の疑いで家宅捜索(写真)したもの。更に、強引な勧誘を行なった顕正会員の
男二人からも事情を聴取していた。

以下は、この件に関するテレビ朝日の報道である。

東京・板橋区(編集部注=本部・さいたま市)の宗教法人「顕正会」は、警視
庁公安部による家宅捜索を報じたテレビ朝日のニュースが事実と異なるなどと
して損害賠償を求めて提訴し、東京地裁は三月、テレビ朝日に対して二十万円
の支払いを命じる判決を言い渡しました。

テレビ朝日はこの判決を不服として控訴していました。

二十六日の裁判で東京高裁は、放送にあった日本脱カルト協会の理事へのイ
ンタビューについて、「真実と信じる相当の理由があった」などと指摘しまし
た。そのうえで一審判決を破棄し、顕正会の請求を棄却しました。

「顕正会は悪質な勧誘をしていた」

また、産経新聞はさらに詳しく報じていたので、次にその記事を紹介する。

警察の捜査をめぐる報道で名誉を傷つけられたとして、宗教法人「顕正会」
(本部・さいたま市)がテレビ朝日に二百万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴
審判決が二十六日、東京高裁であった。

秋吉仁美裁判長は「名誉毀損に該当しない」として、テレ朝に二十万円の支
払いを命じた一審の東京地裁判決を取り消し、顕正会の請求を退けた。

顕正会は報道機関九社に損害賠償を求めていたが、一審は八社への請求を棄
却。

一方、テレ朝の番組で、顕正会が過去に悪質な勧誘をしていたと断定的に述
べた日本脱カルト協会理事の発言が名誉毀損にあたると判断した。

秋吉裁判長は、同協会は活動が幅広く報道されている団体で、理事が顕正会
の問題に取り組んでいること、顕正会会員が勧誘をめぐって逮捕されたことな
どから理事の発言についてテレ朝が「真実だと信じる相当の理由があった」と
して名誉毀損に当たらないと結論づけた。顕正会は「内容を精査して対応を検
討したい」

テレビ朝日広報部は「当社の主張が認められたものと考えている」とコメン
トした。

 

フェイク 第1620号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 9月 4日(火)22時43分11秒
  (発行=18.08.29)

宗門が「慧妙」の頒布禁止を通達
学会が靖国神社に献灯とは大誤報だった
「寺院内の同紙は撤去、配布するな」

 日蓮正宗宗務院が「慧妙」の頒布を禁止する通達を出し、全国の末寺から「
慧妙」が残らず撤去された。

「慧妙」は八月十六日付で一面全面を使って「学会員も呆然!靖国神社に『創
価学会』が献灯」「『みたままつり』で邪宗の提灯に混じって!」との大仰な
凸版、見出しを付けて学会の謗法行為などと非難中傷する記事を写真入りで掲
載した。これが大誤報だった。

「聖教新聞」二十四日付では「学会は献灯の申し込みなど一切行っていない」
「二十三日、偽計業務妨害罪及び名誉毀損罪で警視庁(麹町警察署)に告訴の
申し立てを行った」ことが報じられた。

 これに慌てた宗務院は翌二十五日、直ちに「お知らせー平成三十年八月十六
日付『慧妙』頒布の差し止めに関してー」なる文書を全末寺に配信。その内容
は「学会による今回の刑事告訴の結果が出るまで、各寺院における当該『慧妙』
の頒布は禁止」「また、寺院内の同紙(「慧妙」を指す)は撤去し、すでに檀
信徒が持ち帰ったものは、第三者へ頒布することの無いよう、速やかに周知徹
底、対応願います」というものである。

日顕の肝煎りで創刊

 この「慧妙」は甲信布教区で発行していた「広布」の第三種郵便物認可を横
取りする形で妙観講の機関紙「妙観」と合併、日顕の肝煎りで平成五年一月に
創刊。それ以来、毎号、書きたい放題の嘘八百、屁理屈を並べて学会に罵詈雑
言を浴びせている。

 この度はインターネット上に掲載された「創価学会」の名前入りの提灯の画
像に喜んで飛びつき、謗法の証拠だと、十分な検証も取材もしないで記事にし
て大失態を演じた。

 暴走する「慧妙」が宗門の見解と整合性を欠いた記事は枚挙に暇がない。

 例えば、日顕の「芸者写真」について「首のすげ替え」説や「こんな袴はお
持ちでない」という出鱈目な記事を載せたが、すげ替えた首ではなかったし、
袴も日顕の持ち物だった。

 また「慧妙」が正本堂を壊すことはないと書いた後、日顕が解体を指示した。

 典型的な事例は宗門の法義研鑚委員会と正反対の意見を同時期に発表したこ
とだ。「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇の大御本尊
が広布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、何も謗法者に拝ま
せてはならないから、という訳ではない」(「慧妙」平成五年十一月一日付)
との我見は滑稽の極みだった。

 一方、法義研鑚委員会(委員長・大村壽顕、当時の教学部長、故人)の見解
は「大白法」(平成五年十一月十六日付)に掲載された。

 「一閻浮提総与の御本尊といっても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。
これは宗祖大聖人の御教示であり、宗門七百年の鉄則である」と「慧妙」の邪
見を一刀両断したのだ。

 こんな「慧妙」を細川明仁、宗門から離れた花野充道らが非難したのは本紙
で再三、紹介した通り。更に、常在寺住職だった細井珪道(故人)は「あんなの
新聞じゃない」と法華講員に吐き捨てるように言ったのを聞いたこともある。
「慧妙」の記事を信じないことだ。

 

フェイク 第1619号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月29日(水)21時51分45秒
  (発行=18.08.27)

原発を以前は必要、今は全廃
顕正会・浅井昭衛の無節操な二枚舌を指弾
会員勧誘のため変説、不安を煽る予言

顕正新聞など殆んど読まないが、たまたま手にした八月十五日付に顕正会が
新設した法務部の次長・菅原克仁の「〝ウソ〟で原発を推進する櫻井よしこの
悪質コラムを糾弾する」という一文が載っていたので一瞥した。それは小泉元
首相の脱原発を間違いだと指摘した櫻井よしこ氏のコラムを読んだ菅原が「強
い違和感を覚えた」「(大停電などと)不安を煽り」「反吐が出る思い」等と感
想を述べ、原発廃止を書いているのだが、目新しい内容は何もない。

 菅原の言う「不安を煽る」のは顕正会会長・浅井昭衛の方だ。政権を批判し
ての国家破綻、首都圏直下型大地震、他国侵逼(隣国からの核攻撃、侵略)、自
界叛逆、核戦争による人類の絶滅、大旱魃、大疫病などの変な予言を繰り返し
て不安を煽り、会員を勧誘に狂奔させているではないか。

この菅原の一文を見て思い出したのが浅井の原発に関する無節操な変説、二
枚舌である。

 顕正会は今では「原発全廃特集号」「原発廃絶特集号」を出して浅井が「原
発を即時全廃・廃絶せよ」と叫んでいるが、以前は逆で原発を肯定していた。

 特に、平成五年六月六日の青森大会での質問会で、浅井は「これは直接仏法
とは関係ない話題ですが…」と前置きして原発の必要性を強調していたので要
約して紹介する。

「今この経済発展を支えているエネルギー、これはもう石油には頼れない。今
後、石油は枯渇します。そうすると、いかなる国も、人類全体が新しいエネル
ギー源として原子力に頼らざるを得ない。もし頼らないと日本の今の経済生活
は大変なことになる」

「今のエネルギーの中で(原子力発電が)全国の発電量の三十%までいっている。
だから原子力を全部、日本人が『ダメだ、捨てろ、捨てろ』と言うと、三十%
の電力がなくなるから、経済成長も三分の一にダウンし、日本は生活できない」

「日本だけじゃない。全世界が核エネルギーを使って、現在の生活が成り立っ
ている」

原発よりも自動車事故の方が被害大

「今の日本の経済生活を全部、否定して昔に戻るんだと、もう電力なんかいら
ないと、言うんだったら構いませんけども、今の生活を維持しようというんだ
ったら核エネルギーを無視できない」

「原子力発電に反対、核エネルギー反対って言って、全部、破棄しろ、危険だ
といっても、日本では原発で誰が死んだんでしょうか。誰も死なないでしょ?」

浅井は、このように述べて「自動車事故で年間一万数千人が死んでいる」と
か、ゴールデンウィークの時には山や海で「必ず数十人、毎年、死ぬんですよ」
と言って「原発の問題なんかちっちゃい」と原発の安全性を強調していた。

それが東日本大震災、福島の原発事故を機に反省もしないで原発の即時全廃
を訴えるように変説したのは、会員を増やす勧誘が目的で、原発はどうでも良
いのだ。

若い菅原は以前の浅井の原発肯定の話を知らないようだが、これを知ると「
強い違和感を覚えて、反吐が出る思い」になるだろう。


 

フェイク 第1618号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月16日(木)14時00分36秒
  (発行=18.08.13)

解散処分は妙信講の暴挙が原因
邪義で会員を騙し勧誘に狂奔させる浅井昭衛 ㊦
「本門寺改称」は浅井の邪推、妄想だ

邪教・顕正会の浅井昭衛は一日、「二百万達成記念」と銘打った幹部会で、
二百万を達成したと述べた直後、大災害の打ち続く中での涙の出るような弘通
を有難く思う、と語っていた。これは今後も大災害に付け入り、被災地で勧誘
活動をするよう扇動する発言と言えよう。

というのは、阪神・淡路大震災の後も浅井は幹部会で「大地震の被災地では
入信勤行が続々と行われている。あの大災害の中でも顕正会員は毅然として立
っているのです。私は聞きながら涙が出てきた」と語っていたことがあるから
だ。

顕正会が被災地で懸命に救援活動をしていたという話は聞かないが、あの大
変な被災地で勧誘していたとは非常識極まりない。

こんな顕正会の勧誘は、オウム真理教が阪神大震災の際、麻原彰晃が「神戸
の地震予知を的中させた」と狂喜して、被災者の救援もせず、被災地で「地震
的中」というビラを配布していた狂気の宣伝と類似している。

そして、顕正会が以前の「入信願書」を「入信報告書」に変更して入信者の
署名・捺印を不要にしたのも阪神・淡路大震災の後の平成七年六月からであっ
た。

これにより本人が入会の意思を示していないのに、いつの間にか会員になっ
ているケースが続出するようになった。

 以下、幹部会での浅井の話を簡潔に指弾する。

「正系門家においては第二祖日興上人・第三祖日目上人以来七百年、この国立
戒壇建立を唯一の宿願として来たのであります」と語ったが、これは前号で触
れた通り、真っ赤なウソ。日興上人、日目上人の頃は国立戒壇という用語はな
かった。

 更に、浅井はウソを重ねて自己賛嘆を続ける。

顕正会の前身である妙信講は昭和四十九年八月十二日、解散処分になったが、
正系門家から国立戒壇の御遺命は消滅し、正本堂を讃える悪声のみがこだまし
たので浅井が「御遺命守護に身を捨てて立ち上がった」と美化している。

 国立戒壇が御遺命でないことは既に述べた通り。御遺命でないのに身を捨て
て守護する必要はない。

妙信講も正本堂の御
供養に賛同して参加

 この当時、妙信講の幹部が真相を吐露。「正本堂建立の御供養には賛同して
参加したが、主導権を学会に握られていたので異議を唱えるようになった」と
のことだ。自己顕示欲の強い浅井の考えそうなことである。

 宗務院の「元妙信講等処分の経過について」によると、浅井らは宗門の再三
の制止を無視して宗門と学会を非難する文書の街頭配布を始め、七月二十九日
には明治公園で集会、引続き四ツ谷駅までデモ行進を行い、寺院に押しかけて
法論の強要等も行なったとある。

 更に、日達法主に「流血の惨を見ること必至」との脅迫の書面を送りつける
など暴挙の限りを尽くして解散処分となった。

 その処分を不服として十月四日、妙信講の青年部約七十人が学会本部を襲撃
する事件まで起こした。

 なお、正本堂の解体は浅井の諫言とは無関係で、日顕の悩乱による愚挙であ
る。

また「本門寺改称」問題はなかった。これは浅井の邪推、妄想にすぎない。

 

フェイク 第1617号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月15日(水)13時40分3秒
  (発行=18.08.12)

顕正会の二百万達成は大嘘
邪義で会員を騙し勧誘に狂奔させる浅井昭衛 ㊤
国立戒壇は御遺命ではなく国柱会の造語

邪教・顕正会が八月一日、総幹部会を「二百万達成記念」と銘打って開催し
た。

席上、総務の矢島が六・七月度の折伏成果を発表。男子部一万千二百四十八
名、女子部一万千五百七十二名、婦人部が六千二百三十八名の合計二万九千五
十八名で「これにより、本日現在の会員総数は、実に二百万七千九百名となり
ました」と報告した。

 狂喜の拍手が続く中、登壇した会長の浅井昭衛は得意満面で「広宣流布の基
盤たる二百万を達成できた」と有頂天だった。

 だが、日蓮大聖人の仏法とは無縁の浅井の邪義、妄説、我見に洗脳された顕
正会員が、いくら増えても広宣流布ではない。二百万は広宣流布の基盤ではな
く、むしろ、正法の世界広布の障害になるだけである。

顕正会の内情に詳しい人の話によると、この二百万というのは、多くの退会
者、及び亡くなった人、無理に連れ出されて、お経を唱えたり、数珠などを渡
されたものの、会員になった自覚もない人を含めた数字で、実際は公称会員数
の一割程度、活動家はそれ以下という。二百万達成は大嘘だ。

 幹部会で浅井は顕正会の発足から六十一年、解散処分から四十四年間の足跡
を振り返り〝御遺命守護〟の御奉公であったと、約四十五分間にわたって自己
賛嘆に終始していた。

 この浅井の言う御遺命とは国立戒壇のことだが、それは大聖人の御遺命では
ない。大聖人の御遺命とは、端的に言えば広宣流布と立正安国である。しかも
顕正会や今の日蓮正宗のような強引な手法で信者を増やせば良いというもので
はない。人間一人一人が幸せになっていくことが根本であり、それが大聖人の
仏法の精神である。

大聖人の根本精神が分からない浅井の口癖は、日本一国が大聖人に帰依しな
いと巨大地震、自界叛逆・他国侵逼難、大飢饉が現実になって日本が滅亡する
という我見で、これを防ぐには顕正会員を増やして、学会と宗門が放棄した国
立戒壇を建立する以外にはない、と妄論を繰り返して会員獲得を煽る。

浅井の言う国立戒壇は、国柱会の田中智学の造語で、御書にも明治より前の
文献にも一切ない。

田中智学は日本の国体と仏法が一致するという邪義を考え、その見地から国
立戒壇論を提唱した。

この用語は世界宗教である日蓮大聖人の仏法を歪曲するものだ。宗門は戦前、
国家権力に迎合しようとして国立戒壇論を取り入れ、学会は外護団体として宗
門の国立戒壇論に一時、従っていたが、戸田第二代会長は明確に国教化を否定
していた。つまり、学会は元々、国柱会や顕正会と同じ意味で国立戒壇を唱え
ていたのではなく、今、それを言わないから違背するとか放棄したというもの
ではない。

学会は民衆の幸福を最大の目的として掲げ、第二・三代会長は信心が豆腐な
ら戒壇建立はオカラのようなものと語っていた。実に名言である。(つづく)


 

フェイク 第1616号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月 5日(日)11時53分0秒
  (発行=18.08.03)

「大石寺が供養金で金貸し業」
江戸時代の古文書が示す無慈悲な体質
庶民の苦悩を顧みず韮山代官所に嘆願

日蓮正宗大石寺が江戸時代は貧しい庶民を相手に金貸業を営んでいたーーこ
の史実を本紙では以前、取り上げたが、無知な法華講員の中には知らない人も
いるようだ。過日、「法論したい」と言ってきた二人の壮年講員に「大石寺は
江戸時代には御供養金で金貸しをしていた」と指摘すると、血相を変えて否定
していたということだ。

そこで本号では大石寺が悪質な金融業者だった事実を紹介した記事を再掲す
る。

江戸時代には寺請制度によって住民は何処かの寺の檀徒にならなければなら
ず、それが毎年、調べられて宗門改帳とか宗旨人別帳に記載されていた。いわ
ば、寺院は民衆統治のための幕府権力の出先機関になっていたのである。

その見返りとして、寺は幕府から経済的保護を受け、また、檀家を永久的に
確保することもできた。その檀徒から供養という名目で金を絞り取り、葬儀や
法事の度にも布施を巻き上げていた。このように信仰を失って仏教の本来の役
割を忘れた坊主共が、宗教的権威を笠に来て庶民を苦しめ、飽くなき収奪を続
けるのは、昔も今も変わらないようだ。

それだけではなく、有力者から金を集め、その集めた金を高利で庶民に貸し
付けるという「高利貸し」を始めた寺も見られた。

貸し付ける相手は、主として寺の檀家や周辺の農民などであった。

農民らは土地を抵当に寺院から借金し、凶作などで利息を払うことができな
い場合、抵当に入れた土地を寺に取りあげられることも少なくなかったという。

寺は農民から取り上げた土地を小作地として農民に貸しつけた。農民たちは
寺に取られた土地を小作人となって耕作し、寺には小作料を、御上には年貢を
納める羽目になったのである。

このように、江戸時代の寺は庶民の信仰の拠り所ではなく、寺は庶民を食い
物にしていた感がある。

歴史の教授が大石寺の冷酷な素顔を指摘

坊主共は権力者の庇護と宗教的権威を背景に庶民を卑下し、寺に参詣する者
の信仰心を供養の額で量り、寺に参詣しない者には禁教のキリシタンとして役
所に訴えると脅迫し、また坊主に逆らえば地獄に堕ちる等と脅した。それら坊
主共には慈悲の欠片もなかった。

本紙編集室は江戸時代の古文書を所有している(次頁に写真)。

これを読んだT大学の歴史学教授は、寺院が金貸しをしていたのは珍しい事
ではないが、大石寺も幕府の権力を背景にして、庶民を相手に金貸業を営み、
返済期限の延期や利息の滞納などは認めない金融業者としての冷酷な素顔が窺
える、と指摘した。

まず注目すべきは書き出しである。

そこには寛永十二(一六三五)年十月十二日、大石寺が猛火に包まれ、全焼
したと記している。この事実は「日蓮正宗富士年表」(大石寺富士学林発行)
には故意か、或いは知らないのか、記載していない。以下に抜粋して紹介する。

 「寛永十二年十月十二日之夜寺中より出火本堂山門坊舎不残焼失仕」と本堂、
山門、坊舎などが残らず焼失したと記している。

 この文書は天保九年六月に大石寺が、豆州韮山の代官・江川太郎左衛門に哀
願した「口上覚」で、五重の塔の再建に関する箇所にも興味深い記述がある。

  そこには徳川六代将軍家宣の正室・天英院から貰った三百両で「山門」を再
建した、と書いたあと「其ノ餘金貸附ノ利銀相積り、延享年中、五重之宝塔再
建仕候」と明記している。

 つまり天英院から貰った金で「山門」を再建し、余った金を資金にして金貸
業をして、溜め込んだ利息を五重の塔建設の費用の一部にしたというのである。

 五重の塔の建設に関して日蓮正宗が公式に発表しているのは、延享三年に建
設を始めて寛延二年に完成、資金は板倉周防守勝澄からの一千両を含む総工費
四千両となっているが、ここでは大石寺が金貸業で金儲けしていた事実につい
て、古文書をもとに紹介する。

 この古文書には大石寺が、金貸業に精を出す有様が次のように書かれている。

大石寺の田畑が仏罰により大水で流された!

「右残金ヲ以テ御祠堂田ト為シ相求メ置キ候。回徳金ヲ貸附ケ置キ候……」

 救済すべき庶民を借金で縛り、高利を取って苦しめていた大石寺には厳然と
仏罰の現証が現れた。

「近年、打チ続ク凶作ノ上、天保五年四月八日、富士山ヨリ大水押シ下シ、御
祠堂田、多分二流失仕リ、修覆モ行キ届カズ、誠二以テ難渋仕リ候」と、金貸
業によって得た金で田を買い求めたが、富士山より大水が押し下して、その御
祠堂田は流失してしまって、修復も出来ない状態になったというのである。

 日蓮大聖人は「新池御書」のなかで次のように戒められている。

「守護の善神此の国を捨つる事疑あることなし(中略)或は旱魃をなさん或は
大水と成りて田園をながさんと申し」云々。

御書に照らし、大石寺の田畑が大水により流されたことは罰であることが明
白である。

 田畑を流された大石寺は、信心根本に懺悔して御本尊に祈ることはせず、権
力者に泣きついた。

 まず「御威光ヲ以テ是迄利銀不納モ御座無ク候」とある。これは代官所の役
人が大石寺に代わって借金の返済を迫る「触れ」を出していたので、その「御
威光」によって利息も期限通り大石寺に入金されていたことに対する御礼であ
る。

その後で「当時ノ世柄ニテハ、萬一滞リ之儀、御座候節ハ、愁訴奉ルベキ儀
モ、御座有ルベキ候」と続いている。

 凶作と水害のため、農民達が生活に困って、もし、借金の返済や利息を滞
納するようであれば、訴訟を起こしても取り上げると言っているのだ。

そして「其ノ節ハ何卒格別ノ御慈悲ヲ以テ、御取リ立テ成シ下シ置カレ候ラ
ハバ、有リ難キ仕合セト存ジ奉リ候」と代官に根回する腹黒さである。

庶民の窮状を顧みることもせず、自分達の安穏な生活だけを考えるのが日蓮
正宗大石寺の坊主の正体なのである。

今の大石寺は法華講員の窮状を顧みることなく収奪するが、金融業者だった
江戸時代の悪辣な体質そのものだと言ってよい。

 

フェイク 第1615号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月 4日(土)11時59分44秒
  (発行=18.08.02)

「信徒が供養したから僧が堕落」
今年も御聖誕八百年を口実に集金に躍起
日顕、日如ら坊主は供養の金で遊蕩三昧

日蓮正宗は法華講員に対して、八十万人体勢構築のために徹底して行動せよ、
登山しないと成仏しない、末寺の御講に参加するのが信者の勤めだ、塔婆を立
てて追善回向しないと先祖は救われない等々、日蓮大聖人の教えとは何の関係
もない無理難題のノルマを押し付けて、肉体的にも精神的にも信徒を苦しめて
いる。

これに加えて最近は「特別御供養に参加しよう」というチラシ(写真)を新た
に作って配布し、集金に血道をあげて経済的にも信徒を追いつめている。

この特別供養は、大聖人御聖誕八百年にかこつけて平成二十八年に続いて本
年十二月と明後年の計三度にわたって行うことに決めている。

今の宗門は何かと口実を設けては信徒から搾り取る。

ニセ法主元祖の日顕は、建て替える必要のなかった客殿新築の供養、奉安堂
建設の供養など少人数の法華講から約五百億円ともいわれる莫大な金を収奪し
たが、現在のニセ法主・早瀬日如も極悪坊主の日顕と同じく強欲坊主なのであ
る。

そんな強欲ぶりを物語る一例を挙げる。

平成二年十二月、学会による二百ケ寺寄進の百九ケ寺目として山形県長井市
に信妙寺、同じく百十ケ寺目として寒河江市に真覚寺を建立した。その落成入
仏式の際、運営役員が参加者の御供養を取りまとめ、日顕への目通りの前に当
時の庶務部長・早瀬義寛(現在の日如)に報告した。

すると早瀬は「こんな少ない御供養でどうするんだ。猊下がお泊りになる費
用や食事代も出ないじゃないか。何でこんなに少ないんだ。私達もたくさん来
ているんだぞ。どうするんだ」等と激しい口調で運営役員を怒鳴りつけた。

決して少ない金額ではなかった。地元の純粋な人達の真心からの御供養であ
ったが、それでも早瀬は宿泊費や食事代も出ないと言って怒り狂ったのであっ
た。

後で分かったことだが、日顕をはじめ当時の総監・藤本日潤、早瀬ら坊主が
揃って赤湯温泉の高級旅館で豪遊したとのことだった。

他にも阿部信彰らが供養の金を流用して温泉で楽しんだ話などもある。尊い
供養の金を浪費して遊興に耽り、堕落したのが日顕・日如をはじめとする日蓮
正宗の坊主共である。

学会が総本山を整備・荘厳した上で宗門に寄進した寺院は三百五十六ケ寺に
のぼる。この宗門にとって大恩ある学会を何の根拠もなく謗法団体と決めつけ
て破門し「大謗法の者」「信徒の分際で」等と誹謗中傷を繰り返すのが今の宗
門だ。

その挙句、日顕は「彼ら(学会を指す)は、ジーッと御供養して信仰やって、
坊さんが堕落するのを待っていたんです!」(平成六年五月二十六日、全国教
師寺族指導会)と、供養の金を浪費し、放蕩三昧して堕落した罪を純真な学会
員になすりつける。

法華講員は、こんな宗門の「法師の皮を著たる畜生」に供養しても堕地獄の
因と知るべきである。


 

フェイク 第1614号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 7月20日(金)11時29分31秒
  (発行=18.07.17)

「大石寺への登山に功徳は無い」
法華講員が粗末なチラシを配布して勧誘
戸田先生は登山停止の決議に「目出度い」

日蓮正宗大石寺への登山者が減少の一途をたどっているため坊主が法華講員
にチラシを広く配布させている。それは「創価学会員の方へ 正法に帰依し、
再び大石寺へ登山しよう」というもので第二代会長・戸田先生の指導を切り文
で使って「大石寺は功徳の根源」だと誤魔化して「成仏を遂げることができる
のです」と書いている。しかし、今の大石寺は功徳の根源ではなく、魔の巣窟
である。

宗門は日興上人が「地頭の不法ならん時は我も住むまじき由」(美作房御返
事)との日蓮大聖人の御遺言に従って身延を離山されたと説明している。

ところが、地頭どころか、相承詐称のニセ法主・日顕、日如が支配する大石
寺には「我も住むまじき」で、現在は大聖人とは無縁の邪宗の寺になっている
のだ。

また、このチラシでは「学会員である皆さんは、登山しなくなって何年経ち
ますか?」との欄の末尾に「今、何よりも大事なことは、組織の人や幹部の言
いなりになるのではなく、自ら判断して学会を離れ、日蓮正宗信徒として一日
も早く大石寺に登山参詣することなのです」と狡猾な言い回しで脱会を勧めて
いる。

これを見ると、登山を口実に学会員を脱会させ、法華講員にして特別供養に
参加させ、そのうえ、無謀な講員獲得の勧誘に狂奔させようとの邪宗坊主の腹
黒い魂胆が読み取れる。

断っておくが、学会員は皆、自らの判断で大聖人直結、御書根本の正しい信
仰をしているのであり、功徳のない無駄な登山を拒絶しているのである。

そもそも、登山しないと成仏しないとは妄言だ。

登山しないと成仏できないと言うのなら、経済苦で登山の費用の無い人、病
弱で体力的に無理な人などは、自宅で真剣に唱題しても成仏できないことにな
ってしまう。

チラシでは冒頭に記した通り、戸田先生の指導を切り文で引用して学会員に
登山を勧めている。

だが、神本仏迹論の邪説を唱えた小笠原慈聞の謗法を責めて「戸田城聖氏の
登山を停止す」との宗会決議に対して戸田先生は「フン」「目出度い」と言わ
れていた。

以下は、戸田先生による当時の「寸鉄」である。

一、宗会の決議では我等の会長が登山止めだそうな、物騒な世の中になったも
のだ。

一、忠義を尽して謗法を責めて御褒美あるかと思うたに、おほめはなくて「登
山まかりならん」とおしかりさ。弟子共一同「俺達も一緒に登らんわい、フン」
だってさ。

一、何が「フン」だい。決ってるじゃないか、日本全国の信者の声だってさ、
嘘もよい加減にしろ、折伏も出来ず、御衣の権威で偉ばること許(ばか)りを
知っとる坊主の学会に対するやきもちだからさ。

一、寸鉄居士会長に御伺いをたてたら「あんまり騒ぐなよ、こんな目出度いこ
とを」とニヤリさ。
  ◇    ◇

日如が登座して以来、法華講員の五十%増達成といっても、登山者数は一向
に増えない。春季総登山にしても減っている。

これこそが現在の大石寺への登山には功徳なし、の何よりの証拠と言える。

 

フェイク 第1613号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 6月14日(木)12時47分50秒
  (発行=18.06.12)

「日蓮正宗の信心を辞めたい」の声
本年十二月の特別供養に法華講員の悲鳴
他に類を見ない悪辣な集金教団

 日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」六月一日付に今年十二月の第二回目の特
別供養について「大勢で御供養に参加しよう」との見出しを付けて掲載してい
る。

この記事を読んだ複数の法華講員から本紙編集室に「もうウンザリだ。法華
講を辞めたい」「年金生活で楽じゃない」「こんなに金集めをする宗教は他に
はない」等の声が寄せられた。

確かに、かつて信者の財産を巻き上げる宗教としては、あのオウム真理教が
知られているが、それより酷いのが日蓮正宗で他に類を見ない悪辣な集金教団
だ。

特別供養の口実としては「大白法」では「平成三十三年に日蓮大聖人の御聖
誕八百年を慶祝するため」と称して、次の事業を進めていると記している。

①法華講員八十万人体勢構築の推進 ②三門大改修、五重塔・諸堂宇修復工事
及び関連事業 ③大聖人御聖誕八百年慶祝記念大法要、及び記念法要 ④記念出
版事業 ⑤その他委員会において必要と認める事業。

このうち八十万人体勢構築については「推進委員会が設置され、大布教区別、
布教区別の僧俗指導会等が開催されている」と述べているが、これは集金の理
由にはならない。

これらの指導会では布教部長の阿部信彰、副部長の新井契道や推進委員の坊
主らが檄を飛ばして法華講員に勧誘させているだけではないか。それなのに何
故、特別供養を集める必要があるのか?

また、五重塔は既に昨年1月、修復が完成し、鬼門と二天門の修復工事も完了
している。その他の記念法要や記念出版のための特別供養は必要なかろう。

 また、三門の大改修工事は現在、三階部分の組み立てを行っているようが、
特別供養は今年が最後ではない。二年後にも集めると決めているから法華講員
の嘆きも分かる。今の日蓮正宗は大聖人を利用して集金する邪教であり「日蓮
商宗」と呼ぶのが相応しい。

熊本地震義援金を寺院建設委員会へ

宗門は熊本地震義援金として平成二十八年四月二十日~平成三十年二月二十
八日の間、一億二百万余円を集め、被災寺院への義援金 として八十九万余円、
被災信徒への義援金として三千五百万余円、熊本・大分二県への義援金として
二千五百万円を支出。残りの四千五十万余円を日蓮正宗寺院建設委員会に繰り
入れた。

だが、これは義援金だから被災した自治体などに贈るのが本筋ではないのか、
と法華講員は憤慨していた。

また宗門は今回の特別供養を第二回と称しているが、実際は十指に余る回数
だ。

平成六年に約三千万円の六万塔を建立するのに二十一億円も搾取したのをは
じめ、同十年の客殿の際に四十一億円を集金。また五十億円以上の巨費を投じ
て正本堂を解体し、同十四年の奉安堂では百六十八億円を収奪した。

平成十八年には記念事業を口実に二十二億七千万円、同十九年にも二十八億
一千万円、同二十年にも三十九億六千万円を搾取。同二十五年の御影堂と塔中
坊の建て替えで百二十億円もの大金を収奪し続けた。それでも不足ならば、日
顕のいる豪邸を売却するべきだ。


 

フェイク 第1612号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 6月 6日(水)23時21分4秒
  (発行=18.06.05)

日如らの講義は折伏の檄ばかり
今年も割り当て人数を下回る夏期講習会
行動しない坊主が講員に「行動せよ」と強要

日蓮正宗の第十五回法華講夏期講習会が五月十九・二十日の第一期から始ま
り、二十六・二十七日の第二期に続いて六月二・三日には第三期が行われた。

 講習会の開始に先立って開かれた全国正副支院長会議の席で布教部長の阿部
信彰が「割り当て人数を下回ることのないよう強力に参加の推進をするように」
と強い口調で締め付けていた。

だが、その効果はなく、今年も第一期から第三期まで、いずれも割り当て人
数の五千人を大きく割り込んでいる。

今年に限らず、講習会の参加者数は目標を達成したことがなく、年々、減少
の一途をたどっているのが実情である。

その理由は折伏、御講、特別供養、登山と、相次ぐノルマ地獄に苦しむ法華
講員が疲弊しているのに加え、早瀬日如をはじめ担当講師の阿部信彰、水島公
正(教学部長)、武安力道らの講義が無味乾燥で信心の歓喜も感動もないからで
ある。

今年は「御命題達成への行動―異体同心して折伏と育成を―」とのテーマの
もと初日の一時限目は「八十万人体勢構築への行動」、二時限目は「御教示に
おける行動の大事」、三時限目は「実践行動の方途」で、〝実践行動〟など全
く経験のない堕落坊主が観念論を振りかざすばかりだから受講者は辟易してい
る。

そのため、申し込んでも参加しない者もおり、多くは末寺坊主に強要されて、
嫌々ながら仕方なく登山している現状である。

 第一期の一時限目で阿部は「歓喜に満ちて折伏し、育成せよ」と訴え、新入
信者にも折伏させるよう強要していた。続く二時限目では水島が日蓮大聖人、
歴代法主の振る舞いを通して、折伏こそ末法の如説修業だと力説。「折伏の行
動」が大切だと語っていた。

 この水島について本紙は以前、夜の勤行もしないで徹夜麻雀にうつつを抜か
す賭博常習犯であるばかりか、かつては本尊書写の練習をしていたと紹介した
ことがあった。

今は徹夜麻雀や本尊書写はしていないとは思うが、水島よ、如説修業を強調
するのであれば、自らが率先して「如説修業の折伏」を実践してはどうだ!

 日如の講義も阿部や水島と同様、自らに折伏の体験がないため口先で折伏を
煽る話が主体で「平成三十三年の慶事まで三年、千日間だから講習会の参加者
が折伏して八十万人体勢を構築していくように」(第二期)と檄を飛ばしていた。

この講習会は今年も低迷状態に終わるだろう。

大石寺墓苑で
地盤が沈下!

大石寺墓苑のL区で地盤が沈下した。そのため夏期講習会の期間中も大型重
機を使って修復工事が行われていた。(写真参照)

 

フェイク 第1611号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 5月23日(水)09時50分35秒
  (発行=18.05.22)

「慈悲の欠片もない法華講の折伏」
大型連休の最中に本山に招集して指導会
成果に焦る日如、阿部信彰らの悪足掻き

 法華講員八十万人体勢構築という無謀な誓願の達成が絶望的な日蓮正宗が今
月四日、大石寺で「折伏推進僧俗指導会」を開いた。ここでは成果に焦る日如
や布教部長の阿部信彰、同副部長の新井契道をはじめ早瀬義栄ら折伏推進委員
の坊主が出席して「毎日が実践だ」「誓願を必ず達成せよ」等と締め上げてい
た。

 折伏成果は全体的に低迷しているが、宗門関係者によると、四月末時点で達
成率が十%そこそこの末寺が約八十ケ寺もあったので、これらの末寺の坊主と
法華講幹部がゴールデンウィークの真っ只中、本山に召集されたということで
ある。

 また、阿部信彰のいる常在寺(豊島区)の法華講員は、四月末の段階で同寺の
目標三百六十七に対して、やっと二十%になったので、それ以下の末寺の法華
講支部が指導会の対象になったのだろうと語っていた。

 本来なら、大型連休の時は活動する絶好の機会である。その時に、わざわざ
本山に集めるのは活動の足を止めることになるのだが、そんな当たり前のこと
も日如や阿部信彰らは分からない無能坊主だ。集めて檄を飛ばせば折伏成果が
伸びると勘違いしているのだろう。

 日蓮正宗は口では「僧侶主導の広宣流布」と言いながら坊主は発破をかける
だけで実践はせず、法華講員に折伏してもらう仕組みになっている。

 本山での布教講演にしても、末寺での御講にしても、世間知らずの坊主が講
員に向かって説法するだけで、これでは布教は進まない。坊主が率先垂範して
折伏するのが本来の在り方だが、今の日蓮正宗の坊主共には、そんな力はない。
日如自身、折伏の経験が全くないのだ。

 一方、講員はノルマに追われて勧誘しているため、その言動には相手を思い
やる慈悲の欠片もない。

 先日、法華講の活動家の訪問を受けたという壮年は「突然、訪ねて来て、荒
々しい言葉遣いで一方的に私の信仰の悪口を言う。腹が立ったので追い返した」
と語っていた。

今年も地方部総会の参加者は減少!

 このように坊主が講員に暴言を教唆するような指導会を開いても逆効果で、
活動家も減っている。事実、今年の法華講地方部総会の参加者も減少している。
毎年一回、開く総会の参加者数は法華講の勢力を示すうえで格好の行事である。

 そのため各地方部は結集に力を注ぎ、連合会幹部らが手分けして担当してい
る。

だが、連合会の関係者によると、参加者数が昨年に比べて微増の地方部もあ
るが、ほとんどが横ばい状態で、減少している地方部も目立つという。

 昨年よりも参加者数が減っているのは、現時点で分かっているだけでも秋田
・岩手・宮城・福島・栃木・神奈川・東京第二・静岡東・愛知東・京都・兵庫
・南近畿・北中国・広島・福岡東・福岡西の各地方部である。

 なかでも愛知東地方部は、参加者が以前は千人を超えていたとのことだが、
今年は四百人少々にまで落ち込み、最悪の事態だ。

 なお、法華講の夏期講習会の第一期が十九・二十日に始まったが、今年も日
如ら坊主の説法は不評だ。その様子は改めて紹介する。

 

フェイク 第1610号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 5月16日(水)18時52分28秒
  (発行=2018.05.15)

相次ぐ坊主の強制隠居、解任
無能な日如が折伏の低迷で大ナタ振るう
折伏ノルマに苦しんだ住職の自殺も

邪宗・日蓮正宗では住職の解任、強制隠居が、ここ数年の間、相次いでいる。
その理由は折伏成果の低迷ということである。本紙編集室が把握しているだけ
でも平成二十七年は十二人、同二十八年には十人の住職が隠居に追い込まれた。

特に、昨二十九年には住職に加えて正副支院長の計十四人の大量更迭を四月
二日付で断行。宗内に激震が走ったが、住職の解任、強制隠居も強行された。

二月には広島県竹原市の得行寺の住職・蜂谷道慈が解任された。「宗務院録
事」の辞令では「願に依り得行寺住職を免ずる」と誤魔化しているが、解任の
理由は折伏の不正報告だった。

蜂谷の不正報告が露見したのは法華講員が宗務院に投書したからで、本山に
呼ばれて厳しく追及されたという。蜂谷は五十代半ばの大僧都で隠居する年齢
ではない。後任には講師の小山成琳が赴任した。

特筆すべきは埼玉県朝霞市の日成寺住職・安孫子信洋の自殺である。三月二
十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だっ
た。
その「遺書」には過酷な折伏ノルマに対する苦悩が記されていたという。

末寺住職が死んだ場合、法主が葬儀の導師を務めるのが普通だが、日如は安
孫子の葬儀の導師を拒絶したばかりか、その死を宗内に知らせる「宗務広報」
も出さず、「大白法」「大日蓮」にも一切、掲載しなかった。

法華講員の中には「機関紙誌に掲載されていないから住職の首つり自殺なん
てウソだ」と言う者がいる。

だが、都合の悪いことは素知らぬ顔で隠すのが日蓮正宗の常套手段である。

四月には大阪市の聖教寺住職・長坂慈精、徳島県鳴門市の妙眼寺住職・吉松
雄英が「折伏ができない」という理由で隠居に追い込まれた。

続く六月には鹿児島県鹿屋市の正遍寺住職で、南九州布教区の宗務副支院長
・東猛道が隠居させられた。

数千万円を不正に使い込んだ坊主も解任

また、十二月には会津若松市の実成寺住職で、福島布教区の副支院長になっ
たばかりの影山広道が住職と副支院長を解任された。影山の処分理由は他の坊
主と違って折伏の低迷ではなく「寺の基本金を不正に使い込んだため」という
もので、その金額は驚くことに数千万円にも及んでいたという。

今年になって一月早々、静岡県富士宮市の下之坊住職・岡田広裕が隠居した。

 四月には北海道第二布教区支院長で旭川市の大法寺住職・杉広哲、愛媛布教
区の前副支院長で新居浜市の法楽寺住職・岩切仁道を本山に呼び出し、二人に
「強制隠居」を言い渡した。

大法寺は三年連続で目標の未達成、法楽寺も五年連続で未達成である。

早瀬日如は末寺に対して「毎年、信徒数の一割増」という無謀な折伏ノルマ
を押し付けているが、信仰心も広布の使命感も欠落している法華講に出来る筈
がなかろう。

日如自身、実践の体験がないから折伏が難事中の難事だと分からないのだ。

住職を処分しても折伏は進まないが、今後は一段と住職や支院長らの懲罰人
事が増えることだろう。

 

フェイク 第1609号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 4月10日(火)11時59分27秒
  (発行=18.04.09)

今年も雨の中、大石寺で虫払い
叩きつける雨、「雷・強風・なだれ注意報」も
今のような法要は明治から、参加は少数

日顕が教学部長の頃、雪山坊の会議室で虫払い法要について「陽光うららか
な日に重宝に風入れをする」「お会式の時は『お練り』と言うが、お虫払いの
時は単なる『行列』と言う」と説明していた。ところが、今月六・七日の両日、
大石寺での虫払い法要は「陽光うららか」ではなく、大雨のため湿度九十六%
の日に〝風入れ〟をして、また宗門が中世の絵巻と自慢する「行列」も出来な
かった。

「こんな雨の日に重宝類に風入れしても逆効果だろう」と言う参加者もいた。

初日の六日午前、法華講員や坊主が相次ぎ着山。午後一時半に御開扉が始ま
ると雨が降り始め、御開扉を終えた登山者が宿坊に向かう頃には大雨になり、
強風も吹き始めた(写真参照)

 このところ、大石寺の虫払い法要と言えば決まって悪天候だ。平成二十五年
は急激に発達した爆弾低気圧による〝春の嵐〟が吹き荒れ、特に、富士宮一帯
に大雨・洪水・雷・強風注意報が出た。

  同二十六年は初日の六日、大石寺の周辺には物凄い稲妻が走り、雷鳴が轟く
中、大粒の雹(ヒョウ)が叩きつけるように降り、雹に直撃された登山者もい
た。

 同二十七年は二日目に冷たい雨の中、御真翰を御宝蔵から客殿に運び込んだ。

また、同二十八年も激しい雨が降り、昨二十九年も初日の午後一時半からの
御開扉が近づくと時折、雨が降り始め、夜の日如の御書講義が始まる頃には本
降りになり、二日目は「大雨注意報」が出て、早朝から昼過ぎまで断続的に雨
が降り続いた。

こうした現象からも大石寺の行事には諸天の加護が全くないことが分かる。

登山者は年々、減少

 さて、今年の虫払い法要の初日は、夕方五時頃から本格的に雨が降り始めて、
六時過ぎには雨脚・風ともに強まり、やがて叩きつけるような風雨で、富士宮
市全域に「雷・強風・なだれ注意報」が出たのだ。

二日目の七日、本山周辺の木々が大きく揺れるような強い風が吹くなか、登
山者は客殿での法要に向かっていた。皮肉なことに「ご真翰巻き返し」などの
行事が終わる頃、ようやく日の光が差し込んでいた。

 この虫払い法要に関する古い文献としては元亀四年(一五七三年)の第十四世
日主の頃の「霊宝虫払日記」があるだけで詳細は不明。天明元年(一七八一年)
の記録には「虫払は三歳に壱度也」とあり、三年に一度、行われていたようだ。

これが正式行事になったのは徳川時代末期の天保年間で四十八世日量の頃か
らで、現在のように四月六・七日に行うようになったのは明治以降からである。
この頃、参加者は少数だった。明治二十六年には東京から七人、埼玉から三人、
横浜から十数人、尾張から一人の参加だったが、それでも「最も盛大なる法會
にてありき」と記していた。

登山者は近年、減っているが、この虫払い法要の参加者も減少している。


 

フェイク 第1608号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 3月28日(水)11時49分55秒
  (発行=18.03.27)

功徳はなし、減り続ける登山者
今年も失敗に終わった大石寺の春季総登山
狙いは御開扉料六千万円の収奪

日蓮正宗法華講の春季総登山が三月二十四・二十五日の両日、大石寺で行な
われた。初日の行事は法華講連合会の役員らが早瀬日如に目通り、御開扉、全
国の講頭会があり、夜には客殿での日如の講義と続いた。

このうち講頭会の出席者によると、折伏の誓願達成と育成、年末の特別供養、
末寺の御講への参加などについて話があったという。

この日は晴れたり、曇ったりの天候だったが、午後、講頭会が始まる頃、俄
かに小雨が降り始めた。無理な課題を押し付けられて苦しむ講頭たちの辛い気
持ちの表れだったのかも知れない。

二日目の二十五日は早朝から登山者が乗用車やバスで着山。宗門はこの日だ
けで約二万人と発表していたが、法華講関係者は「五千人ほど少ない」と否定
した。初日の登山者と合わせても宗門が御講などで強調し、また「大白法」で
何度も特集を組んで呼び掛けた「三万人の春季総登山」は今年も達成できなか
ったばかりか、例年より減っているということのようだ。

この春季総登山の失敗は前々から懸念されていた。二月末に法華講が集計し
た登山者の確認数は目標の六割に過ぎなかった。しかも、その約半数は参加費
を納めていなかった。

慌てた宗務院は登山人数の確保のため、本山周辺や首都圏の寺に対して割り
当て人数を増やしたが、これも当てが外れた。割り当て人数を増やされた末寺
の坊主は「近いからといって、たくさん登山できるという訳ではない」「全く
迷惑な話だ」との嘆きの声も伝わってきていた。

また、坊主に責められた法華講の活動家は学会員を登山させようと狂奔。信
仰歴の長い学会員宅を訪ねては「大石寺を懐かしいと思いませんか?」「久し
ぶりに登山しませんか?」と猫なで声で話しかけて「謗法の寺なんか懐かしい
とは思わない」「行っても功徳ない」と追い返された事例も報告されている。

ところで、宗門が春季総登山に三万人の結集を煽っているのは、約六千万円
の御開扉料を狙ってのことだとの宗内の声もある。

高すぎる御開扉料

清水寺(京都)など代表的な大寺院は近年、拝観料を値上げしたが、それでも
奈良や京都の寺院の拝観料は三百円とか五百円、高くても八百円程度で、国宝
や重要文化財を観賞できる。東京では浅草寺や巣鴨の高岩寺などは無料だ。大
石寺の御開扉料二千円は高すぎる。

かつて大石寺は建物の屋根が壊れ、畳や壁などは傷み放題で、法華講も供養
しなかったから、学会の戸田第二代会長が大石寺の窮状を見かねて始めた登山
会だった。だが、今は法華講から大金を集めて建物は新興宗教のように新しく
なった。

功徳もなくなった現在、これ以上、高額の御開扉料を収奪すれば登山者が減
り続けるのは当然である。

 

フェイク 第1607号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 3月17日(土)14時31分23秒
  (発行=18.03.16)

「今の五座三座は日昇法主の時から」
無知な法華講員の愚かな批判を粉砕 ㊦
日寛上人「方便・自我偈、題目で良い」

日蓮正宗の法華講員が各地に出没して批判している日寛上人書写の御形木御
本尊に関しては既に再三、破折した。最近では本紙一六〇〇~一六〇二号で三
回にわたり①相貌 ②授与書き③法主による開眼 ④法主の許可、の四つの視点
から徹底的に破折を加えた。

また法主の血脈が断絶した事実を日顕も認めており、それを本紙一五三二号
で紹介した。

そこで今号では「五座三座の勤行をしないのは大聖人門下ではない」との的
外れな批判をする法華講員に勤行の変遷を教える。無知な法華講員は五座三座
の勤行が日蓮大聖人以来、宗門七百年の伝統だと言い張るが、それは間違いで
ある。

 いつ頃から勤行が五座三座の形式になったのか、それを示す正式な記録は宗
門には残っていない。

 ただ、日寛上人が加賀の信徒・福原式治に与えられた書状の中で「五座三座」
について述べられているので、その書状を記された江戸時代中期の享保四年(
一七一九年)頃には本山だけで行われていたようだ。

だが、信徒に対して五座三座をしなければならない、とは強要されてはいな
い。「方便品と自我偈と題目でよい」と言われ、また、勤めの関係等でそれも
出来ない時には題目一遍だけ唱えるよう指南されていた。

日寛上人は勤行の形式を強要するのではなく、あくまでも信心の発露を大事
にされていたことが分かる。

 勤行嫌いで知られる日顕は、かつて「私ども小僧の時には全部、長行を読
んだのですよ」と言った後で勤行の変遷を述べて「今のような形で勤行をする
ようになったのは、第六十四世水谷日昇猊下の時だった」と明言したことがあ
る。

この日顕の話でも明らかなように、五座三座の勤行は宗門七百年の伝統では
なく、日昇法主の時に今の所作に変わったにすぎない。

法華講員は他教団の勤行について難癖をつける前に、宗門の紆余曲折した勤
行の変遷を学び直し、日顕と日如に実践するよう進言せよ。

勤行嫌いな日顕・日如

日顕はニセ法主の座に三十年近く居座り続けたが、夜の三座の勤行をしたの
は僅か一度だけという懈怠ぶりだ。大石寺では六壺で毎日午後四時から夜の勤
行を行うのを常とする。だが、日顕は「大奥で色々な仕事があって忙しい」と
の理由で常に欠席したが、一日だけ発心したことがあった。

昭和六十年春、当時の仲居に「ワシも明日から六壺で勤行をするからな。信
心根本でなきゃいかん」と言ったものの、勤行したのは、その翌日の一度だけ。
同六十三年にも「勤行に出てやる」と言ったが、この時は口先だけに終わった。

日如も昔から勤行をサボっていたことを改革同盟の渡辺雄範氏が「決別の書」
で次のように指弾した。

「あなた(日如のこと)は、どうして信仰の基本である勤行を平気でさぼるの
でしょうか。本山に午前八時に出発する時でさえ、朝七時からの勤行をするの
を見たことがありません。また、夕方、来客があると、午後六時からの寺の勤
行もせず、客と一緒に外食に出掛けてしまいます」

 この日如が法華講に唱題、折伏、供養を強要している。


 

フェイク 第1606号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 3月16日(金)12時57分56秒
  (発行=18.03.15)

「極楽寺良観の再来が日蓮正宗の中に」
無知な法華講員の愚かな批判を粉砕 ㊤
戸田先生が「佐渡御書」講義で厳しく指弾

日蓮正宗の各末寺での御講は参加者が減っている。「御報恩御講」と銘打っ
て日蓮大聖人の命日である十三日に行っていたのを命日とは無関係の第二日曜
日に実施するように変更したが、それでも参加者は増えない。

それは法華講員が減っているからだが、もう一つの理由は坊主が拝聴に値し
ない下手な説法をしているからである。そこで宗門では来月から拝読御書や坊
主の話を統一するとのことだが、効果は期待できない。

この御講ばかりか、登山会参加者も減り続けており、特に、春季総登山会(三
月二十四・二十五日)を前に登山者の確保に血眼になっている。加えて、早瀬
日如をはじめ布教部長の阿部信彰や末寺坊主に「誓願の達成」を煽られている
法華講員は勧誘に狂奔している。

だが、成果が一向に上がらないため、学会員を脱会させようとして群れて各
地に出没しては追い払われる惨めな姿が見受けられる。

 これら法華講員の主な言い分は ①牧口初代会長、戸田第二代会長の指導は
正しくて三代会長以降、学会は変質した ②学会授与の日寛上人書写の御本尊
は本山の許可がないからニセ本尊だ ③五座三座の勤行をしていないのは日蓮
大聖人の門下ではない ④法主の血脈を否定するのは謗法だ、等々の戯言であ
る。

 本号では、まず法華講員も認める戸田第二代会長の「正しい指導」のうち「
佐渡御書」の「般泥洹経に云く『当来の世仮りに袈裟を被て我が法の中に於て
出家学道し懶惰懈怠にして此れ等の方等契経を誹謗すること有らん当に知るべ
し此等は皆是今日の諸の異道の輩なり』等云云」の箇所の講義を引用する。

これは昭和三十一年二月七日、大阪・中之島公会堂での講義で、これまで様
々な機会に取り上げられてきたが、割愛されたものも目立つので、改めて該当
箇所を詳しく紹介する。

 「当来世において、すなわちこれから先の世において、大乗を学しない懶楕
懈怠にして、法華経を誹謗する悪い僧が生まれてくるというのです。どういう
のが悪い僧となって生まれるのかというと、いま釈尊の出た時に外道のバラモ
ンをやって、仏法の悪口をいっているのが、そういうふうに生まれてくるのだ
というのです。

そうなってくると、大聖人様の時代に良観とか、あるいは法然とかの弟子な
どになる連中は、いったい過去にどういう者だったかというと、昔、仏法をく
さした外道の者が生まれてきて、形だけ仏法をやって、こんどは正法に邪魔す
るのです。

大聖人様を迫害した良観たちが、いま生まれてきて仏立宗等の坊主になって
いるのです。本当です。この原理からいうとそうなります。そうでないとした
ら、大聖人様がウソをついたことになります。大聖人様をさんざんいじめた悪
い者が、仏立宗日扇などという徒輩になったのです。

いま仏立宗の坊主などをみたら〝ああ大聖人様をいじめた者だな〟と、こう
思えばいいのです。

霊友会でも立正佼成会でも、天理教の教祖でも、みんなあれは仏法を悪くい
ってきた者が、あのようになって出てきたのです」

「こんど、それではどうなるのかというと、あのような連中が死ぬと、こん
どは日蓮正宗のなかに生まれてくるのです。そして蓮華寺の僧侶みたいになっ
てくるのです。まことにこれは面白いものです」

実に明快な講義である。

 このあと「いま、わが創価学会が広宣流布をして、日本民衆を救わんと立つ
にあたって、それを邪魔するのは大聖人様の時に邪魔した僧侶が、いま日蓮宗
の仮面をかぶって生まれてきているのです。そういう原理がきちんと出ている
のだから、こわいものです」(戸田会長全集第六巻所収)

 このように学会が広宣流布を進める時には、それを破壊しようとする魔が出
現する。この広布破壊の魔は、六師外道(釈迦在世)→極楽寺良観等(大聖人
在世)→邪宗日蓮系教祖(戸田会長当時)と形を変えながら、外道→内道・爾
前権教→実教へと、仏法の内側に入り込んでくるというのだ。

 この原理からみて、第二代会長の戸田先生は、天魔は将来、必ずや日蓮正宗
の中に出現して学会に敵対すると断言していた。

ここで戸田先生が「蓮華寺の僧侶」と指弾しているのが、昭和三十年に「学
会員には御本尊を下付しない。すでに下付した御本尊を寺に返せ」と脅してき
た蓮華寺(大阪)の崎尾正道という悪僧だ。戸田先生の亡き後、崎尾と同様に御
本尊を道具に使って、学会員を脅してきた坊主が日顕である。

戸田先生の指導によれば、日顕こそ第六天魔王の血脈を継ぐ極悪坊主で、崎
尾の再来、極楽寺良観の生まれ変わりと言ってよい。
 このため日顕と良観は酷似した点が多い。良観(忍性)は表面的には「生き
仏」を装って貧しい人や病人には食事や薬を与え、道路を補修し、川には橋を
架けるなど慈善事業をしていたが、その陰では多くの人々の苦しみを省みるこ
となく通行税など多額の費用を集めて私腹を肥やしていた。

日顕が僅か四千万円の六万塔を建てるのに二十一億円もの供養を集めたのを
はじめ、客殿に四十一億円、奉安堂に約二百億円など大金を湯水のように使っ
て普請道楽に耽り、莫大な供養を法華講員から搾り取った悪辣な手口に似てい
る。

酷似する日顕と良観

大聖人は極楽寺良観の本質を、どのように言われていたかというと――

「一には名は持戒ときこゆれども実には放逸なるか・二には慳貪なるか・三
には嫉妬なるか・四には邪見なるか・五には婬乱なるか・此の五にはすぐべか
らず」(下山御消息)と、大聖人は良観の化けの皮を暴かれたが、日顕も「本
仏」気取りで良観と同じである。

まず「放逸」とは辞書によると「我が儘なこと」「乱暴なこと」等とある。
我が儘な幼児性と凶暴さを併せ持つ日顕を彷彿とさせる。

次に慳貪だが、日顕が強欲なことは周知の事実で、都内一等地の豪邸に住み、
衣食住の全般にわたって贅沢の限りを尽くしている。

日顕が嫉妬深いのも有名だ。日顕に相承しなかった日達法主に対する恨みと
嫉妬から大化城、大客殿、六壷を潰し、広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき
大殿堂と、日達法主が教示していた正本堂も約五十億円の巨費を投じて解体し
た。

池田先生に対する日顕の激しい嫉妬は言うまでもない。また日顕は物事が転
倒して見えるため、大聖人の教え通りに折伏行に励む学会員を破門した「邪見
の者」である。更に日顕の「婬乱」については幾つもの実例があるが、紙面が
汚れるので詳述はしない。

良観と酷似している日顕が学会の宗教法人化に反対するなど悪辣な性根は生
来のもので、戸田先生は鋭く見抜いて弾呵していた。

日顕の「坊主根性」

そのことを日顕も認めていて「戸田会長先生の御逝去に対して」と題し、次
のように記していた。

「私の罪障と云はうか、先生の云ういはゆる坊主根性の為か、昭和二十四年
頃の私は、自らの心にある垣根を作り、それが円融濶達にして師厳道尊なる先
生の精神に半ば通じない事があったのは、今更遺憾懺愧此の上もないのである」
(「大日蓮」昭和三十三年五月号)

このように記した日顕だが、その性根を改めることはなかった。

もし、日顕が「坊主根性」を猛省し、改めていれば、今日のような宗門の衰
退を招く事態には至らなかったであろう。(つづく)


 

フェイク 第1605号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月22日(木)22時34分47秒
  (発行=18.02.21)

日顕「椅子の者は来るな、祈念が乱れる」
春季登山に苦悩し、車イスを貸出すと甘言
顰蹙買った顕正会の結集を真似る宗門

 法華講の春季総登山会を三月二十四・二十五日に大石寺で行なう日蓮正宗は
参加者の確保に四苦八苦している。宗務院が昨年十一月、末寺毎に割り当て人
数を決めて締め付ける一方、機関紙「大白法」は毎号、特集記事を掲載してい
る。

 その特集の中で面白いのは「車イスの貸し出し」との見出しで「総本山では、
登山会中の境内地の移動用として車イスを貸し出しています。貸し出し・返却
の手続きは……」等と記した記事である。

 一見すると、温かい対応のように感じる向きもあるが、実は、これは親切心
からではない。以前、邪教・顕正会が総会に病人や歩行困難な高齢者、体の不
自由な人を車イスに乗せて無理に連れ出し、世間の顰蹙を買ったことがある。
こんな顕正会の強引で悪辣な結集の手口を日蓮正宗が真似しているのである。

 車イスを使用している人達は客殿での丑寅勤行、日如の講義には参加できな
い。主要行事の第五十五回法華講総会もメイン会場ではなく、別会場で中継の
映像を見ることになるだろう。

 歩行困難の信徒に登山を強要しておきながら、中継を見せるだけとは無慈悲
の極みと言わねばならない。

 この車イスを貸し出すのが親切心ではないというのは平成六年五月二十三日、
日顕が椅子に座っていた人に対して言った暴言に本心が表れていたからである。

 丑寅勤行後の日顕は怖い形相で会場後方を睨みつけて「後ろの方で椅子に座
っている人、広宣流布を御祈念する丑寅勤行が乱れるから椅子に座っての参加
はやめるように。どうしても椅子に掛けなければならない人は明日からの参加
を遠慮するように」と冷たく言い放った。これが坊主の本音なのである。

 そこには車イスを使用している高齢者や身障者がいた。参加者は日顕の冷酷
非道な言葉に唖然となって、場内は凍りつき、足の不自由な人にイスを用意し
ていた役員はショックを受けて立ちすくんでいた。

無慈悲な対応に怒り

 かつて、信善寺(新潟県三条市)の講員だったMさんは次のように証言したこ
とがある。

 「足の調子が悪くて車イスで登山したが、車イスでは客殿に入ることを許さ
れず、宿坊で中継のテレビを見せられた。あれほど『登山しろ、供養しろ』と
言いながら、供養を取るだけ取って、こんな酷い、冷たい扱いをするのが宗門
です」

 Mさんは大石寺の無慈悲な対応に怒りを爆発させて脱講した。

 イスに座る人がいては、祈念が乱れるというのなら、御開扉はどうなるのか


 奉安堂では参拝者全員がイスに座っているではないか。日顕の言い分からす
ると、御開扉での導師の坊主は〝ご祈念が乱れている〟ことになる。

 この日顕自身も最近は足腰が弱って車イスを使っていると噂されている。

 春季総登山は毎年、三万人の結集を目標にしているが、一度も達成できてい
ない。病人や歩行困難な高齢者、身障者を登山させるため車イスを貸し出すと
言う宗門だが、この甘言に騙されて登山しても無慈悲で冷たい扱いを受けるだ
けだ。

 

フェイク 第1604号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月16日(金)12時25分11秒
  (発行=18.02.14)

「臨終ニ当リ俄ニ法号ヲ乞フハ愚挙」
無知な「大白法」の妄論を破折する ㊦
「葬式に僧を呼ばないのは大聖人の考え」

日蓮正宗の機関紙「大白法」が書いていた御授戒の記事は間違いで、実際は
学会の初代会長・牧口先生の提案により始めたことは前号で記した。今号では
戒名不要論、葬儀の僧侶不要に関して述べることにする。

まず、死後の戒名については日蓮大聖人の御入滅から約二百年も経った頃に
発生したと言われている。この「亡くなった時につける戒名」について碩学の
日亨上人は「臨終ニ当リテ俄ニ法号ヲ乞フガ如キ愚挙ナキヲ期スベキナリ」と
記されている。これを「大白法」編集部は知らないのか?

仏教発祥の地のインドにも戒名の習慣はなかった。

中国では本名に「字」(あざな=生前の通称)や「諱」(いみな=死者への
贈り名)をつける習慣があり、そこから出家者に法名が与えられるようになっ
たが、死後に戒名をつけたのではない。

我が国では仏教伝来の頃から中国と同じく出家名・受戒名が用いられ、奈良
・平安時代には、聖武天皇には「勝満」、藤原道長には「行覚」など、上流貴
族が受戒すると戒名とか法名が与えられていた。これは出家名の意味で、今の
死後の戒名とは異なる

日蓮大聖人は、御両親を正法に導かれて「日蓮」の一字ずつをとり、父に「
妙日」、母に「妙蓮」の法名を授けられたと伝えられているが、御書には「戒
名」の語句はない。

富木常忍の「常忍」、南条時光の「大行」なども生前からのもので死後の戒
名ではない。

つまり、大聖人御在世当時は出家名のみで、死後の戒名の慣習はなかった。

死後の戒名は故人の成仏に全く関係ないのである。

 次に葬儀については昭和四十三年十一月度本部幹部会で池田会長(当時)が「
化儀は時代に即応」との視点から葬式仏教ではなく生きるための仏教であり、
葬式に必ずしも僧を呼ぶ必要はないと述べて「呼びたい人は呼んでもいいが、
呼びたくなければ呼ばなくてもいい」と強調した。

しかも「これについては、総本山も大聖人の根本精神につながった考えです」
と宗門が賛同していた事実を明かしていた。

 それを今になって葬儀に僧が必要だと信徒を欺いているのが日蓮正宗である。

御書には「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せ
しむ」と指南されている。

故人の成仏は、葬儀の規模・形式、坊主の導師の有無など関係ない。題目を
根本とした追善回向が肝心であり、真心の題目で送る学会の友人葬、家族葬に
参列者からも感動と賛同の声が寄せられている。

昨年は「アエラ」でも「友人葬という〝先端〟」と題して友人葬を取り上げ
ていた。「僧侶の代わりに『導師』という古参の学会員が進行役を担い、遣族、
親族、参列している学会員たちも一緒にお題目の『南無妙法蓮華経』を唱える。
導師は創価学会の『儀典部』に所属。信仰歴が長く、教義に造詣が深く、葬儀
方法を熟知しているベテランが多い」と紹介。「お布施が必要なく、戒名もな
い。原則として香典も必要ない」等と記して反響を呼んでいた。

葬儀の先端で仏教の本義に照らしても正しい友人葬、家族葬が時代の流れで
ある。

 

フェイク 第1603号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 2月15日(木)12時24分27秒
  (発行=18.02.13)

学会の働きかけで始まった授戒
無知な「大白法」の妄論を破折する ㊤
今の授戒文は昭和四十一年に制定

日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」二月一日付で授戒の意義に触れて「かつ
て創価学会員も日蓮正宗信徒として入信する際には、この日蓮大聖人以来の本
門戒を授かり」と述べている。詳しくは後述するが、信徒の授戒は学会の出現
からだ。

 また「創価学会では、破門以前より化儀(儀式)を軽視する風潮があり……
儀式軽視の流れは、授戒や戒名不要論、葬儀の僧侶不要などに関連して、会員
を欺き謗法を正当化する手段となります」と書いている。

 本紙では授戒、戒名、葬儀について「大白法」の出鱈目な主張を粉砕する。

 まず「大白法」は日蓮大聖人のご在世当時から信徒に御授戒をしていたかの
ように誤魔化しているが、これは嘘である。「最蓮房御返事」に「結句は卯月
八日・夜半・寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり」と記さ
れているが、これは「出家」に対する授戒なのである。

日蓮大聖人のご在世当時、出家の弟子に対しても授戒の記録は最蓮房の他に
は残っておらず、ましてや信徒が授戒を受けたという記録は皆無である。

 「大白法」では故意に出家の授戒と信徒の授戒を混同させて「日蓮大聖人以
来の本門戒を授かり」等と誤魔化しているのだ。

 宗門史の泰斗・五十九世日亨上人は「受戒の定規はなかったと思う。それが、
近今に至って、にわかにその式が新設されたのではなかろうか」(「富士日興
上人詳伝」)と今の授戒の儀式は近年になって定められたと明かされていた。

 学会の草創期から活躍して理事長、最高指導会議議長を務めた和泉覚氏(故
人)は、かつて「昭和十二年ごろ、牧口先生が宗門に対して入会する際に御授
戒をするよう依頼し、それで行うようになった」と語っていた。

 確かに、学会の出現以前、日蓮正宗に入信する者などいなかったので、御授
戒を行なう末寺はなかった。

 牧口先生の提案によって始めた御授戒も当初は宗門の多くが反対だったとの
ことで、御授戒を行っていたのは歓喜寮(中野区)と砂町教会(江東区)のみ
で、その後、常在寺(豊島区)など他の寺も加わった。

 それでも授戒文は末寺によって違っていた。そのため昭和四十一年二月九日
付の「院達」(下段に添付)により制定されたのだった。

その理由として「授戒文に関する現状は、各寺約十指に余る夫々の様式によ
り実施しており、その中には、二、三意義に於て、過不足と思われるものも認
められる。従って宗門的見地より統一する必要があると思われる」と記されて
いる。

 無知な「大白法」は偉そうに妄論を書いているが、笑止千万。今の授戒の方
式は創価学会の働きかけによって始まったのである。


 

フェイク 第1602号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月21日(日)18時38分41秒
  (発行=18.01.18)

宗門の都合で功徳が変わるのか?
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊦
大聖人が全人類の為に御図顕された御本尊

日寛上人書写の御形木御本尊を誹謗する日蓮正宗の悪僧共は「法魂」とやら
を持ち出す。かつて「大白法」の「異流義破折」欄でも、「法魂」説を唱えて
いた。

この「法魂」という言葉は御書には記されておらず、日顕の造語で「大白法」
も「歴代各上人の御本尊のすべては、もぬけられて本尊の法魂は現法主の承る
ところにあり」「御法主上人は御本尊の法魂を所持あそばされる」等と繰り返
していた。「大白法」の記事を書いている無任所の坊主らは「法魂」とは何か
知っているのか、説明できるのか?

宗門が御形木御本尊の開眼を全くしていないことは前号でも述べたが、印刷
する度に一つの法魂が何千、何万の法魂へと増殖し、分裂するとでも言うのか?

さて、日蓮正宗の坊主と法華講員が口にする難癖に「法主の許可がない」と
いうのもある。

日寛上人が「本尊書写豈(あに)化他に非ずや」(観心本尊抄文段)と仰せ
のように、御本尊書写は広宣流布のために御本尊を御図顕された大聖人の御慈
悲を拝しての化他行なのである。

御本尊を拝ませてあげたいという大聖人の御心、それに純真に御本尊を拝し
たいと願う衆生の心が合致して、そこに功徳がある。そのために不惜身命の精
神で奉仕するのが、本来は法主の役割である。

だが、日顕は己の責務を放棄し、学会員を脅すために御本尊の下付を停止し
た。

その日顕の所行は、仏と衆生の間に割り込んで成仏を妨害するだけでなく、
御本尊を信徒支配の道具に利用したのである。これこそ宗門史上、前代未聞の
大謗法である。

広布破壊、成仏妨害の天魔と化した日顕が御本尊の下付を停止したから大聖
人の信心の血脈を現代に受け継ぎ、妙法を全世界に流布してきた唯一の和合僧
団である創価学会が、その資格で御本尊を授与していくのは当然である。そう
でなければ全人類のために御本尊を御図顕された大聖人の御心に適わない事態
になる。

以上のように、日蓮正宗の坊主や法華講員が学会授与の御本尊に対してなし
た誹謗は悉く根拠がなく、宗門が大聖人の御精神に背いていることが明白であ
る。

御書には「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を
裹(つつ)み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」と記されている。御本尊は大聖
人が末法万年の全人類のために御図顕されたのである。

その大慈悲こそ御本尊授与の根幹であり、宗門の都合で許可するとか、功徳
が有る、無いなどと言うべき筋合いのものではない。

滑稽なのは平成九年十一月三十日までに脱会しないと「宗門の信徒資格を失
う」と戯言を述べていた時の総監・藤本の談話だ。「日蓮正宗より下付された
御本尊ではあっても、これら謗法者宅の仏壇に安置されている本尊に合掌礼拝
をすることは謗法行為となる」と、学会員が受持する御本尊は日達法主、或い
は日顕が書いた本尊でも平成九年十二月一日からは「謗法」と発表したことが
あった。

まるで、御本尊に賞味期限があるかのような妄言だ。

最後に相承無きニセ法主の日顕、日如が模写した本尊こそが「ニセ本尊」だ
と断言するものである。


 

フェイク 第1601号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月20日(土)21時39分12秒
  (発行=18.01.17)

法主による開眼など全くの虚構
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊥
以前は法道院で印刷して各末寺へ送付

御本尊を信じられない日顕の害毒に染まった日蓮正宗の僧俗は日寛上人書写
の御本尊について、日證師に与えられた「一機一縁」の本尊だから、御形木に
して他の人が拝んでも功徳はない旨、バカなことを言っていた。まるで、御本
尊の功徳が特定の人に限定されるかのような妄言である。

「一機一縁」とは大聖人が門下に授与された御本尊について使われる言葉で、
「一機一縁」の御本尊とは、本来は大聖人ご在世当時、門下に与えられた御真
筆の御本尊のことを指すのだ。

日淳上人も大聖人御在世の弟子や信徒を導くために授与された御本尊を「一
機一縁の御本尊」だと明示していた。

こんなことも知らないで、日寛上人の御本尊を「ニセ」と誹謗して「功徳が
ない」とは大謗法の暴言である。

厳然と功徳があることは世界の友が実証している。

次に、宗門の坊主らは御本尊には法主による開眼が必要であると主張して「
以前から今日に至るまで、全ての御本尊は下附のために総本山から離れる前に、
丑寅勤行において法主が祈念をしている」と言っていた。

これは真っ赤なウソである。「本山での法主の開眼など御形木御本尊につい
ては行われていなかった」と改革僧が異口同音に証言している。

「以前から」とか「古来」という言葉を使って、昔から法主が開眼した御本
尊を授与していたかのように誤魔化すが、学会の出現以前は日蓮正宗に入信す
る人は殆ど皆無に等しい状況だったから御本尊を下付する必要もなかったので
ある。

  時折、入信する人が現れた場合、それぞれの末寺が勝手に御本尊を授与して
いたのだ。当然、その都度、法主が開眼することはなかった。

たとえば、東京の妙光寺が下山日布(五十五世)、法道院が大石日応(五十
六世)、常在寺が阿部日正(五十七世)と、それぞれ有縁の法主の御形木を持
っていて、勝手に印刷・表装して、授与していたのである。

また、香川の讃岐本門寺では過去に、塔中坊に安置されていた日興上人の御
本尊を御形木にして多くの檀家に下付していた。

更に、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保三年の御形木御本
尊は池袋の法道院で印刷していた。それを各末寺は本山を経ずに直接、法道院
から受け取っていたのである。

即ち、学会草創期に流布した享保三年の日寛上人の御形木御本尊は、相貌も、
授与書きがない点も、法主による開眼などがなかった点でも、現在の学会授与
の享保五年の日寛上人書写の御形木御本尊と全く同じだったのである。

淨圓寺が離脱の時、「しまった」と日顕

こうした事実を知っている日顕は、平成四年十一月十二日、淨圓寺の成田宣
道住職が宗門から離脱した時、周囲の者に「しまった、あの寺には日寛上人の
御本尊があったな」と悔しそうに呟いた。

それは以前の妙光寺、法道院、常在寺と同様に今度は浄圓寺の申し出によっ
て、日寛上人の御形木御本尊が下付されるようになると、それを阻止する正当
な理由がないからだ。(つづく)

 

フェイク 第1600号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月19日(金)23時44分52秒
  (発行=18.01.16)

授与書きの有無は力用と無関係
「妙教」の的外れ批判を徹底的に粉砕 ㊤
日寛上人書写の御本尊に偉大な功徳

日如が作った大日蓮出版社が発行する「妙教」一月号で、日寛上人御書写の
御本尊を性懲りもなく「ニセ本尊」と誹謗している。

そこでは法華経を読誦し、世界平和や人類の救済を目的として活動しても仏
意に通ずることはなく、願いが叶うことはない、等と批判している。これは日
蓮正宗の坊主や法華講員がよく口にする戯言である。

この「ニセ本尊」という批判に対しては、これまで繰り返し粉砕してきたが、
この際、日寛上人の御形木御本尊に関する誹謗に対し、改めて①相貌(そうみ
ょう)②授与書き、③法主による開眼、④法主の許可、の四つの視点から徹底
的に破折を加えることにする。

日寛上人は、日蓮大聖人直結、御本尊と御書根本で広宣流布に邁進された。
その点では世界広布に邁進する創価学会の信心と完全に合致している。

反対に、日如を大願寺住職の頃から知っている人の話によると、教学が苦手
で、学会の学生部員が御書について質問すると、難しいことは学会の教学部に
訊きなさいと逃げた。

題目嫌いな日如の教学力は所化並み

そのうえ勤行・唱題が嫌いで、改革同盟の渡辺雄範氏によると、朝夕の勤行
も殆どしなかったとのことで、一世帯の折伏も出来ず、信仰心の欠片(かけら)
もなく、日寛上人とは雲泥の差だ。

日如は法門に関する知識は「所化並み」と言われており、日寛上人の御形木
御本尊を「ニセ本尊」と悪口を言うだけで、その理由には言及できない。「妙
教」一月号も、なぜ「ニセ本尊」なのか詳しい理由は書いていない。

これまで日顕をはじめ日蓮正宗の坊主や法華講員が誹謗してきたのは主に相
貌、授与書き、法主による開眼と許可の四点である。

あの大謗法の極悪坊主・日顕が平成九年八月二十八日、全国の坊主が辟易し
た「八時間説法」で、日寛上人の御本尊の相貎に難癖をつけていた。「日寛上
人の御本尊様は……十界をお書きになった御本尊様が一幅もないんです。全部、
略本尊なんです」「こんなこと言うと、まあ、ちょっと、悪いかもしれないけ
どね」と宗門の中興の祖を非難するような口振りだった。

この他にも日顕は時々、日亨上人とか歴代法主を小馬鹿にする発言をしてい
た。

特に、平成四年八月、全国教師講習会の際、碩学の日亨上人を批判した事実
が忘れられない。

日顕は「堀上人がね、チョットわけ分かんないようなこと仰っている」と暴
言を吐いた。その時の雰囲気は活字では伝わらないが、甚だしく侮辱する口調
だったということだ。

日顕は言葉を続けて「堀上人はね、学者だから……だから、あんまり会通が
ないんです」

この日顕が言う、日亨上人の「わけ分かんないこと」とは、謗法坊主の十七
世日精について生涯、造仏読誦論者であったと日亨上人が批判されたことを指
していたのだが、「わけ分かんないこと」を口走ったのは日顕の方なのである。

この慢心の日顕は、日寛上人の書写の作法にも言及。「八時間説法」の小冊
子では、都合の悪い個所は削除しているが、日寛上人の御本尊の相貎にまで言
及した増上慢である。そして「二乗が欠けているから二乗作仏の意義が……」
と言いかけた時、場内の異様な反応に気付き、慌てて「略本尊も正本尊も、悉
く尊い御本尊であり、一切、唱題の功徳に相違はありません」と取り繕ってい
た。

功徳に違いがないのは当然で日興・日目上人書写の御本尊にも十界の代表し
か挙げられていないのがある。

特に、学会が現在、授与している御本尊は、草創期に流布した日寛上人書写
の享保三年の御本尊と全く同じ相貌なのである。

草創期の学会員は、その御本尊を信受し、何百万もの人々が宿命を転換し功
徳を満喫したのであった。

こうした過去の経緯があるため、日顕も、日寛上人の御本尊の相貌にケチを
つけながらも「略本尊だからニセ本尊」とは言えないため「授与書きの削除」
「法主による開眼がない」「法主の許可がない」と文句を言うしかなかった。

だが、これも日顕の邪見である。御本尊の本義、宗門の歴史から見ても、す
ぐに化けの皮がはがれる難癖でしかない。

日顕が「御本尊を信じられない」と

日寛上人書写の御本尊を誹謗する日顕は絶大な妙法の力用を疑っているので
ある。それを物語る面白いエピソードがある。

東京・八王子の平山廣篤(廣妙寺)が昭和六十一年六月十三日、御講で次のよ
うな日顕の不信謗法を暴露したことがあった。

「(日顕に)私が『信心してきて一番苦しんだことは何ですか?』と質問した。
すると『(日顕は)なかなか御本尊を信ずることができなかったことだ。今でも
本当に信ずることができないでいる』と仰せられた」

この平山の話を聞いた婦人は強い衝撃を受けて日記に書き留めていたのだ。
この一事が日顕の正体を物語っている。

御本尊の仏力、法力を信じていないからこそ、日寛上人書写の御本尊に平気
で難癖をつける。その難癖の一つが授与書きについての言い掛かりである。

日寛上人から授与を受けた本證房日證師への授与書きが御形木御本尊にはな
い点を挙げて「日證師の心を踏みにじる」「功徳がない」と愚かなことを言っ
ていた。

御本尊の余白に記された氏名は日興上人が「所賜の本主の交名(きょうみょ
う)を書き付くるは後代の高名の為なり」(富士一跡門徒存知の事)と述べら
れているように、授与を受けた人の功績を称え、証明する意義がある。

しかし、その名前は御本尊の本体に属するものではなく、授与書きの有無は、
力用とは何ら関係がない。

また、書写した法主及び授与された人の心を踏みにじるとか、その意志を傷
付けることにもならない。

日顕自身、説法の中で弘安以降に書かれた大聖人の御真筆の御本尊でも授与
者の名前のない例が二割近くある事実を認めていた。
つまり、授与書きが御本尊の本体には属さないことを自らが明かしていたので
ある。

また、日顕らは「日證師個人に授与された御本尊を世界に流布するのは罰が
ある、功徳はない」との邪見を得意気に言っていたが、厳然たる功徳があるこ
とは世界中の大勢のメンバーが証明している。

日寛上人の書写は広宣流布のためだ

日寛上人が御本尊を書写された御心は広宣流布にある。その御本尊を寺の倉
庫に保存しておくのではなく、世界の人々に授与することこそ、日寛上人並び
に日證師の心に最も適(かな)っていると言える。

更に、付言すると、学会が授与している御形木御本尊は、日蓮正宗の僧俗が
騒ぐような「授与書きを削った」のではない。正しくは「御本尊の本体の部分
だけを御形木御本尊にした」のである。淨圓寺に所蔵されていた御真筆の御本
尊の授与書きには、何一つ手は加えられてはいない。

この脇書きに関して、日蓮正宗こそ板御本尊の脇書きの総講頭の願主名を削
り、或いは漆で塗り潰して見えなくしたではないか。

この事実は、その御本尊を書写した日達法主らの心を踏みにじったのではな
いのか。また、古刹には脇書が削損した御本尊が多いのも事実だ。(つづく)

 

フェイク 第1599号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 1月 5日(金)23時56分28秒
  (発行=18.01.04)

元朝勤行の参加者は今年も減少
衰退を象徴、日蓮正宗 「行動の年」の幕開け
ノルマの強要に法華講は疲弊の極み

凋落の一途をたどる日蓮正宗は今年も本山大石寺をはじめ全国の末寺での元
朝勤行の参加者が減少したことが法華講連合会の有力筋、及び宗門の複数の関
係者の情報から明らかになった。

能天気な早瀬日如は「新年の辞」で「全国的に折伏弘通の気運が高まり」等
と述べている。だが、現実は法華講の各支部とも疲弊し切っており、昨年の折
伏目標は五百九十四支部中、約三割にあたる百六十五支部が未達成という体た
らくだ。

この目標を達成した支部にしても、その成果の内容は実に怪しいものだ。

布教部長の阿部信彰が住職をしている常在寺(豊島区)の元朝勤行の参加者は、
昨年よりも三十人ほど減ったと法華講員が教えてくれた。席上、信彰が「八年
連続で折伏目標を達成した」と発表していたが、参加者からは歓声も拍手もな
かったという。皆、いい加減な帳尻合わせの成果だと知っているからだろう。

 また、極悪坊主の日顕は「新年の辞」の中で「在家の方々にも、昨年は目覚
ましい活動の成果を残されましたが、本年も引き続き『行動の年』として倍旧
の御奉公を念じておられると確信するものであります」と述べていた。

 ところが、日顕の一番弟子の総監・八木日照は法道院(豊島区)の勤行の際、
日顕の言う「倍旧の御奉公」どころか、反対に「折伏弘教の数が毎年、上がっ
てはいても目標に追われて汲々とした姿だった」と士気の低下を語っていた。

この法道院も参加者が昨年より約二百人も減ったと法華講幹部が嘆いていた。

更に、財務部長だった長倉日延が死んだ後に藤原広行が入った日正寺(札幌市
)も大幅な減少。藤原が法華講員に嫌われているという噂は本当のようだ。

一方、法霑寺(北九州市)の柳坂幹道は「ここ三年間は誓願目標を達成できて
いない。きょうは、みんなもお疲れですから、これで終わりましょう」と言っ
て、早々に話を切り上げた。

こんな投げやりな住職では法華講員の士気が高まる筈がない。

 この常在寺、法道院、日正寺の他にも昨年より元朝勤行の参加者が減少した
末寺は数多い。その主な末寺を以下に列記する。

大宣寺(国分寺市)、宣徳寺(世田谷区)、妙盛寺(静岡市)、寿量寺(浜松市)、
蓮行寺(下野市)、富久成寺(古河市)、清涼寺(千葉市)、眞光寺(千葉市)、遠霑
寺(大網白里市)、法道寺(野田市)、常生寺(さいたま市)、経王寺(枚方市)、仏
恩寺(姫路市)、大妙寺(尼崎市)、妙道寺事務所(名古屋市)、玉泉寺(名古屋市)、
安明寺(春日井市)、普宣寺(小牧市)、実行寺(新発田市)、妙霑寺(岡山市)、興
福寺(広島市)、法厳寺(高知市)、延寿寺(南国市)、妙源寺(松山市)、法楽寺(
新居浜市)、立正寺(福岡市)、涌徳寺(熊本市)等々である。

 

フェイク 第1598号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年12月14日(木)22時31分23秒
  (発行=17.12.14)

諏訪涼道の布教講演は的外れ
身の程知らずの「大白法」の駄文を笑う
日顕と政子がクリスマスツリーを見学、撮影

日蓮正宗の機関紙「大白法」は無知な編集部が作っているようだ。最近の駄
文の中から二つ取り上げる。

まず、十二月一日付では大石寺のお会式での布教講演で諏訪涼道(霑妙寺)が
学会を批判している記事を掲載しているが、これは的外れ。諏訪の卑劣な話を
詳しく紹介するのは紙面の無駄なので簡潔に述べる。

諏訪は〝今日の宗教界の一凶とは権力・財力をほしいままにして三宝破壊、
三徳背反の学会こそ、現在の一凶である〟と「一凶」を繰り返して力説。「こ
こから一切の不幸と混迷が起こった」と見当違いの誹謗を続けて〝八十万法華
講の構築という命題達成に向かうことが肝要である〟と訴え、学会員を脱会さ
せるよう煽っていた。

笑止千万な布教講演だ。まず、改竄したテープで学会に難癖を付け、話し合
いにも応じることなく「権力をほしいまま」にして純真な一千万信徒を一方的
に切ったのは日顕である。

また、三宝破壊、三徳背反との学会批判も大間違い。三宝破壊、三徳背反は
日蓮正宗だ。仏法僧の三宝を攪乱して法主本仏論を強調し、主師親三徳の日蓮
大聖人を「迹仏」、現代の法主(当時は日顕)を「本仏」だと吹聴させた極悪坊
主は日顕自身だった。この日蓮正宗こそ「現代の一凶」と断ずる。

この〝ニセ本仏〟の謗法坊主・日顕は今月十九日に九十六歳の誕生日を迎え
るが、寄る年波と謗法の罪業には勝てず、最近は体調が悪く、無理して久しぶ
りにお会式に出かけたものの、直ぐに下山したという。

次に、「大白法」十一月十六日付の「諸宗教破折」欄で「謗法与同を恐れよ」
と題してクリスマスについて記している。その中で「毎年十二月になると街は
クリスマス一色になる。各地でツリーが並び、きらびやかなイルミネーション
が飾られ…」と書き、これはキリスト教の宗教行事で「けっして見過ごすこと
のできない謗法の所業」「クリスマスを容認する何らかの行動があるとすれば、
それは知らず知らずのうちに謗法に荷担している」と。

「大白法」編集部は日蓮正宗の僧俗が「御隠尊猊下」と呼ぶ日顕の行動を知
らないようだ。

クリスマスツリーを見学して、そこで記念撮影した坊主は「クリスマスを容
認」しており「見過ごすことのできない謗法の所業」ではないのか?

その坊主こそ相承詐称の日顕である。昭和五十九年、アメリカ・ニューヨーク
で、ミンクの毛皮コートで着飾った政子とロックフェラーセンターに出かけた
日顕は、巨大なクリスマスツ リーを見学。その前で夫婦仲良く笑顔で記念写
真に納まって、悦に入っていた(写真参照)

 

フェイク 第1597号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年12月 2日(土)23時56分43秒
  (発行=17.12.02)

日蓮正宗の名称は要法寺の案を盗用
第百回忌を迎える五五世日布の謗法行為
日布が国柱会の幹部らと御開扉、挨拶も

日蓮正宗の機関紙「大白法」十二月一日付で大石寺第五十五世日布の「第百
回遠忌(平成二十九年三日・四日)を迎えるに当たって」という記事を掲載して
いる。日布の死は大正八年だから「大白法」の見出しの「平成二十九年」は間
違い。正しくは平成三十年である。

 同紙は日布の事績を紹介する中で独立への軌跡を書いている。明治五年に日
蓮各派は「日蓮宗」として統合され、同七年に「勝劣派」、同九年二月に大石
寺一派は京都要法寺や保田妙本寺などと共に「日蓮宗興門派」として括(くく)
られ、その後、日布(写真)が分離独立を内務省に願い出たが認可されなかった。

同三十二年に日蓮宗興門派は「本門宗」に改称。翌年九月には分離独立が認
められて「日蓮宗富士派」と公称し、同四十五年に富士派から今の「日蓮正宗」
に改称するに至ったことを述べている。従って、現在の日蓮正宗になってから
は僅か百五年に過ぎない。

しかも、日蓮正宗という名称は京都要法寺の僧が考えたものである。明治十
一年、日蓮宗興門派が改称を検討することになり、興門諸山から意見を集めた
際、要法寺が日蓮正宗という名称案を出してきた。

因みに他の案は本門正宗(蓮山)、本門宗(遠山、豆山、房山)、日蓮本門宗(西
山)で、大石寺だけは現状の日蓮宗興門派の案であった。そのため「大石寺の
如きは現状維持説を答え多数説を敢えて否むものに非ずと首鼠両端の態度に出
づ」と、ぐずぐずして、決めかねていたと記されている。

要法寺の案を盗用しておきながら今では坊主も法華講員も「唯一の正系門下
だから日蓮正宗と公称している」等と自慢する厚顔無恥な邪教団である。

「慧妙」が宗門の
見解と反対の我見

ところで、日布は国柱会幹部や未入信の宗教学者らと共に御開扉。終わった
後、日布は「各々ヨウコソの御登山、佛祖三寶も御滿悦のことゝ存ずる。……
各々が無始以来の罪障消滅現當二世の所願滿足と厚く御祈念申上げました。南
無妙法蓮華經」(「大日蓮」昭和十年三月号)と挨拶した。

かつて、この日布の謗法行為を学会側が指摘すると「慧妙」は次のような邪
見を書いていた。「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇
の大御本尊が広宣流布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、い
まだに邪宗・謗法の者多く、それらの者の手から大御本尊を厳護申し上げるた
めであって、何も謗法者に拝ませてはならないから、という訳ではない」(「
慧妙」平成五年十一月一日付)

この「慧妙」の出鱈目な我見を当時の宗門の法義研鑚委員会(委員長は大村
壽顕)が一刀両断した。

同委員会は宗内教師各位への「通知」として「一閻浮提総与の御本尊といっ
ても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。これは宗祖大聖人の御教示であり、
宗門七百年の鉄則である」と。

 一事が万事、低劣なウソを書くのが「慧妙」なのだ。


 

フェイク 第1596号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年11月23日(木)21時08分17秒
  (発行=17.11.22)

「邪宗寺院の猿真似の茶番劇」
日蓮正宗大石寺の陰湿なお会式を笑う
日精が要法寺から持ち込んだ今の様式

邪宗の日蓮正宗大石寺では二十・二十一日の両日、寒風の中、お会式を行っ
た。お会式の現在の様式は京都の要法寺から持ち込まれたもので、造像読誦論
の謗法坊主・日精が第十七世になった寛永九年(一六三二年)頃に出来た、と大
石寺も認めている。また毎年、この日に大石寺がお会式を行なうようになった
のは昭和三十九年からである。

因みに、日蓮大聖人の御入滅の地の池上本門寺では七百三十年前から続けて
きた伝統行事とのことだが、それに比べると、大石寺のお会式の歴史は極めて
浅い。

大石寺は「他宗では絶対に見ることができない本宗独特の儀式」「日蓮正宗
の歴史の長さを示す古式豊かな行事」と宣伝しているが、これは真っ赤なウソ。
要法寺や身延系寺院など邪宗の猿真似の茶番劇である。

 お会式の初日は御開扉に始まり、夕刻にはニセ法主の早瀬日如が差しかけら
れた真っ赤な大傘の下を〝本仏気取り〟で歩くお練りだ。仏道修行はおろか、
「書」の練習もしないで下手な字で御本尊を模写し、誤字があると指摘された
〝ブクロの寛チャン〟が、参列者の唱題の声が響くなか、得意満面で歩く姿は
滑稽である。

お練りの際、助番僧が片手に提灯を持って日如の所まで走って来て一礼して
いた。これは御本仏の御説法を願う姿を現しているというが、お粗末な三文芝
居だ。

お練りが始まる午後六時以降、気温は一気に四度にまで下がり「冷蔵庫の中
に入っているようだ」という初老の人がいた。この時は冷たい風も吹いていた
ため、体感温度はさらに寒く感じられ、居並ぶ法華講員の中にはクシャミをし
たり、激しく咳き込む人なども目立ち、冷気の中に立っていて風邪を引いたの
だろう。

茶番劇は、まだ続いた。

 入場して菩薩の座(上行座)に座った日如に会行事が恭しく礼。涌出品の右繞
三匝(うにょうさんそう)の法式、寿量品の三誡三請、重誡重請(じゅうかいじ
ゅうしょう)の格式をもって仏に高座へ登ることを願い奉る儀式だという。宗
門では「色花は使わない」と言いながら、会場にピンク色の桜の造花を飾って
いる。

こんな儀式が権威づけになると、日如は勘違いしているようだが、今の時代
に物笑いの種でしかない。

遊び人の暴力坊主が完全に〝本仏気取り〟なのだ。

 ここでは御本仏が寿量品文底久遠名字の南無妙法蓮華経を説く儀式だとして
説法は寿量品に限るのだが、日如は権威づけのため難解な仏法用語を多用し、
法主だけが仏法の本質を極めているかのように装うのだ。

これは大聖人の仏法を訓詁注釈の領域に封じ込めていることになる。そのた
め参加した講員も「意味不明で理解できない」と苦笑していたが、これでは世
界広布はできない。

二日目のお会式の中心的な行事は申し状の奉読で、時の権力者に出された諫
暁の書を坊主が次々に奉読していた。

だが、先の大戦中、時の軍部権力に迎合し諫暁もせず、神札を受け、御書を
削除し、御観念文を改変した宗門。それが少数の法華講の前で七百年前の申し
状を奉読しても意味がない。

まさしく、お会式は形骸化した時代錯誤の死せる仏教を象徴する猿芝居であ
る。


 

フェイク 第1595号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年11月11日(土)12時19分27秒
  (発行=17.11.09)

「連綿と続く血脈相伝」は幻想
日如の講習会での間違い講義を正す ㊦
相承詐称の日顕が「血脈の断絶」を明言

日蓮正宗・法華講が折伏に行き詰まって四苦八苦している。そのため、早瀬
日如が「思うに、今、私どもは、大聖人・日興上人以来、連綿と続く血脈相伝
に基づく正しい信心をしていることを心から喜ぶとともに、血脈を否定して完
全に異流義となった創価学会の謗法を破折し、多くの学会員を救っていかなけ
ればならないと痛感する次第であります」(「大日蓮」十一月号)と、学会員に
対する勧誘を煽っていた。

 この「連綿と続く血脈相伝」とは史実とは全く違う、真っ赤なウソである。

実際は、第三祖日目上人の死後、早くも日郷と日道との間で長年にわたる激
しい抗争が続き、以来、約七百年の間には宗門が自慢するような「一器から一
器へ一滴の水も漏らさず」というものではなかった。

或る時は器から水が漏れ、または枯渇し、さまざまな軋轢(あつれき)も生じ
て大石寺が無住の期間もあった。

在家の者が相伝を取り次いだり、稚児法主の誕生とか、相承もしないで遁走
した法主などもいた。

更に、約百年間にもわたって京都・要法寺から法主を迎えて、大石寺が要法
寺流の邪義に染まってしまった時代もあった。

そして遂に大石寺の「唯授一人の血脈相承」が決定的に途絶えたのが、第六
十六世日達法主が相承をしないまま心筋梗塞で急死した昭和五十四年七月二十
二日である。

この日、阿部信雄(日顕)が相承詐称を思いついて、受けてもいない相承を平
気な顔で「相承に関する甚深の話を承った」旨、自己申告した。

だが、その証拠は何もなく、一人の証人もいない。ここで断絶した血脈は、
当然、日如には流れていない。

 この相承詐称の日顕自身が法灯連綿を否定する「血脈断絶」が持論なのであ
る。

日顕が本行寺(東京都墨田区)の住職であった昭和三十三年、教区内の末寺の
御会式に向かう途中、同行の所化を誘って食堂に入り、これから御会式に参加
するというのにビールを飲みながら〝宗門の歴史の中には血脈が切れているこ
ともあるんだ〟等と発言したことがある。

その時の会話は次の通り。
日顕 お前は、血脈というものが切れたら、どうなると思う?
所化 いけないと思います。

日顕 君はそう思うか。そりゃ、しかし宗門の歴史の中には、そういうことが
あるんだよ。
所化 あるって言いますと……?

日顕 歴史の中には切れたような感じもあるんだよ。要は「内容」なんだ。血
脈が切れたって別段いいんだと俺はそう思うが、お前はどう思う?

この時、日顕の「血脈断絶論」を聞いたその所化は、余りの衝撃の大きさに
当時の状況を今も鮮明に記憶しているという。

 日如の言う「大聖人・日興上人以来、連綿と続く血脈相伝」とは幻想による
作り話で、血脈は途切れていたというのが真相なのだ。

学会が邪宗門と決別した直後、当時の教学部長・大村寿顕(日統、故人)ら時
局文書作成班が「時局文書」を乱発して「血脈法水が断絶したならば日蓮正宗
が滅びる」と強弁していたように必ず滅びるに違いない。


 

フェイク 第1594号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年11月10日(金)22時05分45秒
編集済
  (発行=17.11.08)

「法主にしか解らぬ血脈など戯言」
日如の講習会での間違い講義を正す ㊤
「法体の血脈も信心の血脈により流れる」

血脈が途絶えた日蓮正宗のニセ法主・早瀬日如が「創価学会は信心の血脈の
意義をゆがめ」「法体の血脈を否定している」等と夏期講習会で非難したうえ、
次のような戯言を述べていた。

「法主のもと、僧俗が固く団結し、異体同心に南無妙法蓮華経と唱え奉るとこ
ろに、個々の成仏がかなう」「創価学会が破門されるに至った大きな原因は、
この血脈に対する誤った考え方があった」「私どもは大聖人・日興上人以来、
連綿と続く血脈相伝に基づく正しい信心をしている」(「大日蓮」十一月号)等
と独りよがりの話をしていた。

この日如の戯言は、平成九年八月の行学講習会での日顕の「法体の血脈が根本
であるから、そこから離れての信心の血脈はない」等の妄言の受け売りである。

 教学力はなく、御書も満足に読めない日如は大願寺住職や法道院主管の頃も
御書講義は当時の教学部長・大村寿顕(故人)に頼っていた。〝盗座〟後は宮野
審道や永栄義親などに代作させた原稿を棒読みするだけである。

だから今回の血脈に関する説法も日如自身は日顕の話の受け売りという自覚
はないのかも知れない。

 ところが、日顕はこの平成九年の行学講習会での講義とは正反対のことを昭
和六十二年の虫払大法会の際、次のように明言していた。

「血脈相承とは、信心の血脈がその基(もとい)をなすのであり、その信心の
血脈によって仏の本地甚深の境智に基づく法体法門の血脈が、一器より一器へ
流れ通うのであります」「要するに、日蓮日興唯授一人の相伝血脈は、その信
心において万人に通ずるのであり、かかる信心の血脈が正法の僧俗一切の行学
の根底であります。

故に、大聖人より日興上人への血脈が貫主一人しか解らぬ独断的、偏見的な
仏法などというのは血脈の真義を解せぬ者の囈言(たわごと)であり、信心の
一念に法水の流れるところ、有智、無智を問わず、万人のために即身成仏の功
徳が実証として開かれているのであります」

信心の血脈の意義を
歪めている日蓮正宗

この日顕の悩乱する前の虫払いでの説法は、極めて重要である。

日顕は信心の血脈が一切の根本であり、唯授一人の「法体法門の血脈」も信
心の血脈によって流れ通うと断言していたのだ。

更に「法体の血脈」は法主一人にしか解らない等というのは「血脈の真義を
解せぬ者の囈言(たわごと)」だと言い切っていた。

平成九年の行学講習会での講義と昭和六十二年の虫払いでの説法――この正
反対の発言は、どちらに権威があるか、それは所化小僧が対象の行学講習会で
はなく、宗門二大法要の虫払いでの説法である。

日蓮大聖人は「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり、以信得入とは是な
り」と仰せである。宗門は、この大聖人の教えに背き、さも〝御本尊は唯授一
人の法主の二字におさまれり〟と言わんばかりに誤魔化して信徒を騙し、学会
を攻撃する。学会は血脈の意義を歪めていると的外れの批判をしているが、歪
めているのは宗門であり、日如自身だ。


 

フェイク 第1593号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年10月27日(金)20時45分43秒
  (発行=17.10.26)

宗門ぐるみで学歴詐称の前科
富士学林大学科の創立三十周年に思う
足腰が弱って外出できない日顕は欠席

 日蓮正宗は富士学林大学科(法教院、東京都渋谷区)の創立三十周年記念行
事を今月四日午後二時前から行った。これには日如、総監の八木日照、富士学
林長の藤本日潤(重役)、宗務院各部長、及び講師・在校生らが出席したが、近
くの豪邸にいる筈の日顕は姿を見せず、同学林大学科事務局長の漆畑正育が「
日顕の言葉」を代読した。

 日顕は法主時代から毎年、大石寺での全国教師講習会で独りよがりの講義を
続けてきたが、今年の夏はそれも出来なくなり、代わって日如が「一念三千法
門」(日応著)を題材に講義した。

 宗門関係者の話によると、夏頃までは毎週一度、病院に行っていたが、最近
は外出もできず、医者が往診に来ているとのことである。

また、足腰はめっきり弱くなって背中も丸くなり、腰痛ばかりか、耳も遠く
なっているとの噂もある。以前のように所化を殴ったり、蹴ったりする体力は
ないようだ。

 ところで、富士学林大学科とは、日顕が虚勢を張って作った無認可の私塾で、
大学科とは名ばかりの寺子屋で、卒業しても何の資格も得られない。

かつて宗門は、教団ぐるみで〝学歴詐称〟を企て、韓国の一流校である延世
大学やインドのデリー大学の大学院に高卒の所化を大学卒と偽って入学させよ
うとした事件があった。

その手口は「富士学林大学科」を「フジ・ガクリン・ユニバーシティー」と
偽り、正規の大学を卒業したかのような卒業証書を偽造して、ニセの卒業証明
書には履修した科目や成績までも書き入れ、そのうえ「教学士」という一見〝
学士号〟のような肩書まで書き添えて、ローマ字で学林長・八木信瑩(現在の
日照)がサインもするという狡猾な方法で騙そうとした。

宗門は、海外ならば偽の卒業証明書でも通用するだろうと思っていたようだ。

平成十一年に宗門は二人の所化に、この偽の卒業証明書を持たせ、インド国
立デリー大学大学院に入学させようとした。

だが、デリー大学当局の調査で、この不正入学工作が発覚して新聞でも報道
され、世間を騒がせる結果になった。

日顕が死ねば廃止に

日顕が所化を一般の大学には進学させず、富士学林大学科に行くようにした
のは、世間の大学で学問すると他門の大学教授の授業を受けることになり、弊
害があるとの考えからだという。

これに関して早稲田大学の大学院に進んで博士号を取得して、日蓮正宗の僧
籍を離れた花野充道は、日顕が「邪宗派の教授の教えを受けて博士になるのは、
日蓮大聖人の教えに背反する形になる」「博士号を取得するのは 異端者・背
信者である」と決めつけたと強く批判。また、ある著名な社会学者は「伝統的
な石山教学は板本尊と血脈を楯にとった権威主義的な『印籠教学』である」と
述べ、井の中で自己満足しているにすぎないと指摘していた。

確かに、富士学林大学科で日蓮正宗の宗学を学んで他宗派を邪教と誹謗する
だけでは世間には通用しない。

この富士学林大学科は、日顕が死ねば即座に廃止されるに違いない。


 

フェイク 第1592号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年10月 8日(日)10時33分5秒
  (発行=17.10.06)

「法主本仏論」で日顕宗に変質
日蓮正宗機関紙「大白法」の駄文を粉砕 ㊦
御本尊受持に関し日如の矛盾する発言

日蓮正宗の総本山大石寺の売却事件について「有師物語聴聞抄佳跡・上」に
は「二三人の留主居を定メて候えば如何様の思案候ひけるや、留主居此の寺を
捨て除き候間六年まで謗法の処に成リ候」と記されている。

本紙前号で触れた通り、大石寺売却事件は日亨上人も認めている。留守居の
者たちが日有上人の留守の間に大石寺を売り払ってしまい、六年間も「謗法の
処」になっていた記録が残っているのだ。「大白法」は「大石寺がいつから謗
法となったのかを確定してみよ。破門前とは到底言えまい」と詰問しているが、
破門前どころか、日有上人の時代から既に「謗法の処」になっていたのである。

それを日有上人は買い戻されたのであった。

大石寺を売り払った悪僧は阿闍梨号をもつ高僧だった。この一事を見ても「
富士の清流七百年」という宗門の謳い文句は美化された虚飾であり、実際は「
富士の濁流七百年」なのだ。

 現在の宗門の坊主共は、日亨上人の遺した宗史を学ぶべきである。

宗門は学会側から大石寺を「大謗法の地」と指弾されたことが余程、悔しい
らしい。だから「大白法」では「(霊場を)悩乱しているからこそ『大謗法の地』
と平然と言ってのけるのだ」と書いている。

だが、悩乱しているのは「大白法」の筆者である。

大石寺を現在は相承無き日顕、次いで日如のニセ法主が占拠して宗内に「法
主本仏論」とか、大聖人から御歴代は、もう過去だから『迹』で、御当代日顕
上人が『本』と言える」(平成三年八月、行学講習会で)との「顕本仏迹論」と
もいうべき大邪説を強調させ、法主根本を宗旨とする「日顕宗」へと変質させ
たから「大謗法の地」というのである。

日顕自身も「相承を受けた以上は生身の釈迦日蓮である」(平成九年八月、
全国教師講習会で)と言い放つほど狂っている。

日顕への随従は堕地獄

「大白法」は学会が御本仏日蓮大聖人に対する信心もなかった、と批判してい
るが、日顕こそ御本仏大聖人と御本尊に対する信心がなかったことが明白だ。

また「大白法」では大御本尊受持の有無についても詰問している。これに関
して早瀬日如は義寛と名乗っていた頃、御講で学会の会則の「三大秘法の大御
本尊を信受し」について「学会が三大秘法の大御本尊を信受するなんて、破門
された学会には許されない。狂っている」と叫んでいた。

ところが、近年では「『弘安二年の御本尊は受持の対象にはいたしません』
とは暴挙であり、大聖人への反逆行為です」等と相反する戯言を述べている。
「信受する」のは許されない、狂っていると批判し、今は決別して他宗派にな
った大謗法の地の大石寺にあるから「受持しない」というと、今度は反逆行為
だ、謗法と悪口を言う。どっちにしても非難中傷するのが邪宗門の日如ら坊主
達である。

日顕は御本尊に関して末寺住職に「御本尊を信じられない」と言い、大御本
尊を鑑定して「偽物」と断定した張本人だ。

日顕、日如の悪師に随従することは堕地獄の悪業となることを知るべきであ
る。


 

フェイク 第1591号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年10月 8日(日)00時09分8秒
  (発行=17.10.05)

日有上人時代、売却された大石寺
日蓮正宗機関紙「大白法」の駄文を粉砕 ㊤
相承受けずに本尊書写、遁走した法主も

日蓮正宗の機関紙「大白法」十月一日号の「異流義破折」欄で「無慚無愧の
謗法団体―創価学会」との見出しを付けて誹謗している。

それは宗教の機関紙とは思えない悪感情を剥き出しにした下劣な言葉の羅列
で、世界広布に邁進する学会に対する田舎の山寺の嫉妬にも似た駄文である。

紙数の無駄なので引用は最小限にするが、「大白法」に曰く、「学会に問い
糾すが、破門以降も功徳はあったのか?」とか僧宝たる法主を罵る学会は謗法
・一闡提で、法主に信伏随従する精神や御本尊と日蓮大聖人に対する信心もな
かった、更に「(池田名誉会長は) 大聖人を末法の御本仏と信じられない謗法
・一闡提人」等々と書いている。

まず「破門以降も功徳はあったのか?」との問いについて本紙編集部の厳密
な調査によると、学会員は宗門による理不尽な破門以降も功徳を満喫している。

学会員は法華講員と違って登山・折伏・御講・供養など無理なノルマに苦し
むこともなく歓喜に燃えて信仰している。

また「大白法」では「大石寺がいつから謗法となったのかを確定してみよ。
破門前とは到底言えまい」と詰問しているが、端的に言うと、大石寺は学会出
現前の昔から謗法であった。

それを正したのは初代会長の牧口先生、第二代会長の戸田先生であった。

日蓮正宗大石寺が謗法でなかったのは、学会が信徒団体であった約六十年間
だけである。

宗門七百年の歴史を見て、すぐに思い浮かぶだけでも日目上人の死後、早く
も日道・日郷の長期にわたる抗争で大石寺は荒れ果て、その後も造仏読誦の十
七世日精、相承を受けずに御本尊を書写した十九世日舜、浅間神社に御本尊を
下付した三十三世日元、相承をしないまま遁走した五十三世日盛、国柱会の謗
法者に御開扉を許可して御礼まで述べた五十五世日布などの法主がいる。

本尊を誤写した日開

昭和以降も本尊を誤写した六十世日開(日顕の父)、妾狂いの六十一世日隆な
どの悪僧がいたが、特に仏法を破壊した六十二世日恭は相承詐称の日顕と同じ
く極悪僧である。

日恭は戦意高揚の「訓諭」を発したほか、御観念文の改変、御書の発刊禁止
と要文削除など軍部権力に迎合し、神札を受け、神道思想を宗内に広く浸透さ
せて伊勢神宮遙拝を「院達」で指示した大謗法の法主だ。

これら不祥事、謗法行為に加えて、第九世日有上人の時代には役僧が大石寺
を売却した事件があった。

この「大石寺の売却事件」は「有師物語聴聞抄佳跡・上」に記されており、
五十九世日亨上人も次のように述べていた。

「しょっ中、日有上人は全國を行脚してござったんだから、寺には相當の代
官がおいてあった。(中略)慶舜という人と日有上人が懇意で、ときどき行かれ
たらしいです。慶舜に會うたびに、日有上人は、大石寺の跡のことを次のよう
に話されたという。

つまり三人の代官をおいた。しかるに、三人の代官がグルになって、大石寺
を賈っちまったということが書いてある」 (つづく)


 

フェイク 第1590号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 9月13日(水)12時31分37秒
  (発行=17.09.12)

阿部信彰の常在寺も未達成
各地で意気消沈の大布教区別僧俗指導会
日如が少年部員に「友達の両親を寺に誘え」

 日蓮正宗の「大布教区別法華講員八十万人体勢構築推進僧俗指導会」という
長い名称の会合が八月二十八日の北海道大布教区を皮切りに始まった。九月二
十八日までの間、全国十カ所で開くこの指導会は、大聖人御聖誕八百年の平成
三十三年に法華講員を八十万人にしたい、との早瀬日如の思い付きで折伏を開
始したが、現在まで全然進んでいないため折伏の檄を飛ばすのが目的である。

 そこで布教部長の阿部信彰や八十万人体勢構築推進委員の坊主らが、講中の
全講員が折伏に立ち上がって、励ましあいながら全力で取り組むよう訴え、大
聖人の御聖誕八百年まで三年半後に迫った今年こそ全支部が必ずや目標を達成
する必要があると強調している。

 宗門では「僧侶主導の広宣流布」と標榜しているが、責任を講頭や法華講の
活動家に押し付ける。「信徒主導」と言い換えるべきだ。

 折伏をはじめ新入信者の育成、御講や登山会などの参加者を増やす活動は全
て信徒に強要している。

 僧俗指導会で登壇した坊主も「自分が率先して折伏する」と発言した者は一
人もいない。だから指導会は意気消沈、参加者は決意を固めるどころか、辟易
した表情とのことである。

 とりわけ阿部信彰は今年三月、大石寺大書院での講頭会の席で今年の誓願目
標を八月までに達成せよと命令口調で力説。それが出来なかったら遅くとも十
月までには達成するように、と強調していた。

 その阿部信彰(写真)が住職をしている常在寺(豊島区)の法華講員の話による
と、八月末までに三百三十四の目標は達成できず、九月に入って、やっと八割
台になったとのことである。

 全国的にみても八月末までに達成した支部は三十そこそこで全体の一割にも
満たないとのことだが、布教部長の常在寺も未達成だから、折伏が出来ていな
い支部も安心してよい。決して焦る必要はない。

少年・中等部員にも折伏を煽る日如

 僧俗指導会に講頭・副講頭、認証役員や活動家を集めて、いくら檄を飛ばし
ても〝糠に釘〟という有様で、八十万人体勢構築は平成三十三年どころか、何
百年経っても不可能だと断ずる。

 折伏が停滞している現状に業を煮やした日如は今年の夏、中等部員、高等部
員、更に少年部員に対しても折伏を煽っていた。

 中等部、高等部の大会で日如は「法華講員八十万人体勢構築の誓願達成へ向
けて力強く前進するように」「一人でも多くの人に妙法を下種し、折伏を行じ
ていくことが、最も肝要である」と訴え「折伏は使命である」「自行化他の信
心に励め」等と力説していた。

 また、少年部の大会でも「親しいお友達がいたら、お父さん、お母さんに話
すなり、お寺に誘うなりして折伏することが今、最も大事である」と洗脳して
いた。

 子ども達にも折伏を煽る邪教団は無謀な勧誘が社会問題になっている顕正会
と日蓮正宗だけである。


 

TV情報

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 9月 1日(金)17時01分52秒
  9月10日(日)午後9時からNHKスペシャル「沖縄と核」が全国放送されます。
同番組は沖縄の本土復帰45周年を記念し制作されたもので、かつて沖縄に核兵
器が配備された知られざる歴史に光をあてた内容となっています。

その中で、メースBミサイル基地の跡地として唯一現存する沖縄研修道場が出
てきます。

なかでも注目なのは、当時勤務していた米兵がアメリカから研修道場に来られ、
地下にある司令室跡の中でインタビューを受ける場面です。

研修道場が映されるのは全体の中の一部ですが、ぜひご覧頂ければと思います。

■番組名
NHKスペシャル「沖縄と核」
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170910

■放送日
9月10日(日) 午後9時(49分間)

 

フェイク 第1589号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月31日(木)22時49分55秒
  (発行=17.08.31)

師弟不二こそ法華経の兵法の要
「慧妙」に掲載の渋谷照夫の戯言を斬る ㊦
師の言葉を歪曲し退転の口実にした原島嵩

日蓮正宗と学会との問題が起こった第一次宗門事件の時、反逆した原島嵩(元
教学部長)が、極悪ペテン師の山崎正友を介して時の日達法主に次のように言
わせた。

「『あの人が師匠だから、あの人が死んで地獄に落ちたならば自分も地獄に落
ちても良い』などと言っている人が有りますが、これは大変な間違いでありま
す。法華経にはそのような考え方は有りません」

だが「そのような考え方」が御書に明記されている。

日蓮大聖人は四条金吾に与えられた「崇峻天皇御書」に次のように記されて
いる。

「返す返す今に忘れぬ事は頸切れんとせし時殿はともして馬の口に付きて・
なきかなしみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地
獄に入り給はば日蓮を・いかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひま
いらせ候べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦
仏・法華経も地獄にこそ・をはしまさずらめ」

刑場に向かう途上、 大聖人が乗られた馬の手綱に縋り付いた金吾は嗚咽し、
殉死の覚悟であった。それに関して、大聖人は金吾が地獄に行くならば、釈迦
仏の言葉に逆らっても弟子の金吾と共に地獄に行くとの仰せであり、師弟不二
の姿だ。

法華経に殉じた大聖人、その弟子の金吾が共に地獄に行くならば「地獄即仏
界」の原理を現ずると断言されている。渋谷には理解できないだろうが、「師
弟相違せばなに事も成べからず」で、師弟不二の精神こそ法華経の兵法の要で
ある。

現在の世界広布の潮流は、学会の初代会長・牧口先生、二代・戸田先生、三
代・池田先生の創価の三代会長に貫かれた師弟不二の精神が源流になっている。

この広布の師が地獄に堕ちることは断じてないが、師弟の道を踏み外した者
は皆、堕地獄の現証を示した。

その代表が、この戯言を言い出した原島嵩だ。昭和三十五年五月四日、池田
会長は就任の翌日、原島理事長(嵩の父)宅を訪問。当時、男子部班長だった嵩
に「弟子は師匠が地獄に行くなら自分も地獄に行くという決意、実践があって、
初めて師弟なのだ。君にその心があるか?」と問うた。

 当初、原島は「私は嬉しかった。先生の弟子に加えて頂けるかと思うと、涙
が出てきて仕方がなかった」と述べていたが、後年、師の指導を故意に歪曲し
て退転の口実にした。死者に鞭打つようなことは書きたくないので真実の一端
を記し、後世への戒めとする。

原島は五十代の時に重症の眼底出血、六十歳で硝子体出血。糖尿性網膜症、
白内障に脳神経も患って平成十六年に両目は失明状態。また糖尿性腎症で一日
三回、自分でインシュリンを注射し、晩年は人工透析を続け、肝臓病も肝硬変
の直前まで進行。不安神経症、うつ病、狭心症に加え、平成十七年に二度の脳
梗塞。その後遺症で言語障害になり呂律が回らず、左手と右足には麻痺が生じ、
食事もノドを通らない苦しみが続いた。

更に、腰の褥瘡(じゅくそう)に八年間も苦しみ、三度の手術は全て失敗。
左の耳の鼓膜には穴が空き、右耳は老化が進んで聞こえない状態。パーキンソ
ン病も患い平成二十年七月、六十九歳で死亡した。

 

フェイク 第1588号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月31日(木)22時32分45秒
  (発行=17.08.30)

「師は針の如く、弟子は糸の如し」
「慧妙」に掲載の渋谷照夫の戯言を斬る ㊤
広布大願に向かう死身弘法の決意と実践

日蓮正宗の法華講員の間でも不評の「慧妙」など殆んど読んでいないが、昨
日、たまたま見た八月十六日付で教育評論家と称する渋谷照夫が学会の師弟関
係について「滅私奉公」等と批判しているので、簡潔に反論しておくことにす
る。

 渋谷は聖教新聞社に在職していた約五十年も前に聞いたという「師匠は針、
弟子は糸だ」等の指導を曲解して、今頃になって蒸し返して誹謗している。

これは退転し反逆して死んだ原島嵩(元教学部長)の戯言の受け売りである。

渋谷が同新聞社に在職したのは昭和四十五年から僅か約三年間。渋谷は「慧
妙」では元論説委員と称しているが、当時を知っている人たちの話によると、
役職は副主任か主任になったばかりだったという。

個人攻撃は好まないので詳しいことは書かないが、渋谷は在職中も学会に批
判的で、親しい友人もおらず、暗く陰湿な感じで常に孤立していたとのことだ。

さて、渋谷は「慧妙」に次のように書いている。

「『師匠は針、弟子は糸だ。だから例え師匠が地獄へ行ってもついて行くのが
弟子の生き方だ』これでは、仏法を利用した『滅私奉公』ではないか」「心の
中で『こんなバカげた師弟関係を押し付けるなよ。独裁者の師匠なんて、こち
らから払い下げだ!』と叫んだ」と。

この後、渋谷は「後日、私と同感の社員もいたことが分かって安堵した」と
記しているが、この「同感の社員」とは、この話を言い出した先述の原島嵩だ
ろう。

「師は針の如く、弟子は糸の如し」とは、言うまでもなく、導いてくれる師に
従うことの重要性を意味している。決して「バカげた」教えではない。布を縫
うには針と糸が一体になることが不可欠で、師の針が導き、弟子の糸は師から
離れることなくついていくことで布を縫うことができる。

師弟不二の戦いで
築いた学会の発展

ここで言う「師匠が地獄……」云々とは師弟不二を意味しており、師弟が禍
福を共にして広布大願に向かう不退転の決意、死身弘法の実践を指している。

師弟の絆は同じ目標に向かって同じ心で戦い、師が苦悩している時は共に苦
しみ、共に戦い抜くことだ。

日蓮正宗の坊主共が口にする「塔婆供養しないと地獄に落ちる」というよう
な信心利用の言葉ではない。

戦時中、理事長の戸田先生は初代会長の牧口先生と共に逮捕され、他の弟子
が保身に走るなか、戸田先生は最後まで不退転を貫いたことは周知の事実だ。

そして「あなた(牧口先生)の慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れて行って
くださいました」と〝地獄のような牢獄〟にお供できたことを師に感謝された。

これが学会の師弟不二の姿である。利己主義の者には理解できないだろう。

また戦後、戸田先生(当時は理事長)が会社の倒産、経済苦で学会の理事長を
辞めるなど〝地獄の苦しみ〟の時、他の弟子が去っていくなか、青年時代の池
田先生は唯一人で戸田先生を守って戦い、第二代会長の就任に漕ぎ着けた。更
に七十五万世帯の悲願を達成したのをはじめ師の構想を悉く実現したのだ。
(つづく)


 

フェイク 第1587号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月17日(木)22時04分29秒
  (発行=17.08.17)

大石寺総代は僧俗共に謗法塗れ
信徒は神社参拝、坊主は道祖神の厄払い
総代の井出が三宮神社の祭礼に参列

日蓮正宗の総本山大石寺の総代・井出光彦が十三日、富士宮市内の三宮神社
の祭礼に参加した。三宮神社の祭礼は午前九時半ころから始まり、井出は社(
やしろ)に向かって拝礼していた。

井出が三宮神社に参拝したのは今回だけではない。創価新報(八月十六日付)に
は一昨年の八月にも同神社の神の聖域を示す「紙垂」で囲まれた社の前で合掌
・礼拝していた写真が掲載されており、例年のように参列しているのである。

この井出は、去る七月に大石寺の総代に再任されたばかり(下の辞令を参照)。

以前、井出は曽我神社の総代も兼務していた。そして大石寺の二大法要など
の際、ニセ法主の日如を先導して大石寺の境内を練り歩き、日如は謗法の総代
の後に続いて歩いていたのである。

 本紙前号で大石寺近郊の日蓮正宗の某寺のY副講頭が富士宮の上野地域を探
索する講座〔東西南北・歩こう上野〕という企画で五月二十七日に双体道祖神、
精進川浅間神社、馬頭観音の像の石造物や神社などを巡る案内役を務め、石造
物や神社の由来などを説明していたことを紹介した。

 更に、本紙第一五八二号では、富士地方部長の清功が六月、富士宮市・西山
本門寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列し、西
山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶達が経を上げ
ていた時、清功も同座し焼香したことも伝えた。

 実は、この清功は浅間神社の神事に参列する常連だ。平成二十五年八月、小
川只道(理境坊)が清功に向かって「地方部長の立場にありながら神社の行事
に参加するとは何事か! 皆さんの前で謝りなさい」と叱り付けたことがある。

だが、小川には法華講員に謗法行為を叱責する資格はない。平成三年六月十
六日、関西医師会の有志が大石寺を訪れた際、正本堂や大客殿を案内した小川
は観光案内の代価として金員を貰った。

 また、同年八月四日、大石寺近くの熊久保地区で道端の道祖神に向かって「
厄払い」と称して読経・唱題して〝謗法の人達〟から供養を受け取っていた。

 これだけではない。同六年十一月五日、身延派の布教師会一行が大石寺を訪
問した際、大石寺側が丁重に迎えた様子が身延派の「布教師會報」 第二十号
に「日蓮正宗総本山・大石寺研修参拝記」として掲載された。

「参拝記」の公表により、身延僧八人の見学は「大石寺内事部の理事からの応
諾の電話を頂戴」して実現したとか、後日、案内役の大石寺僧から丁重な礼状
が送られてきた等々、裏の事情が明るみになった。

この「大石寺内事部の理事」とは小川のことで「(身延の)皆様の暖かなお
心に触れ(略)暖かな気持ちで御案内申し上げることができましたことを感謝
しております」と礼状を送った。

この小川只道も大石寺の総代で、大石寺総代は坊主も信徒も謗法に塗れてい
る。

 

フェイク 第1586号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月11日(金)16時59分35秒
  (発行17.08.10)

法華講幹部が神社・道祖神を案内
日如の「日蓮正宗は謗法厳誡」は真っ赤な嘘
富士学林の小僧が今年も邪宗寺を巡拝

日蓮正宗法華講の幹部が富士宮市内の神社や道祖神などを案内して回ったこ
とが物議を醸(かも)している。

これは富士宮の上野地域を探索する講座〔東西南北・歩こう上野〕という企
画で五月二十七日に「双体道祖神」「精進川浅間神社」「川掛の山の神」「馬
頭観音」の像の石造物や神社などを巡り(下の写真参照)、その案内役が大石寺
近郊の日蓮正宗の某寺のY副講頭だったのだ。

案内役のY副講頭は講座の受講者達に石造物や神社の由来などについて真剣
に説明していた。

まず、双体道祖神は天明元年(一七八一年)に造立され、災いを防ぐ神とし
て、集落の入口に置かれた。

また、精進川浅間神社前には「熊野大神宮」「浅間大神宮」「八幡大神宮」
の幟が立てられ、かつて村内にあった神社がここに合祀されたものという。

川掛(かわがけ)の山の神は石祠(石で作られた祠)が並んでいる。神や仏を
祀る石祠は江戸時代に盛んに作られたようで、ここには「山の神」「稲荷」な
どが祀られているとのことだ。

 日如は教徳寺の移転法要の際、謗法厳誡に触れて「昔から日蓮正宗では神社
仏閣の前で草鞋(わらじ)の鼻緒が切れても、そこで結んではいけない、と言わ
れた。それは紐を結ぶ時に頭を下げてしまうからです」等と自慢していたが、
法華講幹部が神社や石造物を案内し、説明して回るのは謗法ではないのか?

 法華講員の間でも「神社を案内して回るのは、やはり謗法だ」との声が多い。

 また、富士学林の小僧達の謗法寺への巡拝は恒例行事になっている。

今年も六月二十日.富士学林大学科一年生の二十三人が参加して日蓮大聖人
に有縁の地である千葉県安房方面への日帰り旅行を実施した。

一行は、まず、東京都大田区の池上本門寺を参拝。その後、千葉県の誕生寺
の祖師堂、本堂、宝塔を訪れ、続いて清澄寺から鏡忍寺を順次、巡拝していた。

また、既に本紙第一五八二号で紹介した通り、富士地方部長の清功が六月、
富士宮市・西山本門寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」
に参列。西山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶達が
経を上げ、清功も同座し焼香もした。日如の言う謗法厳誡は真っ赤なウソである。


 

フェイク 第1585号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月28日(金)22時07分17秒
  (発行=17.07.27)

宗門の財務部長・長倉日延が死亡
故人が不快感を抱いていた早瀬日如が導師
生前「早瀬と河辺にやられた」と嘆く

日蓮正宗の宗務院財務部長で北海道札幌市内の日正寺住職・長倉日延(権僧正)
が二十五日午後八時頃、死亡した。享年七十六歳。通夜は二十六日午後七時
から、告別式は二十七日午前十時から、いずれも早瀬日如の導師で行われた。

 通夜の際、日延の息子の長倉信祐が父親の略歴及び闘病生活に触れて「父は
ガンとの戦いで延命した」旨、語っていた。だが、実際は数年前に日延は胃が
んの手術をして、それ以降、術後の経過が悪く、命を縮めたと伝えられている。

 日延は昭和十六年六月三日生まれ、同二十九年に得度。能化になる前の平坊
主の時の名前は教明で、教師になって以降は実行寺、三之坊、本住坊、仏土寺
を経て平成四年十一月に大願寺に移り、同十一年九月には河辺慈篤との交代で
日正寺の住職になっていた。

 長倉教明(日延)が大願寺に移ると、約百世帯が富士宮市の妙蓮寺に所属替え、
その後も多くの講員が豊島区の常在寺など各末寺へ移籍。大願寺の御講等の行
事に参加する法華講員は減少の一途をたどり、激しい落ち込みを見せていた。

その理由は、法華講関係者によると、住職の長倉をはじめ寺族の冷酷な人間
性、特に、信徒を怒鳴りつける横柄な女房の多江子に対する不平・不満だと言
われていた。

寺族同心会大会で、日顕が〝住職の女房は態度が悪い。信徒をいたわり、優
しい言葉遣いの対応を心掛けるように〟と注意を促したことがあった。

あの〝かまし発言〟で知られる日顕でさえ注意せざるを得ないほど生意気な
言動の寺族がいて、その最たる者が長倉の女房だということだった。

 息子の信祐も大正大学で仏教学の博士号を取得しているものの、品行下劣な
言動で評判が悪かった。

 長倉は昭和五十五年、僧都に昇進して財務部長になり、以来、約三十七年間
にわたって務めてきた。

こんなに長い間、財務部長の地位にあったのは、都心の大願寺から札幌に左
遷されたうえ、部長の座まで奪われてなるものかと、その地位にしがみ付くこ
とだけに汲々としていたからと評されている。

 日正寺の地元では〝度外れた金狂い〟と非難され、供養の少ない講員には鼻
も引っかけない、信徒一人一人に「値札」を付けている、と言われていた。

 ところで、長倉が河辺慈篤と入れ替わりで日正寺へ移ったのは「大御本尊偽
物発言」の「河辺メモ」流出のあとである。

 当時、河辺の左遷人事と説明されていたが、実際は、河辺は〝栄転〟を喜び、
反対に長倉は「行きたくねえんだ。北海道へ」と凄く荒れていたという。この
件で長倉は「早瀬と河辺にやられた」と悔しがり、二人に対して不快感をあら
わにしていたという。この早瀬とは日如のことである。

河辺は既に他界したが、不快感を抱いていた日如が葬儀の導師では日延の悔
しさは倍加するだけで、救われないのではなかろうか。


 

フェイク 第1584号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月28日(金)22時01分7秒
  (発行=17.07.25)

伸びない折伏成果に焦る日如
勤行・唱題しない法主ら坊主と法華講員
法要でバタバタ倒れた講頭らの醜態

早瀬日如は平成三十三年の「法華講員八十万人体勢構築」が絶望的になった
今、焦った口調で坊主や法華講員に向かって盛んに「唱題して折伏せよ」と叫
んでいる。以前は「折伏しろ」の一辺倒だったが、最近では「絶対的な確信を
もって唱題に励み、その功徳と歓喜をもって折伏に当たることが肝要でありま
す」(七月度広布唱題会)等と同じような言葉を繰り返している。

先月は折伏成果が低迷している末寺の坊主を大石寺に集めて折伏推進指導会
を行なって檄を飛ばした。

その後も僧俗指導会を開いて折伏の進捗状況について厳しく追及しても各末
寺の成果は一向に伸びない。

布教部長の阿部信彰は春季総登山の際、今年の誓願目標を八月迄に、遅くと
も十月までには達成せよ、と強調したが、これも空念仏に終わることが確実だ。

〝法華講は七百年の歴史がある〟と自慢するが、その間、折伏など実践した
経験がないので、突然、八十万人構築とか言っても無理な話である。

そこで日如は己が大願寺時代から勤行・唱題をサボっていたのを棚に上げて
坊主や講員に「唱題して折伏せよ」と言い出したのだ。

だが、昔から法華講員の中で勤行・唱題する者は皆無に等しく、日蓮正宗の
坊主の間にも〝題目を上げるのは学会員だ〟という考えが定着していた。

 法華講の幹部が勤行・唱題などしていなかった実例を一つ紹介する。

昭和四十七年二月、大石寺の近くにある妙蓮寺に創価学会の池田会長(当時)
が願主となって四宿坊(蓮一坊、蓮二坊、蓮三坊、蓮四坊)が新築された。

落慶法要では日達法主の導師で読経・唱題した後、法主と会長が席を移動し
た。

続いて参列者が立ち上がろうとした時、最前列にいた法華講の講頭、総代な
ど幹部クラスの壮年が一斉にバタバタと倒れこんだ。

慣れてない勤行・唱題で足が痺れる

皆、足が痺れて立ち上がれなかったのである。互いに照れ笑いをしながら「
参ったなあ、足が痺れて立てない」「いつも勤行・唱題なんかしてないからな
あ」と言って足をさすっていた。

参加していた学会員は、当然ながらスッと立ち上がり、法華講幹部の醜態を
唖然とした表情で見ていた。

日々の勤行・唱題は信仰者として当たり前と思っている学会員と違って法華
講は幹部クラスも実践していないことが分かる出来事だった。

第一次宗門事件の頃、大石寺の六壺で所化が唱題していると、先輩から〝学
会員みたいなことをするな〟と怒鳴られ、いつも唱題する所化を指して「あい
つは怪しい〝学会寄り〟ではないか」とか「唱題している奴に気をつけろ」な
どと言われたという。

六壺で唱題している所化がいると聞いた日顕は、所化の指導会で唱題につい
て、こう指導した。「三十分ぐらい真剣に行うことは、よいと思うのでありま
す。しかし、それ以上は多すぎる事になってもかえって弊害があります」(昭
和五十九年八月行学講習会)

この日顕がニセ法主の座にいた間、夜の勤行をしたのは一度だけだった。


 

フェイク 第1583号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 7月20日(木)23時42分59秒
  (発行=17.07.20)

大聖人の御精神と無縁の大石寺
日蓮正宗が少年少女の合宿の参加を煽る
「八十万構築」に子ども達まで巻き込む

日蓮正宗は今月二十九・三十日に「中等部・高等部合宿」、八月五・六日に
「少年部合宿」を大石寺で行うが、各末寺では参加者の確保に苦労している。
そこで法華講機関誌「大白法」では「広布に羽ばたく人材になろう 中等部・
高等部合宿へ 総本山に集おう」(五月十六日付)をはじめ合宿に関する体験
談募集などの記事を載せ、更に「少年部合宿に参加しよう 元気いっぱい総本
山へ」(六月一日付)「少年部合宿の参加に当たって」(六月十六日付)や「
少年部合宿近づく」(七月一・十六日付)などの記事を掲載して子ども達の登
山を煽っている。

法華講には若者が少なく、青年部講習会にも年配者の参加が目立っていたの
で青年部を対象にした講習会は廃止になったが、中等・高等部員、少年部員も
少ない。

現時点でも未だ目標に達していないためギリギリまで登山申し込みの受付を
続け、七月十六日付「大白法」にも「法華講連合会では、一人でも多くの少年
部員が参加できるよう、追加申し込みを受け付けています」と書いている始末
だ。

中等部・高等部、少年部合宿の狙いは、大人だけでは平成三十三年の「法華
講員八十万人体勢構築」という無謀な誓願の達成が不可能なことが確実なので
子ども達まで駆り出して折伏させようとしているのである。

事実、これまでの少年部、中等・高等部の合宿では、代表の子どもに折伏の
体験発表をさせ、法華講幹部だけではなく、日如自らが中・高等部員に対して
折伏、勧誘を押し付けていた。
中学・高校生は本来、勉学に励み、スポーツで心身を鍛錬する年代である。

それを大石寺に集めて布教の一翼を担わせ、しかも小学生までも召集すると
は、浅井昭衛に洗脳されて勧誘に狂奔する邪教・顕正会と同様の悪質な教団だ。

子ども達を大石寺に集めるのに「四條金吾殿御返事」などを引いて罪障消滅
を謳っている。日蓮大聖人が身延への参詣を促された御文を大石寺に登山する
よう狡猾にスリ替えているのだ。

大石寺への登山は弊害

大聖人の滅後に創建された大石寺への登山は当然、御書には一切、述べられ
ていない。こう指摘すると、宗門関係者は身延離山の話を持ち出す。身延は大
聖人が晩年の約八年間を過ごされたが、民部日向や地頭の波木井日円の謗法に
よって汚濁した。大聖人は「地頭の不法ならん時は我も住むまじき」と日興上
人に御遺言されていた。

つまり、大聖人は〝謗法の山には、我が魂は住まない〟と宣言されていた。
この大聖人の御指南に従って、日興上人は身延を離山され、南条家の外護によ
って大石寺を創建された。

ところが、今の大石寺は身延よりも謗法にまみれている。「地頭」どころか、
相承なき悩乱したニセ法主が〝法主本仏論〟〝大聖人は迹、今の法主が本〟等
と唱えるなど大聖人の御精神は微塵もない。

今なら、大聖人は「法主の不法ならん時は我も住むまじき」と宣言されたに
違いない。こんな謗法の大石寺に、小・中学生、高校生を登山させるのは、子
ども達の将来のためにも弊害があると断言する。


 

フェイク 第1582号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 6月 9日(金)23時29分32秒
  (発行=17.06.08)

法華講の富士地方部長が謗法同座
謗法幹部の清功が「信長公供養祭」に参列
西山本門寺の僧の導師で勤行し焼香

日蓮正宗法華講の富士地方部長の清功(写真上)が六日、富士宮市・西山本門
寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列していた。

信長は天正十年(一五八二年)六月二日、京都本能寺に宿泊していた時、家
臣の明智光秀の謀反によって襲撃され、非業の死を遂げた。

ところが、信長の遺体は見つからなかった。そのため、密かに脱出し別の場
所で自害したという説や、信長を慕う僧と配下によって人知れず埋葬されたと
いう説などが後世に流布した。

また、事件当時も信長の生存説が流れ、光秀と対立する羽柴秀吉は、この噂
を利用して、味方を増やそうとしたと言われている。

西山本門寺の境内にある樹齢約五百年の柊の根元には信長の首が埋葬されて
いるとの伝説があり、「信長公首塚」(写真中)が築かれている。

供養祭を主催したのは信長公奉賛会で、同会は「織田信長公を供養し、会員
相互の親睦を図る」ことを目的に、平成二十三年に設立された。

供養祭は西山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶
達が経を上げ、法華講の富士地方部長の清功も同座して合掌(写真下)、焼香し
た。

清功は浅間神社参拝の常連で、曽我神社の総代を兼務する大石寺総代の井出
某と共に〝日蓮正宗の二大謗法幹部〟と言われている。

法華講幹部の謗法を
教導できない日如

平成二十四年九月七日、富士山本宮浅間大社の拝殿で中村徳彦宮司を祭司と
して富士山の夏山シーズンの終わりを告げる閉山祭が行なわれ、清功も大社役
員、氏子衆や崇敬者などと共に参列。お祓いの後、神職が約二ヶ月間にわたる
開山の終了を報告する祝詞をあげ、清功は参列者を代表して玉串を奉納した。

翌二十五年七月一日には「富士山お山開き」で富士山本宮浅間大社と富士根
本宮村山浅間神社で登山の無事・安全を祈願する神事が行なわれた時も清功は
参加していた。

こんな清功の謗法同座の行為に対しても法主の日如は知らん顔を決め込み、
教導できないのである。


 

フェイク 第1581号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月25日(木)21時15分35秒
  (発行=17.05.24)

日如ら坊主の講義は今年も不評
大石寺で実りのない夏期講習会が始まる
空理空論の講義に参加者は「馬耳東風」

日蓮正宗の第十四回法華講夏期講習会が二十・二十一日に大石寺で始まった。

今年のテーマは「折伏育成のために―自行化他の実践で誓願達成―」。宗内
情報によると、このテーマは早瀬日如が独断で決めたということだ。折伏・育
成が低迷しているため業を煮やした日如が顕正会のように法華講員を信者獲得
に狂奔させるのが狙いなのである。

各末寺には夏期講習会参加の人数が割り当てられていたが、宗門関係者によ
ると、今年も割当人数に満たない末寺支部が幾つもあるという。

特に、最近は年間を通して支部登山などノルマが増えているのに加え、法華
講員の高齢化が進んでいるため、夏期講習会の参加者も減少の一途をたどって
いるのが現状だ。

そのため第七回講習会からは以前の十期から半分の五期に縮小した。

 また、従来は第五期の講習会は青年部を対象にしたものであったが、青年部
の講習会に若者ではなく、年配の参加者が目立っていた。若い講員は殆どいな
いし、講習会に若者が集まらないので昨年から青年部講習会は廃止になった。

講義内容はマンネリで、第一期初日の二十日の一時限目が「法華講員八十万
人体勢構築への折伏戦と組織作り」、二時限目は「法華講員の心得」、三時限
目は「広布の人材育成の推進」というものである。

三人の担当講師は、いずれも折伏の実践経験のない坊主で、観念論を振りか
ざして折伏の檄を飛ばして、入信した者を登山や御講に参加する信者にしてい
くよう訴える〝十年一日〟の如きもので不評だった。

担当講師の坊主は自らが折伏をした経験が全くないので、自分の折伏体験な
どを披露できない。

日如にしても、折伏はできないし、立派な信徒を育てた実績もない。そのた
め、かつて大願寺に在勤した経験のある改革同盟の渡辺雄範氏は日如を「言行
不一致の悪僧」と指弾していた。

この日如に限らず担当講師の坊主は口先だけの空理空論ばかりだから、参加
者は聞き流しているといった感じで、講義の時、殆んどの受講者は終始、無関
心の表情をしていた。

 法華講の講習会は以前、未活動者も参加対象にして、強制的に連れ出してい
た。

ところが、講義会場で居眠りする者、会場を抜け出して山内を勝手に散策、
またタバコを吸いながら雑談する者なども多かった。

そこで参加対象を絞って講頭、副講頭、認証幹事、支部役員及び活動家を対
象にする今のように変更したのだが、相変わらず実りのない講習会になってい
る。


 

フェイク 第1580号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月13日(土)10時33分35秒
  (発行=17.05.11)

「妙の字は若い女の乱れ髪」?
日顕の低劣・下品な妄説、珍説、愚説を笑う
今月から始まる夏期講習会に参加する価値なし

 日蓮正宗大石寺での法華講夏期講習会が今月二十・二十一日の第一期から始
まる。この講習会で思い出すのはニセ法主元祖・日顕の低劣で下品な珍説法で
ある。

 今の日如の講義は教学部副部長・宮野審道や寂日坊の永栄義親(教学研鑽所)
らが書いた原稿を棒読みするだけだから、法主の講義といっても有り難がって
拝聴する者は少なく、受講者は「聴いても何の役にも立たない」(壮年)と不評
なのだが、日顕は卑猥な話とか怪談が定番になっていた。

 日顕は受講者から笑いを取ろうとしていたのだが、講義の最中、イヤらしい
笑いを浮かべていたのは日顕一人だけで、エロ説法の際、男性講員はムッと怒
った表情で聞き、女性講員は赤面して下を向く者が多かった。

 そんな日顕の説法の一部を紹介する。

 「釈尊が成道する前に、も~、非常に女人が出てきましてね。あらゆる女人
が裸で、ウフッ(日顕はイヤらしく笑う)出てきて~、スッ裸になったり~、裸
体を晒すんです。ウフッ、それで所謂、情欲を仏様の~、ズヒ~(日顕が息を
吸う)、まあ~……」(平成十六年)

 こんな調子で話をしていた。特に「若い女の乱れ髪」は本紙が以前、紹介し
たので有名になったが、ここで改めて振り返る。

 日顕は一念三千について説明した際、妙法蓮華経の妙について「この『妙』
ということはね、『妙の字は若い女の乱れ髪』という詩を知っていますか?
若い女の乱れ髪、結う(言う)に結われず、解く(説く)に解かれず。あの乱れた
髪がね、だから結うことも出来ない、解くことも出来ない。それが若い女の髪
が乱れた時のねえ、ウフッ、まあ、要するに、それが『妙』であります」(平
成九年)

 若い女の乱れ髪とか男女の愛欲について得々と語っていたが、これが法主の
夏期講習会での講義だったから驚き、呆れるではないか。日顕が悩乱している
のが、良く分かる話である。

日顕はエロ説法と怪談

 他にも日顕のエロ説法は多いが、本紙の品位が汚れるので割愛するが、幽霊
の話など怪談も多くあった。

 「通力のある人は『ここに何かいるな、アッこれは鬼だな』とか、あの『幽
霊だ』『これは前に男に捨てられて、子ども産んで子どもと一緒に死んだ人の
霊が、ここにいるな』とか、通力のある人には、よく分かるんです」(平成九
年)

 こんな話を聞くと、日顕自身が若い頃に騙した女性の怨念を感じているので
はないかと勘繰りたくもなる。

 これは行学講習会での話だが「幽霊はいると思う。ワシが本行寺の住職をし
ていたとき、(ある信徒が)『息子に幽霊が馬乗りになっている』というのを
聞いたことがある」(昭和六十三年)等の幽霊の話ばかりか、教師講習会の閉
講式では「やっぱり霊能者っていうのがいるんです」「(霊能が)事実、当た
ってんです」(平成十七年八月)と霊能者や他宗教の「拝み屋」を肯定するな
ど、日顕の怪談や珍説は枚挙に暇がない。

 以上、簡単に記した通り、日顕はエロ話とか怪談だったが、今の日如は平坊
主が書いた原稿の棒読みで、こんな夏期講習会に参加しても時間と費用の無駄
である。


 

フェイク 第1579号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 5月 2日(火)22時50分29秒
  (発行=17.05.01)

宗史の美化が日蓮正宗の常套手段
園田司道の虫払いでの布教講演を糺す
五重塔の重要文化財指定は学会の外護による

日蓮正宗大石寺での虫払い法要(四月六日)の際、本修寺(東京都足立区)の園
田司道が欺瞞の布教講演をしていたので、前号の合原歓道に続いて糺すことに
する。園田は「折伏と育成で広布へ前進」と題する講演で、前半は五重塔の建
立から今年一月の修復完成までの経緯を語り「昭和四十一年、国の重要文化財
に指定された」と述べていた。

この五重塔に関しては本紙1570号でも詳述したが、かつて五重塔は朽ち
かけていて、それを修復したのが創価学会であり、この学会の外護による修復
の結果、国の重要文化財に指定された事実を園田は一切、触れずに隠していた。
園田の話は狡猾な宗門の体質を如実に物語っている。

宗門にとって、都合の悪いことは素知らぬ顔で伏せて宗門史を美化するのが、
日蓮正宗の汚い手口であり、最近では「富士年表」も改竄して、学会が全国に
末寺を建立寄進した事実を隠し、宗門が建立したかのように書き直している。
三百五十六ケ寺の建立の全てを改竄しているのだ。

本号では園田が隠している五重塔の修復について、改めて述べる。

明治の頃、五重塔の銅瓦を売却し、その代金を着服して贅沢三昧に耽り、自
宅を豪邸に造り替えた悪僧がいた。この頃の法主は第五十五世の日布で、この
日布について第五十九世・日亨上人は「おだやかな人でね。ほとんど生きてい
るか、死んでいるか分からんような穏健な人」と語っていた。

こんな無能法主を騙して悪事を働いた坊主について日亨上人は次のように語
っていたので、少し長くなるが紹介する。

「その頃、久成坊に長谷川という現代向きの世才家があってね。すっかり、
人の良い日布上人をごまかしてしまった。自分の家などはね、文化式というか、
ほとんど旅館同然にこしらえたんですよ。中に廊下をはさんでね、南北にずっ
と客室をこしらえて。便所なんかでも立派なもんでしたよ。そんなことには才
があった。

ところが、ひどいことには五重塔の銅(あか)瓦をごまかして儲けたわけです。

この頃、トタンという珍しいカネができましたから、そのカネでもって作る
というと、萬代むきで、銅(あか)がねのように錆びはしませんから、トタンに
五重塔をふきかえた方がいいです、なんて貫主さんに言った。

貫主さんは何にも知らん人で、そうか、そんなものができたのか、じゃ、よ
ろしく頼むなどと言って銅を高く賣っちゃって、トタンぶきにしてしまった。

そういうバカなことをやっている。そして、それを塗ればよいのに塗らない
でおいたでしょう。そのトタンが錆びて、そこから漏るようになってしまって、
それで仕様がなくて、日應上人時代にですね、そのトタンをはいで、瓦にして
しまった。それが充分でないから先年、學會の厄介になって修理した」(「大
白蓮華」昭和三十一年十二月号)

トタン屋根や朽ちかけた五重塔であれば重要文化財には指定されていない。

この他、布教講演で園田は慈悲の心、柔和忍辱について語っていたが、これ
は法華講員にではなく、住職を自殺に追い込み、隠居させ、左遷する無慈悲な
日如に向かって言うことだ。


 

フェイク 第1578号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月27日(木)23時45分7秒
  (発行=17.04.27)

「残してならない法主本仏の邪義」
合原歓道の虫払いでの布教講演を粉砕す
僧侶主導の広布の基盤は軟弱で崩壊へ

日蓮正宗大石寺での虫払い法要(四月六日)の際、法勝寺(埼玉県・大宮区)の
合原歓道が布教講演をした。「甘露をもって灌(そそ)がるるが如し」と題した
講演は、薄っぺらな内容で日如の話や御書、六巻抄、法華経等の引用文を継ぎ
足して折伏を煽るものだった。

合原は全国布教師になっているが、奈良県の仏覚寺にいた時も、今の法勝寺
に異動してからも説法は頓珍漢の雑談に終始し、法華講員の間で嘲笑の的にな
ったり、怒りを買うこともある。

特に、合原はマンガが好きなようで、平成二十一年二月、所沢・能安寺での
埼玉布教区広布推進会に地域担当員として参加した時は、定額給付金の給付が
決まったこともあって「埼玉の春日部にはクレヨンしんちゃんの家族がいる。
クレヨンしんちゃんの家族には定額給付金は幾らおりるのかなあ?」「皆さん、
定額給付金の一万二千円は全額、大石寺への登山会に使おう」と僅かな定額給
付金まで搾り取る話をしたので法華講員が怒って本紙に通報してきたことがあ
った。

学会は正、宗門は邪

布教講演で合原は「創価学会が破門されてより四半世紀、僧侶主導・法華講
主体の広布の磐石なる基盤構築は急務であります」と、基盤が軟弱である旨、
吐露していた。

折伏は停滞して、登山者も御講参加者も減少の一途を辿っており、軟弱な基
盤は崩壊しているのが現状だ。

また、合原は「寂日房御書」の「かゝる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふ
かしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」を引いて「法華講衆に『
折伏せよ』と仰せくだされております」と述べていた。

合原は誤魔化しているが、大聖人は法華講員だけではなく、坊主も折伏せよ、
と言われているのだ。

更に、合原は後世に残すものと、絶対に残してはならないものがあると前置
きして「残してならないものは創価学会、顕正会等の邪義・邪宗です」と学会
を顕正会と同列に論じている。

顕正会の邪見は残る筈もないが、絶対に残してはならないのは日顕と信彰が
推奨した「法主は現代の大聖人様」「現法主が『本』で御本仏日蓮大聖人は『
迹』」との「法主本仏論」、及び坊主の信徒蔑視、謗法容認、御書否定、遊蕩
癖、供養強奪の悪しき体質である。

「道理証文よりも現証にはすぎず」である。日蓮大聖人直結、御書根本で進
む創価学会と、その学会を破門して法主への「信伏随従」を強いる邪宗門。ど
ちらが「正」で、どちらが「邪」か、現証を見れば一目瞭然であろう。

この広宣流布を堅実に進める「和合僧」の学会を破門したニセ法主元祖・日
顕が第六天の魔王であることは言うまでもないが、ニセ法主二世・日如も日顕
と同じく無慈悲で冷酷だと宗内から非難の声がある。

それは先月、自殺した日成寺(埼玉県朝霞市)の安孫子信洋の通夜にも葬儀に
も日如が姿を見せなかった件である(本紙前号で詳報)。

二月二十七・二十八日には妙相寺(長野市)の住職・落合尊福の女房の通夜と
葬儀で導師を勤めた日如が、安孫子の葬儀には来ない。非難されて当然の悪僧
だ。


 

フェイク 第1577号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月13日(木)17時18分50秒
  (発行=17.04.13)

日成寺の住職が首吊り自殺!
無謀なノルマと人間関係に悩んだ安孫子信洋
冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者

日蓮正宗・日成寺(埼玉県朝霞市)住職で権大僧都の安孫子信洋(写真)が三月
二十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だ
った。

身内の嘆き悲しみは察するに余りあるが、知らせを受けた早瀬日如は顔色を
変えて「えっ」と言った後、暫くの間、言葉を失っていたということである。

 自殺の原因は、残された遺書によると、日如が打ち出した過酷な折伏ノルマ
の進捗状況を苦にしており、そのうえ、寺の法華講員との人間関係にも悩んで
いたことがうかがえた。

 日如が絶句したのも無理は無い。安孫子は昨年十一月二十四日、佐々木正演
の後任として同寺の第二代住職に就任したばかりだった。 安孫子は就任の挨
拶で「宗開両祖の御聖訓を心肝に染め、大法広布、寺運興隆、寺檀和合に精進
し、以て仏祖三宝の御恩徳を報じ奉り、御法主日如上人猊下、御師範日顕上人
猊下の御慈悲にお応え申し上げる覚悟でございます」と述べていた。

それから僅か四ケ月後に、このような悲劇が起こるとは誰も予想できなかった。

 故人を良く知る人達は異口同音に「真面目な人でした」と言う。日蓮正宗の
僧の中では珍しく正直で誠実な人柄だった。

それだけに宗務院布教部の度を過ぎた厳しい締め付けに耐えられず、自ら命
を絶ったと思われる。実に痛ましいことである。

 日蓮正宗の僧の中には、詐欺まがいの折伏を成果として数え、或いは帳尻合
わせの成果で誤魔化すような狡猾な住職もいる。

そんな悪辣な坊主と違って、正直な安孫子を日如や布教部長の阿部信彰らは
自殺するまで追い込んだ結果の悲劇であり、冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠
牲者といえる。

葬儀の導師を断った
日如に「冷酷だ」の声

 本来なら住職の死は速やかに「宗務広報」などで宗内に知らされ、日如が大
導師を勤めるのだが、安孫子の場合、直ぐには徹底されなかった。

しかも、日如は通夜にも告別式にも姿を見せず、埼玉布教区が主体になって
二十七日に通夜、二十八日に葬儀が佐藤日栄の導師で行なわれた。その日如の
仕打ちに「余りにも冷酷すぎる」と関係者は嘆いていた。

 安孫子は昭和四十六年二月生まれ、同五十八年に得度。信善寺やブラジルの
正法寺住職を経て昨年十一月に日成寺の住職になった。

 毎年、信徒の一割増という乱暴なノルマに苦しみ、悩んだ末に還俗し、或い
は隠居した者もいる。ストレスが溜まって性犯罪に走った住職もいたし、法敬
院(対馬市)の長野良宏のように親元に逃げ帰った者もいる。そして遂に、住職
の自殺という最悪の事態を招いた。

過去には火災で焼死した法主(日恭)、地震で倒れた石塔の下敷きになって死
んだ学頭(久遠院日謄)、自業自得の罪で自ら命を絶った住職などはいた。だが、
無謀なノルマを苦に前途ある住職が自殺するとは、日蓮正宗の末期的症状を象
徴する出来事といえよう。


 

フェイク 第1576号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 8日(土)22時23分39秒
  (発行=17.04.08)

御宝蔵の中は虫の死骸などが散乱
大雨注意報のなか、大石寺で「虫払い」法要
湿度九十%の日に「湿気を払う」とは滑稽だ

日蓮正宗大石寺では四月六・七日の両日、恒例の虫払い法要を行なった。初
日の午前中は春の陽気だったが、法要の初めの行事である午後一時半からの御
開扉が近づくと時折、雨が降り始め、夜の早瀬日如の御書講が始まる頃には本
降りになり、気温も急に下がった。

 二日目は「大雨注意報」が出て、早朝から昼過ぎまで断続的に雨が降り続き、
午前七時からの御影堂での御開山御講の時間も雨。同九時から客殿で始まった
霊宝虫払い、御真翰巻き返しの時間帯も雨で、本山内が霞んできて、今回も諸
天の加護が全くないことがうかがえた。湿度は九十~九十三%だった。

 この虫払い法要について宗門側は「重要な宝物を後世に永く伝えていくため、
年に一度、湿気を払い、お風入れをして害虫を除くなど保存に必要な手入れ」
をする行事だと説明している。

 だが、雨で湿度が九十~九十三%という日に「湿気を払う」とは実に面白い。
参加した法華講員は「本当に『宝物を後世に永く伝えていくため』であるなら、
少なくても月に一度くらいは『お風入れ』をした方が良いのでは……」と呟い
ていた。

確かに、重宝類の手入れが目的ならば、全国から信者をムリに集めてやらな
くても、大石寺の大坊に百人ほどもゴロゴロしている無任所坊主に定期的に手
入れをさせた方が良い。

 そうしないのは虫払いを秋のお会式と合わせて二大行事と銘打ち、信徒を集
めて御開扉料や御供養の金が欲しいからである。

 また、宗門は「本弟子六人のうち日昭などの五人は大聖人が仮名文字で書か
れた手紙を残しておくことは恥、と言って大事にしなかった」と非難している。

しかし、改革僧は「今の宗門も五老僧と同じで重宝類を大事にしていない。
その証拠に御宝蔵の管理は極めて杜撰だ」と指摘する。

御宝蔵の掃除は年に一度、虫払い法要の前だけで、以前、御宝蔵の清掃をし
た改革同盟の山口雄在氏は「虫の死骸が散乱し、汚れがひどくて拭き掃除をし
た雑巾を洗ったバケツの水が泥水のように真っ黒になった」と述懐。同じく植
松雄増氏は「御厨子の中や御本尊にもクモの巣がはり、お供えしてあった鏡餅
がカビだらけだった」と語る。

大石寺が虫払い法要を始めた時期は不明だが、古い資料としては元亀四年(一
五七三年)の「霊宝虫払日記」がある。また天明元年(一七八一年)の記録には
「虫払いは三歳に壱度也」と記されており、三年毎に行なわれていたようだ。
正式行事になったのは江戸末期の四十八世日量の頃で、明治以降、四月六・七
日に行なわれるようになった。

法要に日顕は欠席

 この法要では隠居した日顕の姿を見ることはなかった。元気なら参加する筈
だが、体調が悪いようだ。


 

フェイク 第1575号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 6日(木)10時58分56秒
  (発行=17.04.04)

日蓮正宗に折伏できる坊主は皆無
大石寺の春季登山での講頭会、総会を嗤う
「僧侶主導」は絵空事、責任を信徒に押付け

日蓮正宗は法華講春季総登山の初日の三月二十五日、大書院で講頭会を行い、
全国の支部講頭に対して平成三十三年の「法華講員八十万人体勢構築」を達成
するため全支部が折伏に全力で取り組むよう訴えていた。

なかでも、布教部長の阿部信彰は「(折伏は)我らの一生成仏にとって欠くべ
からざる、最も大事な仏道修行であります」との日如の話を引用し、今年の誓
願目標を八月までに、遅くとも十月までには達成せよ、と強調していた。

「一生成仏にとって欠くべからざる最も大事な仏道修行」と言いながら、日
如も信彰も折伏の檄を飛ばすだけで実践していない。戸田二代会長は「坊主自
身は成仏できると思っているのか?」と喝破したが、坊主は成仏できないこと
を自覚して諦めているのだろう。

日如が新宿区の大願寺にいた頃の話として「学会は折伏、折伏と言っている
が、あんなの寺に連れて来て、御授戒を受けさせるだけだから簡単だろ」と言
っていた。これは当時、同寺に在勤していた渡辺雄範氏(改革同盟)の証言であ
る。

折伏の体験のない日如は、寺に連れて行くまでの紹介者の真剣な祈り、心遣
いや苦労など想像できないのだ。

また、日如は講頭会で昨年の折伏について「残念ながら全支部が達成とはな
らなかった」と苦言を呈し、勝利の秘訣は「唱題」「団結」だと訴えていた。

これに関しても渡辺雄範氏は、日如が勤行・唱題嫌いだと実例を挙げて「(日
如は)信仰の基本である勤行を平気でさぼる」と指摘して「夕方、来客がある
と、午後六時からの寺の勤行もせず、客と一緒に外食に出掛ける」と厳しく指
弾。日如は反論不能だ。朝、勤行するのを見たことがない、との声もある。

こんな日如が「唱題」を訴えても虚しいばかりで、講頭達の胸には響かない。

八十万達成は不可能

更に、日如は講頭に「言い訳をするな」「愚痴を言うな」と釘を刺し、法華
講員八十万人体勢構築へ向かっている今、講頭の信心のいかんが問われる、と
力説していた。

宗門は「僧侶主導の広宣流布」を標榜しながら責任を講頭に押し付ける。「
信徒主導」に転換すべきだ。

現在の宗門は坊主が法華講員に向かって檄を飛ばし、講員に折伏させる仕組
みだ。

その法華講員には功徳の体験がないから信心の確信ある折伏は出来ない。

そして坊主は未入信の人との接点がなく、接点をもとうともしない。仮に、
接点があったとしても外部の人を折伏できるような力ある坊主は、現在の宗門
には皆無である。

日蓮大聖人、日興上人が率先して折伏の最前線で戦われたのとは正反対であ
る。

こんな状態では八十万人体勢構築は平成三十三年とどころか、何百年経って
も不可能だと断定する。

法華講が未入信の人達を折伏できないから、総登山二日目の二十六日の総会
では連合会副委員長の篠田泰夫、委員長の星野浩一郎が学会員の折伏を煽って
いた。

だが、講員は学会員を折伏できないばかりか、苦しいノルマ信仰が嫌になっ
て、今後ますます脱講する講員が増えるに違いない。


 

フェイク 第1574号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 4月 3日(月)22時25分51秒
  (発行=17.04.02)

厚田墓園は道内随一の桜の名所
総合情報誌「HO(ほ)」5月号で特集し紹介
戸田・池田先生の師弟愛と桜守の献身

北海道の旬な情報を独自の視点で紹介する人気の総合情報誌「HO(ほ)」5
月号で厚田の戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)の桜を特集して紹介し、明るい
話題になっている。

かつて、札幌から北ではソメイヨシノは育たないと言われていた。だが、今
では厚田の戸田記念墓地公園が道内屈指のソメイヨシノなど桜の名所になって
いる。

その陰には一人の桜守の懸命な努力と忍耐があったことを同誌は紹介したあ
と「毎年十五万人もの見物客が押し寄せ、その数は年々増え続けている」と説
明。「一人の桜守」である故・佐々木忠さんによって東京ドーム三十四個分に
相当する広大な桜の園になった経緯を感動的に記している。

 そして同園の全景、桜並木、桜のトンネルなど豊富な写真に加えて、在りし
日の佐々木忠さんが作業している写真も載せている。

更に、同誌は戸田先生と池田先生の師弟の絆について記述。ソメイヨシノを
愛した戸田先生の故郷である厚田の地を桜花で荘厳したいと願った後継の池田
先生の熱い一念に触れ「(池田第三代会長が)戸田氏の功績を顕彰する思いを込めて、
ソメイヨシノが咲き誇る施設にしたいと計画し、完成させた」と麗しい師弟の絆の
一端を述べて二人の写真を掲載している。

 この戸田墓地公園の桜は平成二十一年、旅行雑誌・北海道ウォーカーGW号
に「北海道の絶景桜30」の「絶景スポット第一位」に輝いたと紹介され、ま
た、昨年五月二十八日には「北の大地 さくら物語」と題してテレビ(BS)で
全国に放送されて多大な反響を呼んだことは記憶に新しい。

 特に、池田先生は随筆やスピーチ等を通して、昭和五十二年の開園当初から
桜の植栽に携わってきた〝名桜守〟の佐々木忠さんの苦労を称賛。「佐々木さ
んは、わが子に対するかのように、一本一本の桜に『元気か』『頑張れ』と祈
り、語りかけながら,丹精してこられた。まさに、学会伝統の個人指導と同じ
である。

その献身的な努力によって、不可能と思われた北限の地に、あの桜花の園林
ができあがったのである」(平成十二年五月三十日付の随筆「新・人間革命」)
と讃嘆した。

同園では毎年、恒例の「観桜の集い」を開催している。その集いには北海道
の各界を代表する著名人、地域の名士をはじめ約千五百人が集って楽しい賑わ
いを見せている。

一方、佐々木さんが丹精込めた大石寺の数万本の桜は極悪坊主・日顕の指示
で伐採され、ほとんど使われることのない駐車場になっている。

厚田の戸田記念墓地公園では五月初旬には約八千本の桜の満開の季節を迎え
る。今年も多くの人が道内随一の桜の園を訪れ、爛漫と咲き誇る桜花を堪能す
ることだろう。


 

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