teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(1)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


フェイク 第1651号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 8月 5日(月)18時26分41秒
  (発行=2019.08.03)

折伏は低迷、日如の檄にも鈍い反応
悪天候の中、大石寺で中等・高等部の登山
子ども達まで布教活動に駆り出す邪宗門

 日蓮正宗法華講が第八回中等部・高等部の合宿登山を七月二十七・二十八日
の両日、富士宮市内の大石寺で悪天候の中、強行した。

初日の富士宮全域は台風の影響もあって、大雨警報、雷・強風注意報が発令
され、傘も役に立たない程の大雨が降り、土砂災害警戒レベルが3相当になり、
時には曇りで濃霧が立ちこめる異様な雰囲気になっていた。

 こんな最悪の天候だったが、非常識にも中学生と高校生を合わせて約八百人
を登山させた。

 この合宿登山の狙いは、二年後に迫った「法華講員八十万人体勢構築」とい
う目標の達成が不可能になっているため、悪足掻きする邪宗門が、子ども達ま
で駆り出して勧誘させようとしているのである。

事実、これまでの中等・高等部の合宿では、代表の子どもに折伏の体験発表
をさせ、法華講幹部だけではなく日如自身が中・高等部員に対して布教するよ
うに煽り、檄を飛ばしていた。

中学・高校生は本来、勉学に励み、クラブ活動などで心身を鍛錬する年代で
ある。それを大石寺に集めて布教の一翼を担わせるとは、浅井昭衛に洗脳され
て勧誘に狂奔する顕正会と同様の悪質な邪教団である。

 初日の中等部の一時限目は「勤行・唱題で新しい自分を築こう」、二時限目
は「正しい行動で幸せな人生を」、また、高等部は一時限目が「信心を基本に
日々歩もう」、二時限目は「日蓮大聖人様の御法難―四箇度の大難について―」
と題して、それぞれ担当の坊主が講義した。

 二日目の中等部・高等部の大会では布教部長の阿部信彰、法主の早瀬日如ら
が登壇した。

「大白法」八月一日付は日如らの話の内容を掲載していないが、参加した高
校生によると、折伏に関する話があったという。

  中学生、高校生を登山させ、邪義で洗脳して布教を煽るのは子ども達の将来
のためにも弊害があると断言するものである。

  一方、今年の夏期講習会は五月十八・十九日から六月二十九・三十日までの
間、五期にわたって続けていたが、ここでも折伏を強要。特に、日如は「勇気
を持って一歩も退くことなく、勇猛果敢に破邪顕正の折伏を進めていくことが、
最も大事なのであります」等と力説していたが、参加者の反応は鈍かった。更
に「妙法のためには、親も妻子も、そして所領も、その他、何ものも惜しんで
はならない。ゆめゆめ、それらのものに心を引かれて、臆病、未練な振る舞い
があってはならない」と訴えていた。

  妻子や所領を顧みるなと言うが、日如自身は息子の早瀬道寧を横浜市の応顕
寺住職に栄転させ、また豪邸に住んでいる日顕は、息子の信彰を常在寺に入れ
るなど身内を優遇している。

  そのうえ、日如も日顕も折伏はしていない。口先だけの堕落坊主と言えよう

 
 

フェイク 第1650号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 8月 2日(金)11時48分6秒
  (発行=19.07.29)

「血脈相承は信心の血脈が基」
ご都合主義の日蓮正宗の歪んだ血脈観
日顕の説法も以前は正論、悩乱後は邪義

日蓮正宗の謀略紙「慧妙」と顕正会の「顕正新聞」が最近、激しい批判合戦
を繰り広げており、まさに「目糞鼻糞を笑う」といったところで、世の笑いも
のだ。

この「慧妙」七月一日付が学会にも攻撃の矛先を向けて「御都合主義の学会
の血脈観」と題し、批判記事を掲載している。その中で「慧妙」は「血脈の本
義は信心の血脈にしかない、という学会の血脈観が間違いである」と非難して
「本宗古来から伝えられる血脈の本義が唯授一人の血脈に存することは、論を
持たない」と記し、最後に「この一点を誤ったが故に創価学会の未来は滅亡の
一途である、と断ずるものである」と、的外れなことを書いている。

ところが、日顕は悩乱する以前の昭和六十二年四月、宗門の二大行事の一つ
である霊宝虫払大法会で「慧妙」の記事とは正反対の血脈論を次の通り説いて
いた。

「血脈相承とは、信心の血脈がその基(もとい)をなすのであり、その信心
の血脈によって仏の本地甚深の境智に基づく法体法門の血脈が、一器より一器
へ流れ通うのであります」

「この唯授一人の血脈も、その基本的本質は前来述べる如く信心の血脈に存
します」

「信解抜群にして宗祖二祖の信心の血脈を疑わず、勇猛精進するところ、僧
にあれ、俗にあれ、僧から僧へ、俗から俗へ、さらに広くその信心の血脈を伝
えつつ展転して衆生を利益することが下種仏法の相であります。その一大実証
は、近年、正法の日本ないし世界広布の礎(いしずえ)を開かれた、創価学会に
おける初代、二代、三代等の会長の方々における信心の血脈の伝承であります」

「信心の血脈が正法の僧俗一切の行学の根底であります。故に、大聖人より
日興上人への血脈が貫主一人しか解らぬ独断的、偏見的な仏法などというのは
血脈の真義を解せぬ者の囈言(たわごと)であり、信心の一念に法水が流れる
ところ、有智、無智を問わず、万人のために即身成仏の功徳が実証として開か
れているのであります」(「大白法」昭和六十二年五月号)

血脈断絶の日蓮正宗

このように日顕自らが、〝信心の血脈が仏法の根幹である〟と断言していた。
霊宝虫払大法会での説法と謀略紙の駄文は、一体どちらが正しいかは、言うま
でもなかろう。

この日顕も悩乱してからは〝法主に伝わる血脈相承が根本で信心の血脈は枝
葉にすぎない〟〝法体の血脈が根本で、そこから離れて信心の血脈はない〟〝
相承を受けた以上は生身の釈迦日蓮〟など法義をねじ曲げ、歪んだ血脈観で法
主の絶対化を図ってきた。

悩乱の前と後での日顕の自語相違の説法を見ると、このニセ法主が二枚舌で
あることが分かる。

「慧妙」は「御都合主義の学会の血脈観」と批判しているが、日顕とその一
派のクルクル変わる歪んだ血脈観こそ「御都合主義」と言うべきである。日顕
自身の言葉を借りれば「慧妙」の妄論こそ〝血脈を理解していない者の囈言〟
と言ってよい。

間違った血脈論を唱える日蓮正宗は血脈が断絶した邪教で、滅亡の一途を辿
る。


 

フェイク 第1649

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 7月 5日(金)22時03分23秒
  (発行=19.07.01)

宗史に残る日顕の 「大御本尊偽物」発言
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ⑥
宗門は「恨みの心」で学会批判を繰り返す

日蓮正宗が学会を誹謗中傷する攻撃体質は変わらず、「大白法」では名誉会
長をはじめ学会に対して罵詈雑言を浴びせている。同紙の六月一日付でも「ル
サンチマン」という哲学用語を持ち出して学会が「恨みの心」で宗門を攻撃し
ていると書いていたが、これは逆だ。

相承を詐称して猊座を盗み取った日顕の悩乱によって、日蓮正宗が法主信仰
の〝日顕宗〟に成り下がり、御本尊を脅しの道具に使う邪宗門になった間違い
を、学会は指摘しているのだ。

 それに対し、宗門は学会の勤行の様式や日寛上人の御本尊を批判し、加えて
塔婆と戒名が必要だと泣き言を並べるなど、学会によって破折し尽くされた事
柄を掘り起こしては、負け犬の遠吠えのように繰り返し難癖をつけてくる。

今年の夏期講習会第一期で日如は「口は禍の元」だから怒って乱暴な言葉は
いけない、常に平常な気持ちで、等と述べていた。

だが、かつて日如が早瀬義寛と名乗っていた頃、学会の会則の「三大秘法の
大御本尊を信受し」について、御講の席で「学会が三大秘法の大御本尊を信受
するなんて、破門された学会には許されない。狂っている」と怒り狂っていた。

 それが近年では「『弘安二年の御本尊は受持の対象にはいたしません』とは
暴挙であり、大聖人への反逆行為です」と相反することを感情的に述べて非難
する。「信受する」のは許されない、狂っていると誹謗し、他宗派の大石寺に
あるから「受持の対象としない」というと、今度は反逆行為だ、謗法と言う。
どっちにしても批判するのが邪宗門だ。

ところで、この大御本尊について、平成十一年七月七日付の同盟通信が日顕
と河辺慈篤のやり取りを記した「河辺メモ」(左のコピー参照)をスクープ。日
顕の「大御本尊偽物」発言が露見し、大きな衝撃が走った。

慌てた宗門は七月九日と翌十日、立て続けに「通達」を出し、日顕自身も九
月十八日に「御指南」と称する釈明文を出して事態の鎮静化を図った。これが
火に油を注ぐ結果になり、メモは河辺本人のもので、「偽物」と断定したのは
日顕自身であることが明白になった。

更に、不審を深めたのは「記録ミス」と言わされた河辺が擯斥などの厳しい
処分ではなく、札幌の日正寺から新宿の大願寺に栄転になったことだ。

宗門の根幹は大御本尊と唯授一人の血脈法水と言う。だが、血脈詐称の〝根
幹〟が、もう一つの〝根幹〟を否定した。日顕の「大御本尊偽物」発言は、日
蓮正宗が続く間、宗史に残る。

 

フェイク 第1648号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 7月 4日(木)17時14分7秒
  (発行=19.06.30)

寛尊御筆の御本尊に絶大な功徳
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ⑤
法盗人の日顕・日如の許可など不要

日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」六月一日付の「異流義破折」欄で劣悪な
学会批判を掲載していた。この中で日寛上人の御本尊を作製したと難癖をつけ
ているが、的外れも甚だしい。

宗門は平成三年十一月二十八日に学会を破門にし、三十日には学会員への御
本尊下付停止を発表した。

そのため栃木県・淨圓寺の成田宣道住職(当時)より同寺所蔵の第二十六世日
寛上人御筆の御本尊を御形木御本尊にして創価学会から会員に授与していただ
きたいとの申し出があった。

これに日蓮正宗改革同盟、青年僧侶改革同盟の全員が賛同。学会は総務会、
参議会、教学部最高会議、県長会議、責任役員会など正式機関の決議を得て授
与するようになった。

 宗門は「法主の許可」が必要と言うが、血脈詐称の法盗人である日顕・日如
の許可など必要ない。

 また、宗門は昔から法主が許可して開眼した御本尊を授与していたかのよう
に誤魔化しているが、学会の出現以前は日蓮正宗に入信する人は殆どいなかっ
た。

だから、御本尊を下付する必要もなかったのである。

時折、入信する人が現れると、各末寺が勝手に御本尊を授与していたが、その
都度、法主が開眼することはなかった。

 例えば、東京の妙光寺が下山日布(五十五世)、法道院が大石日応(五十六
世)、常在寺が阿部日正(五十七世)と、それぞれ有縁の法主の御形木を持っ
ていて、勝手に印刷・表装して授与していたのである。

 また、香川の讃岐本門寺では過去に塔中坊に安置されていた日興上人の御本
尊を御形木にして多くの檀家に下付していた。

 更に、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保三年の御形木御本
尊は池袋の法道院で印刷していた。それを各末寺は本山を経ずに直接、法道院
から受け取っていたのである。

 即ち、学会草創期に流布した享保三年の日寛上人の御形木御本尊は、相貌も
授与書きがない点も、法主による開眼などがなかった点でも、現在の学会授与
の享保五年の日寛上人御書写の御形木御本尊と全く同じで、功徳は絶大である。

こうした事実を知っている日顕は、淨圓寺の成田宣道住職が宗門から離脱し
た時、周囲の者に「しまった、あの寺には日寛上人の御本尊があったな」と呟
いたということだ。

日蓮正宗が御本尊を「商売道具」にして金儲けをしてきた事例の中から主要
な具体例を次に列記する。

◆明治三十七年の日露戦争に際し、時の法主・大石日応は一万体にものぼる「
  戦勝守護の御本尊」と称するものを作成して売りさばいていた。(明治三十
  七年四月発行の宗門機関誌「法乃道」より)

◆日顕の父の第六十世・阿部日開は昭和六年の日蓮大聖人第六百五十遠忌に際
  して「永代尊号付きの賞与大曼茶羅」「大曼茶羅」というように、寄付金の
  多募により御本尊に差別を設けて、御本尊を金儲けに利用した(「御遠忌記
  念事業費寄附金募集及び賞與規定」より)

◆東京・品川の妙光寺では、日蓮大聖人の御真筆の御本尊を「謹写」して御守
  りとして授与、御供養を取っていた(「妙の光」昭和十二年九月一六日付)

 

フェイク 第1647号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 7月 3日(水)21時59分52秒
  (発行=19.06.25)

大石寺が塔婆で一億円の詐欺
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ④
天台宗・延昌の逸話を塔婆の必要性にすり替え

 日蓮正宗が機関紙「大白法」を使っての戒名と塔婆に関する戯言に対して、
死後の戒名が成仏とは無関係で、不要であることは前号で述べた通り。今号で
は塔婆について考察する。

 「日蓮大聖人は門下のために塔婆を書かれたことなど一度もなかった」と指
摘すると、日蓮正宗の僧俗や「大白法」は、次の御文を持ち出すのが常である。

 「去ぬる幼子のむすめ御前の十三年に丈六のそとば(率塔婆)をたてて其の面
に南無妙法蓮華経の七字を顕はして・をはしませば(中略)法華経の題目を顕は
し給へ」、また「此の子そとば(率塔婆)に此の木をつくり父の供養のためにた
(立)ててむけりと見へたり。日蓮も又かくの如くあるべきか」

 だが、この御文は大聖人が塔婆を書いたり、奨励された文証ではない。

 まず、前の御文は、在家の中興入道が娘の十三回忌に「南無妙法蓮華経」の
七字を認めた塔婆を立てたと報告したことに対する大聖人のお返事である。

 当時は、念仏を書いた塔婆が横行していた。だが、中興入道は法華経の題目
を塔婆に認めたと報告したので、その南無妙法蓮華経の七文字を根本にした信
心を大聖人は称賛されているのである。

 決して塔婆の必要性を言われているのではない。

 また、後の御文は平安時代中期の天台宗第十五世・座主の延昌に関する故事
を通して、報恩について述べられたものである。

延昌は子供の頃、怠けていたので父親に槻(つぎ)の木で打たれ、叱咤された。

 その時は憎く思ったが、学問が進んで高僧になると、父親の恩を感じて槻(
つぎ)の木で卒塔婆を作って供養したという逸話である。

 「日蓮も又かくの如くあるべきか」の後の御文は「日蓮仏果をえむに争かせ
うぼう(少輔房)が恩をすつべきや、何に況や法華経の御恩の杖をや、かくの如
く思ひつづけ候へば感涙をさへがたし」と記されている。

 少輔房による殴打は勧持品を身読させてくれたことに他ならず、大聖人が末
法の御本仏であることを証明するものであったので、感涙をおさえられない旨、
述べられているのである。

 さて、学会が登山していた当時、本山では塔婆の申し込みが一日に数千本を
超え、塔婆係の数人の僧は書き切れず、放置していた。

 それについて日顕は平成二年四月、全国宗務支院長会議で驚くべき問題発言
をした。

 「塔婆の申し込みが多くて、本山で書き切れない塔婆が十万本以上も溜まっ
ていた。書くのも目茶苦茶に書いていた。それなら、いっそ印刷にしようとい
うことで、ワシが書いて印刷にすることにしたんだ。その方が綺麗になるしス
ッキリするようになった。それで今までの(十万本以上も溜まっていた)塔婆
は一本だけ大きい塔婆を立てて、ご破算にした」と言い放った。

 日顕の話を聞いた支院長会議の出席者は「ワッハハ」と爆笑。十万本以上の
申し込みに対して、九尺の塔婆一本だけ立て、後は素知らぬ顔を決め込んだの
だ。

 当時の塔婆供養は一本千円だったので一億円相当の詐欺だ。塔婆を強要する
理屈は、日顕の一言で完全に破綻するのである。

 

フェイク 第1646号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 7月 3日(水)01時44分0秒
  (発行=19.06.22)

大聖人の時代に戒名は存在せず
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ③
日蓮正宗は戒名で金儲け狙う葬式仏教

日蓮正宗は「大白法」で戒名と塔婆が成仏に不可欠だと騙し、それを否定す
る学会を口汚く批判している。本紙は、これまでも戒名と塔婆が不要であるこ
とを述べてきたが、改めて「大白法」の戯言を粉砕する。

まず、死後の戒名については日蓮大聖人の時代には存在しなかった。死後の
戒名は江戸時代の寺請制度によって広まったと言われている。江戸幕府の宗教
政策により、庶民は住職にキリシタンでないことを証明してもらう必要があり、
そのため、庶民は住職から仏教の「死後の戒名」をもらうようになって、それ
が普及したと言われている。

この「亡くなった時につける戒名」について、大石寺の第五十九世・日亨上
人は「臨終ニ当リテ俄ニ法号ヲ乞フガ如キ愚挙ナキヲ期スベキナリ」と書き残
されている。

日亨上人は臨終に当たって俄に法号(戒名)を乞うのは愚挙だと指摘されて
いるのだが、「大白法」編集部は、こんな碩学の御指南も知らないのか?

仏教発祥の地のインドにも戒名の習慣はなかった。中国では本名に「字」(
あざな=生前の通称)や「諱」(いみな=死者への贈り名)をつける習慣があ
り、そこから出家者に法名が与えられるようになったが、死後に戒名をつけた
のではない。

日本では仏教伝来の頃から中国と同じく出家名、受戒名が用いられ、奈良・
平安時代には、聖武天皇には「勝満」、藤原道長には「行覚」、平清盛には「
静海」など、上流貴族が受戒すると戒名とか法名が与えられていた。

これは戒を受けて仏門に入った人に付けられる名前で、死後の戒名とは異な
る。

日蓮大聖人は、御両親を正法に導かれて「日蓮」の一字ずつをとり、父に「
妙日」、母に「妙蓮」の法名を授けられたと伝えられているが、御書には「戒
名」の語句はない。

富木常忍の「常忍」、南条時光の「大行」なども生前からのもので死後の戒
名ではない。

金額の多寡で差別

つまり、大聖人御在世当時は出家名のみで、死後の戒名の慣習はなかったの
だ。

死後の戒名は故人の成仏に全く関係ない。生前の信仰こそが大事なのである。

ところが、葬式仏教の宗派では生きている時の名前を「俗名」と呼び、死後
に戒名を付けるよう主張する。

その戒名は宗派によって多少の違いはあるが、男女の性別、年齢などによっ
て付けられる文字が異なる。

男性が信士、居士、院・信士、院・居士、院殿・大居士、女性は信女、院・
大姉、院・清大姉というようなランクがある。

また、未成年の場合は、年齢によって三歳位までは嬰子・嬰女、五歳位まで
は孩子・孩女、十五歳位までは童子・童女がつけられる。

戒名料については以前、あるテレビ番組で取り上げていたが、数万円から五
十万とか百万円と高価なものまであるという。

死後の世界までも金額の多寡によって差別するとは、戒名を金儲けの手段に
する邪教らしい。戒名の必要性を強調する日蓮正宗も例外ではなく、金儲け主
義の葬式仏教と言える。

 

フェイク 第1645号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 7月 1日(月)21時28分54秒
  (発行=19.06.15)

宗門が軍部に同調する御観念文
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ②
御本尊と日興上人にも「南無」を削除

日蓮正宗の御観念文の改変については、昭和十六年八月二十二日に六十二世
の日恭の当時、「御観念文制定ニ関スル件」と題する「院達」(下のコピー参
照)を出した。この「院達」では二座と三座、また四座と五座を併せて各一座
としてよいと書かれており、前号で述べた通り、五座三座の勤行が日蓮正宗の
伝統というのは真っ赤なウソなのである。

 さて「院達」では「御観念文ハ従来種々ノ様式アリタルモ今回別記ノ如ク制
定候條御了知ノ上所属檀信徒ニ徹底普及方御配慮相成度候也」と記されている。

 この「院達」に記されているように御観念文は宗内でもバラバラで種々の様
式があったことが分かる。

それを以下のように改変し、統一したのだった。

初座 天拝
謹ミテ皇祖天照大神 皇宗神武天皇肇国以来御代々ノ鴻恩ヲ謝シ併セテ皇国守
護ノ日月天等ノ諸神ニ法味ヲ捧ゲ奉ル 希クハ哀愍納受ヲ垂レ給ヘ

二座 法宝拝
「現当一切救護 妙法ノ曼荼羅  本門戒壇ノ大御本尊 御報恩謝徳供養ノ御為ニ」

三座 佛宝僧宝拝
「久遠元初 内証本仏 南無日蓮大聖人 大慈大悲・御報恩謝徳 御供養ノ御為ニ
 血脈付法ノ大導師 御開山日興上人 御報恩謝徳御供養ノ御為ニ 第三祖閻浮
ノ御座主・新田卿阿闍梨日目上人 御報恩謝徳御供養ノ御為ニ」

四座 祈念
「奉祈念我等弘法ノ誠意九天ニ達シ一天四海広宣流布 天長地久 官民一致 国
威増輝ノ為ニ  某過去遠々劫現在万々ノ謗法罪障消滅 現当二世大願成就ノ為
ニ」

五座 回向
「日本国中当門信仰ノ面々 内得信仰ノ面々各先祖代々ノ精霊、追善供養菩提
ノ為ニ 某先祖代々ノ精霊 追善供養ノ為ニ  乃至法界平等利益自他倶安同帰寂
光」

注目すべきは、天照大神が御観念文の最初に挙げられ「謹ミテ」という最高
に敬う言葉が冠されている点だ。宗門が軍部権力に迎合し、同調していたこと
を如実に物語る。

これに対して、御本尊にも日蓮大聖人にも「謹ミテ」という言葉は使われて
いない。宗門が、いかに天照大神を崇敬していたかが分かる御観念文である。

そして皇祖、皇宗、肇国などの言葉が並び、その一方で大梵天王、帝釈天王
はインドの神ということで取り除いていた。

また、「帰命」を意味する「南無」の文字は法宝の御本尊にも僧宝の日興上
人にもつけず、削除していた。


 

フェイク 第1644号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 6月30日(日)21時44分58秒
  (発行=19.06.14)

寛尊は「方便・自我偈、題目で良い」
「大白法」の「異流義破折」を粉砕する ①
五座三座の様式は日昇法主の時から

 日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」六月一日付の「異流義破折」欄では「目
を開いて本当の姿を見よう―創価学会」と題し、質の悪い批判記事を掲載して
いる。

 主な悪口は勤行方式と観念文を変えた、塔婆や戒名は不要なものと会員に教
え、御本尊を作製し、会則を変えた等々である。

 まさに、天に唾するとは愚かな「大白法」のことだ。この批判は全て日蓮正
宗に当てはまる。

まず、勤行方式について、学会が世界広布の新時代に即応して制定した「方
便品・自我偈の読誦と唱題」を非難している。勉強不足の「大白法」編集部は
五座三座の勤行が日蓮大聖人以来、宗門七百年の伝統だと勘違いしている。

宗門の勤行は変遷を重ねてきた。大聖人は「此の経を持ち申して後退転なく
十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり(「松野殿御返事」)と記さ
れている。この「十如是」とは方便品の十如是までのことで、松野殿が方便・
自我偈の勤行をしていたと書かれている。

また、宗門資料によると、本山での勤行は一日三回、三座に始まり、四座、
五座と増えて、五座になったのは謗法の十七世日精の時からとの説である。

そして二十六世日寛上人が加賀の信徒・福原式治に与えられた書状の中で「
五座三座」について述べられており、この当時は本山だけで行われていた。

だが「但し仕官の身公用抔(など)の時は乃至題目一遍なりとも右の心向け
に相勤むべし」と明記されている。

日寛上人は信徒に五座三座を強要されてはおらず、方便品と自我偈と題目で
よい、勤めの関係で出来ない場合は題目一遍でもあげるよう教えられている。

日寛上人は勤行の形式を強要するのではなく、あくまでも信心の発露を大事
にされていたことが分かる。

 日顕は「私ども小僧の時には全部、長行を読んだのですよ」「五座全部読ま
れた時と五座だけ読まず初座から四座まで読んだという経験があり、とくに二
座は方便品の長行も読まれてましたですね」等と勤行の変遷を述べていた。

そして「今のような形で勤行をするようになったのは、第六十四世水谷日昇
猊下の時だった」と明言していた。この日顕の話は活字になっているので「大
白法」編集部は、よく調べて読み直せと勧告しておく。

 注目すべきは二座の時だけ寿量品の長行を読んで、他の時には読まなくなっ
た理由について「信徒の増加ということもありますので、全部の皆さんが毎日
できるということが大事になるわけで、その点を考えるようになってきたとい
うことでございましょう」

このように二座の時以外には寿量品の長行を読まないのは「信徒の増加」云
々と明確に述べている。

学会の勤行の制定についても、世界的な「会員の増加」と「時の到来」とい
う点であった。新たな勤行の制定の根底には、世界的に増えた会員が毎日、勤
行が出来るようにとの思いがあったのである。

日蓮正宗は信徒が激減し、その後は一向に増えないから、昔に返って五座全
部、方便・寿量品を長行に復活させてはどうだ。 (つづく)


 

創価大学の一部がロケに

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月25日(土)18時29分49秒
  《山崎豊子「白い巨塔」(1話・2話・5話)のロケ地に創価大学がの一部が》

2019年5月22日(水)~26(日)夜9時 5夜連続放送

テレビ朝日開局60周年記念 5夜連続ドラマスペシャル 山崎豊子「白い巨塔」
の(1話・2話・5話)で、創価大学下記一部がロケ地として使用されています。

撮影場所は、AW3F教室、AW12F、エレベーター、ニューロワール食堂、中央教
育棟B2Fエントランス
詳しくは下記
https://www.soka.ac.jp/news/2019/05/3960/


今回のドラマは、腹腔鏡手術のスペシャリストとして医学界に名を馳せる、浪
速大学医学部第一外科・准教授の財前五郎は、岡田准一が主役で、他に松山ケ
ンイチ、寺尾聰が出演。
(3話以降に医療被害にあった妻として芸術部の岸本加代子さんも熱演してい
ます)


●見逃された方
昨夜までの1話から3話がテレビ朝日で無料配信されています。
https://cu.tv-asahi.co.jp/program/1533?official=1

●今晩4話の予告編(テレビ朝日)
https://www.tv-asahi.co.jp/shiroikyotou/story/0004/

   ―――――・・・―――――

『白い巨塔』は、大阪の大学病院を舞台に、医療ドラマの枠を超えて人間の本
性に迫った作品で、作家・山崎豊子の長編小説1965、69年に新潮社より刊行さ
れ山崎豊子作品の中でも“最高傑作”と呼び声高く、発行部数はシリーズ累計
600万部を突破し、刊行から50年経った今でも、多くの人に愛され続けていま
す。

これまで、田宮二郎(1978年)や唐沢寿朗(2003年)の主演のものがありまし
たが、今作では物語の設定を2019年に置きかえ、腹腔鏡手術など現代の最新医
療ならではの、今までにない新たな『白い巨塔』の世界を醸成しています。


 

フェイク 第1643号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月17日(金)00時11分25秒
  (発行=19.05.09)

日興上人の離山の精神に違背
特集 「日蓮正宗と身延派との友好交流」 ⑤
謗法厳誡はウソ、相互に親しく参詣

日蓮正宗の謀略紙「慧妙」五月一日付では身延僧の大石寺見学・参拝に厳し
く対応しているかのように書いている。だが、身延派坊主らの参拝・研修には
柔軟、寛容であるばかりか、日蓮正宗の僧俗が盛んに身延派の寺院に行ってい
たのも事実である。

更に、富士学林大学科の所化たちが邪宗寺院に参詣するのは恒例行事になっ
ている。これは日興上人の身延離山の精神を踏みにじる悪逆行為である。

本号では、特集「日蓮正宗と身延派との友好交流」の集大成として、過去の親
交の主な足跡を列挙する。

但し、余り多いので紙数の関係上、恒例行事となっている富士学林大学科の
所化の邪宗巡りなどは割愛し、主な邪宗巡りに限定した。

◆平成六年四月二十四日、東京・華王寺(前川慈肇・故人)がバスをチャータ
  ーして身延派の寺巡りツアー。三十人余の法華講員と一緒に住職の女房も参
  加した。一行は安房、小湊へ行き、鏡忍寺、清澄寺、誕生寺の順に身延日蓮
  宗の本山格の三カ寺を巡拝して回った。

◆平成六年六月十一日、埼玉・能安寺(水島公正)が「鎌倉研修」を実施。鎌
  倉の大仏、鶴岡八幡宮などの謗法巡り。この日は法華講青年部の一泊登山と
  重なっていたが、大石寺に行かず、この謗法ツアーに参加。また「研修」と
  は名ばかりで、宗門の護国寺が近くにあるにもかかわらず、夜の勤行もしな
  いでホテルに着くと宴会に興じ、翌朝も勤行をしなかったということだ。

◆平成六年十月八日、落合尊福は長野県・信盛寺の法華講員を引き連れて佐渡
  に渡って謗法巡り。貸し切りの観光バスには「信盛寺佐渡順拝の旅」(編集
  部注=「順拝」は「巡拝」の間違い)と書かれたプレートを付けていた。

一行は身延派の妙宣寺、根本寺などの寺を巡り、講員は賽銭箱にお金を入れ
て合掌していた。

◆平成六年十一月五日、身延派の布教師会一行が大石寺を参拝した。本紙第1
  639~1641号で紹介した通り、内事部の坊主が親切に迎え、正本堂、
  大客殿などを丁重に案内した様子が身延派の「布教師會報」第二十号に「日
  蓮正宗総本山・大石寺研修参拝記」として掲載された。

更に大石寺側が「(身延派の)皆様の暖かなお心に触れ、外はめっきり寒く
なっていたにも拘わらず、暖かな気持ちで御案内申し上げることができました
ことを感謝しております」との丁寧な礼状も送った。

◆現在は大石寺執事になっている関快道は平成七年三月十二日、都内狛江市・
  仏寿寺の二十数名の法華講青年部や女房の貞子らを率いて千葉の誕生寺、清
  澄寺など身延派日蓮宗の寺院を巡拝した(写真)。これは平成五年の佐渡、翌
  六年の東北方面に続く三度目の謗法の寺詣でだった。

 関が得度した動機は、同期生に対する劣等感に加えて、身延派の高僧から莫
大な遺産を受け継いだ女性との結婚が破談になったからだと学生時代の友人だ
った大滝耕二氏が証言していた。

関は学生時代に、その女性に熱をあげていて、寝る時に彼女の写真に口づけ
して「おやすみ」と言い、その写真を枕元に置いて寝るのが習慣だった。身延
派の寺巡りを続けていたのも失恋した彼女を偲んでのことだったのだろうか。

関は大石寺執事といっても低劣な坊主で法華講員を教導する資格はない。

◆平成七年六月六日、大石寺に「池上鶴林会」なる団体バスが到着。乗ってい
  たのは日蓮宗大本山の池上本門寺貫首で、この直後に日蓮宗管長に就任した
  田中日淳ら三十二人が登山してきた。この一行を歓迎して、案内したのは袈
  裟衣を身に着けた高野日海(故人、当時は本行寺住職)だった。

池上本門寺の貫首ら一行を丁重に出迎えて広布坊、三門から大客殿、御影堂、
正本堂、五重塔まで大石寺内をくまなく案内。そして蓮葉庵で手厚く接待した。

◆平成七年八月二十日、総講頭・柳沢喜惣次(故人)は、当時、阿部信彰が住職
  をしていた大修寺(府中市)の法華講員約二十人を連れて身延山に参詣(写真。
  左が柳沢)。夜は宴会に興じた。

◆平成九年四月十八日、大石寺の無任所教師七人が西山本門寺の虫払いに酒や
  菓子折りなど御供養の品々まで持参して参詣した。

◆平成九年五月十・十一日、横浜市の応顕寺住職・舟橋義秀(今の日謙)が講員
  を引き連れて佐渡の根本寺、妙宣寺、世尊寺、妙照寺などを巡拝した。舟橋
  は帽子を深く被り、サングラスで変装。妙照寺の賽銭箱には講員が「チャリ
  ーン」と硬貨を入れて御供養していた。

◆平成九年七月十五日には、身延山の坊主十数人が大石寺と妙蓮寺を訪れ参拝
  した。

◆平成九年八月十七日、東京・宣徳寺(住職は秋元広学、今の日高)の所化二
  人に引率された講員が鎌倉の龍口寺、極楽寺、収玄寺、妙本寺、安国論寺、
  妙法寺などの邪宗巡りをした。

◆平成九年九月十・十一日、東京・華王寺の一行が「佐渡研修旅行様」のバス
  に乗り、一泊二日の日程で佐渡の邪宗寺院を巡拝した。

◆平成九年九月十七日には身延僧約三十人が大石寺に参詣。大石寺坊主の案内
  で正本堂などを見学。御影堂内では身延僧が御宝前に合掌・参拝していた。

◆平成九年十一月十九日に伊豆長岡の身延派日蓮宗の一行が大石寺を訪問。法
  衣を着た僧が約五十人の信者を連れて参詣していた。
「慧妙」五月一日付は、この時だけは「無許可だった」と弁解している。

◆平成十二年九月二十八日には「身延山大学校」の学生が大石寺に参詣した。

◆平成十二年十二月六日、身延の坊主十七人が大石寺を訪れて客殿や御影堂な
  どを見学し参拝した。

◆平成十四年十一月二十六日にも他宗坊主二十数人が大石寺に参詣した。

◆平成十六年四月十三日に 身延派坊主が大石寺を訪問、参詣した。 (以下、
  省略)
   ◇   ◇
身延派は日蓮大聖人を末法の御本仏とは仰がずに「日蓮大菩薩」と称し、身
延山の参道の売店では御本尊もどきを店頭にぶら下げ、御守り本尊をカードに
して販売している。久遠寺も大石寺も謗法の寺である。

 

フェイク 第1642号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月16日(木)12時05分37秒
  (発行=19.05.08)

日顕が謗法の波木井実長を礼讃
特集 「日蓮正宗と身延派との友好交流」 ④
久遠寺に用意された大石寺用の宿坊

日蓮正宗大石寺は昔から身延派とは親密な関係で、身延山久遠寺は「各門流
の登山参詣の際の宿院(坊)」を定めて、その中に大石寺用の宿坊として「林蔵
坊」を用意していた。このことを大石寺は隠しているが、身延派の資料には明
記されている(下の図を参照)

大石寺は謗法の身延派とは昔から〝親戚付き合い〟を続けていたが、昭和二
十七年に学会員が登山するようになってからは表面上、身延派とは疎遠を装い、
特に昭和三十年三月、学会が小樽法論で身延派を粉砕して以来、両派の交流は
途絶えたかのように見えた。

ところが、平成三年になって邪宗と化した大石寺に学会員が登山しなくなり、
特に、日顕が波木井実長を絶賛するようになってからは大石・身延両派が急接
近。平成五~六年頃から相互に登山・参詣するなど親密の度合いを増したので
ある。

六老僧の一人・日向は弘安八年(一二八五年)に身延に登山し、日興上人か
ら学頭に任じられたが、翌年頃から軟風に侵されて誤った法門を唱え始めた。
波木井も日向の悪影響を受け、①一体仏の造立 ②二所(箱根・伊豆の両権現
)と三島神社の参詣 ③九品念仏道場の建立 ④福士(山梨県南巨摩郡南部町福
士)の塔供養の四つの大謗法を犯した。

そのため日興上人が断腸の思いで身延を離山されたのは周知の事実である。

 悩乱した日顕は、この大謗法の波木井を絶賛するようになった。

「身延における御化導こそ大事な意義をもっております。それらを可能ならし
めたところのものは、すなわちあの波木井実長氏の大聖人様に対する外護であ
り、心安く法華経を受持読誦遊ばされ、特にこの三大秘法整足の大業を、心豊
かに何らの思いも煩いもなくこの目的を達成遊ばされた次第であります」「波
木井実長の功績は非常に大きなものがあるということを今日深く考える人は少
ないようであります」(平成三年七月二十八日、法華講連合会第二十八回総会


 「大聖人様御在世当時の波木井実長の功績たるや、大変なものです」(平成
三年七月、教師指導会)、

「大聖人様の三大秘法の具現という大仏法の深い意義が波木井実長の外護に
よって行われたということは、今日において二百カ寺、三百カ寺の寺院を造る
よりもなお、根源的な意味において大きな功績であります」(同年十一月、教
師指導会)、

 「この波木井実長の、大聖人様の仏法の一番根本の功徳を成就するという上
の、いわゆる外護という面の功績におきましては、創価学会の近年における宗
門の外護と比べ、その本義においては比較にならないほど大きい」(平成四年
六月、東北第一布教区親教)

このような日顕の波木井讃嘆は日興上人の身延離山を否定することに通ずる。

 

フェイク 第1641号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月15日(水)12時15分28秒
  (発行=19.05.07)

謗法に対し「柔軟な姿勢」に
特集 「日蓮正宗と身延派との友好交流」 ③
「暖かなお心に触れ感謝」と大石寺が礼状

身延派の布教師会長・佐藤順映(志摩坊の住職)は、大石寺参拝を通して大石
寺の姿勢が変わったとの感想を研修記に記している。

「時の推移とは云え過去頑迷なまでに他宗には門戸を開かなかった大石寺が、
堂内外の案内に応じたという変化を我々は機敏にとらえ、柔軟な姿勢に最大限
の評価を下し、更に日蓮門下の一員と云う連帯感の醸成に陰に陽に働きかける
絶好の機と思うが如何であろうか。

二時間以上に亘って懇切なる案内をしてくれた教師から、ほどなく一通の礼
状が届いた。

〝皆様の暖かなお心に触れ、外はめっきり寒くなっていたにも拘わらず、暖か
な気持ちで御案内申し上げることができましたことを感謝しております〟と。

察するに今置かれている大石寺の立場を鮮明に表しているものと理解するが、
うがち過ぎだろうか」

この礼状も日顕の指示で送ったと思われる。

大石寺の坊主が、身延派の布教師八人を案内して回ったことについて、過去
には頑迷なまでに他宗には門戸を開かなかった大石寺が柔軟な姿勢に変わった
と感想を記している。邪宗に対して「謗法厳誡」から「柔軟な姿勢」に変貌し
たのだ。

日顕の悩乱によって、大石寺は外護の大功労者や信徒には冷酷になり、謗法
者には実に寛容で、邪宗坊主の参拝に対して礼状まで送るとは驚く。日顕が日
興上人の御遺誡を踏みにじっているのが明白だ。

ついでに日顕の父・日開は久遠寺への勅額降賜に手を貸したことで知られる。

昭和六年に日蓮宗各派が合同で大聖人の「立正大師」号の「立正」の勅額請
願運動を起こした時、天皇から下賜される勅額(写真)を、どこの寺に掲げるか
というのが問題だが、日開は身延派を破折するどころか、今まで大石寺にある
と主張してきた大聖人の「正墓」が身延山にあると認めて念書まで書いた。

これは日蓮門下の盟主が身延山久遠寺だと認めたのと同じことである。日興
上人が離山して決別された身延山に、日開は屈服して魂を売り渡したのだ。

それによって「立正」の勅額は身延山久遠寺に掲揚されたのである。日開が
時の文部大臣に提出した念書の文面は次の通り。

「  念  書
宗祖日蓮聖人立正大師六百五十遠忌ニ際シ 御廟所在地山梨縣身延山久遠寺住
職 岡田日帰ヨリ及請願候 立正大師勅額御下賜ノ件ハ 本宗ニ於テモ異議無
之候條 速ニ御下賜有之候様 御取計相成度候也
昭和六年六月十二日
 日蓮正宗管長
     阿部日開 印
文部大臣 田中隆三殿 」

 身延派としては大聖人の正墓が身延山にあり、身延派が大聖人門下の本家で
あることを確認させる狙いがあり、これに日開は同調した。

 このように大石寺は昔から身延派を謗法ではなく、本家と見ていたようだ。

「慧妙」が「大石寺研修参拝記」や日開が書いた「念書」について、どう弁解
するか、楽しみだ。(つづく)

 

フェイク 第1640号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月14日(火)17時59分3秒
  (発行=19.05.06)

身延僧を正本堂、大客殿へ案内
特集 「日蓮正宗と身延派との友好交流」 ②
「開店休業のスポーツセンターの様な状態」

身延僧が書き留めた「大石寺参拝研修記」には大石寺参拝の当日の模様が次
のように克明に記されている。

「当日十時、身延山総門を出発し富士宮で早目の中昼(編集部注=昼食)を済
ませ、先に大本山北山本門寺を参拝し、懇ろなる御開扉と執事の御挨拶を受け
た後、開山日興聖人御廟等を巡拝し、予定の二時に大石寺総門に到着した。

門をくぐると間もなく洋服姿の一人の青年が近づいて来て確認をとると先に
進む様指示され、三門を通り両脇に十二ヶ坊程の宿坊の前を抜けた左手に唐破
風造りの古風な鬼門を通ると、いきなり広大な広場と巨大な鉄筋五階建ての大
客殿前に着いた。ここで若手の案内僧が出て来て内部へと導かれた」

身延派の坊主八人が大石寺の坊主の案内で大客殿の内部に入ったのだ。

「大石寺研修参拝記」には大客殿内部の様子が綴られている。

「総面積一万四百五十五平方メートルに及ぶだけに、かつて創価学会員が連
日数千人単位で押し寄せた建物と感心した。三階から上が吹き抜けになってい
るが丑寅勤行の場所としても使われているだけに、板曼茶羅もどきの御本尊を
真ん中に、左右に祖師像、興師像を安置し、本宗の内陣に当たる一段高い板敷
きの部分には何もなく、左手の畳の上に導師用礼盤を中央に向け配置されてお
り、大変疑問に思い質問した所〝参詣の信徒が直接御本尊に面奉する為にある
〟と云う事であったが、我々の感覚とはなじまない感じであった」

大石寺の坊主が丁寧に身延僧を案内したのに「板曼茶羅もどきの御本尊」と
揶揄されている。

また「参拝記」は大石寺境内の模様も伝えている。

「当日は土曜日にて各地の法華講○○支部という団体が二十名、三十名単位
で六、七組境内を引率されていたが、往年の雑踏とは比較にならないであろう」

日蓮宗布教師会のメンバー八人は、大客殿内部を見学したあと、正本堂に案
内されている。

「正本堂へと案内されたが三メートルもあろうかと思える頑強な塀が巡らさ
れ、出入口には正装した門番が立ち、扉が開かれ一歩ふみ入れると噂にたがわ
ぬ壮大な石とコンクリートの建物と広すぎる境内が現出した。

「一匹の犬も通らぬ
全く無人の有様だ」

全長南北三百二十四メートル、東西百四十八メートルと確かに大きく広大で
あるが、ここは一人の参拝者もなく一匹の犬も通らぬ全くの無人の有様で何か
異様で堂内には入れて貰えなかったが閑散期とは云え一切の光熱設備等も稼働
しておらず、パンフレットで誇る〝今世紀最大の宗教建築〟にしては開店休業
のスポーツセンターの様な状態であった」

身延派の布教師が見ても、大石寺は異様な程、閑散としていたようだ。
(つづく)


 

フェイク 第1639号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月13日(月)12時02分15秒
  (発行=19.05.05)

大石寺が身延僧8人を歓待
特集 「日蓮正宗と身延派との友好交流」 ①
身延派の布教師会長が驚愕の「参拝記」

日蓮正宗の謀略紙「慧妙」は出鱈目な記事が多く、宗内でも信頼されていな
い。

例えば、昨年の八月十六日付で一面の全面を使って「学会員も呆然!靖国神
社に『創価学会』が献灯」「『みたままつり』で邪宗の提灯に混じって!」と
の大仰な凸版、見出しを付けて学会の謗法行為だと非難中傷する記事を写真入
りで掲載したが、これが大誤報だった。

そこで宗務院が「慧妙」の頒布を禁止する通達を出し、全国の末寺から「慧
妙」が撤去されたことは記憶に新しい。

特に、同紙が昨年の四月十六日付から開始した「あの頃、何が起きたのかー
日蓮正宗を襲った学会の謀略と攻撃―」と題する連載では学会と宗門との抗争
で学会側が一方的に悪いかのような主張を繰り返している。

最新の五月一日付の連載第十二回でも、創価新報は「『火』(誹謗のネタ)が
なければ、無理矢理にでも『煙』(ねつ造報道)を立てるーこうした悪辣な手口」
を使うなどと批判している。

その中で身延僧の大石寺参拝について「〝身延僧が法衣で大石寺参詣〟と報
じるも実際は無許可の見学を制止する場面だった」と、創価新報の記事が捏造
であるかのような印象を植え付けようとしている。

この「慧妙」五月一日付が書いている身延僧の参拝は平成九年十一月十九日
のことで、たまたま宗門に事前の連絡がなかったようだが、創価新報は身延僧
が大石寺に来た事実を書いているので捏造記事ではない。

ところで、参拝に来た身延僧を大石寺の坊主が歓待し、案内までしていた事
実が他に幾つもある。平成六年十一月五日にも身延僧が大石寺を参拝に来たこ
とがあった。

そのことが身延派の第一部布教師会発行「布教師會報」第二〇号(平成七年三
月三十一日付)に詳細に記録されている。「日蓮正宗総本山・大石寺研修参拝
記」と題する記事は、身延派の布教師会長で総本山久遠寺内の志摩坊住職・佐
藤順映が書いたものである。

これを読むと、大石寺と身延派との親密度が窺えるので、この「大石寺研修参
拝記」を紹介する。

内事部より応諾の電話

「平成六年度本会の布教研修会が昨秋十一月五日に実施され、参加者八名と
少数だったが、充実した内容となった」と記し、大石寺参拝を大石寺内事部に
事前に通知し、承諾を得て実施したと、次のように書いている。

「本会の名において、大石寺参拝の申請願書を送付して二十日も過ぎてから、
当局内事部の理事から応諾の電話を頂戴し」と明記。日蓮宗布教師会として正
式に「参拝」を書面で申請したのだ。

予告もなしに大石寺を訪れた「無許可の見学」ではなかった。

この日蓮宗の布教師たちが大石寺を「参拝」することの「応諾」を大石寺内
事部の理事が身延派側に電話で伝えたということだ。

内事部理事が勝手に判断し、身延派側に「応諾」の電話を入れることなど決
してありえない。

身延派の布教師八人に大石寺「参拝」を許可したのが、日顕であることは言
うまでもない。(つづく)

 

お知らせ

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 5月 9日(木)14時57分8秒
  民音音楽博物館の野沢館長が、NHK「チコちゃんに叱られる」に出ます。

叱られるのではなく「マラカスの中身はなにが入っているのか」を野沢館長が語ります。

放送は

5月10日(金)
19:57~20:42 本放送

5月11日(土)
8:15~9:00 再放送

https://www4.nhk.or.jp/chikochan/x/2019-05-10/21/31504/1490049/


 

池田大作創価学会インタナショナル会長インタビュー

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 4月30日(火)18時23分15秒
  著名な仏教指導者が核兵器とキラーロボットの禁止を呼び掛ける 2019.4.30

https://www.international-press-syndicate-japan.net/index.php/news/culture-art-religion/3491-eminent-buddhist-leader-urges-halt-to-nuclear-weapons-and-killer-robots


 

フェイク 第1638号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 4月30日(火)12時24分50秒
  (発行=19.04.27)

阿部信彰の常在寺も成果は停滞
日蓮正宗・法華講が折伏できず悪足掻き
非常識で乱暴な言動に反感を買う

邪宗に成り果てた日蓮正宗は二年後に迫った「法華講員八十万人構築」とい
う夢が絶望的になった現在、悪足掻きして、法華講員を苦しめている。ゴール
デンウイークは徹底して折伏に動き回れと檄を飛ばしている坊主がいるのをは
じめ、連休の最中の五月四日に折伏が停滞している末寺の坊主、及び講頭など
の法華講幹部を大石寺に呼び集めて指導会を開くとのことだ。

但し、四月末までに折伏目標の「二十五%」を超えれば参加を免除するとい
う。

 布教部長の阿部信彰が住み着いている常在寺(都内の南池袋)の法華講員によ
ると「四月二十七日現在、やっと目標の二十%になった」とのことである。

二十五%に満たないため、今のままでは常在寺も低迷寺院として信彰自身も
講頭らと一緒に指導会でハッパを掛けられる羽目になり、布教部長として檄を
飛ばすことはできず、面目は丸潰れだ。

そこで「あと三日の間に二十人以上の入信者があったように取り繕うと思う」
と先の講員が苦笑していた。

撃退される法華講員

 末寺坊主に煽られている法華講員は、学会員を勧誘しようと各地に出没して
は、逆に厳しく破折されて追い返されている。何とも惨めな講員の姿が見受け
られる。

 日蓮正宗では折伏ノルマを「誓願」と称しているが、達成の為の行為は乱暴
だ。

講員は「法華講員八十万人構築」との無謀な「誓願」に苦しみ、成果が悪い
と本山や末寺坊主から締め上げられるから〝手段を選ばず、法華講に入講させ
よう〟と闇雲に回っているので、その言動には真心とか慈悲の欠片も感じられ
ない。

徒党を組んで突然、訪ねて来ては相手の都合も考えないで対話を強要するし、
言葉遣いは乱暴で非常識だ。この点は日蓮正宗法華講だけではなく、顕正会も
同様である。

 学会の第二代会長・戸田先生は「何のために折伏するのですか?」という会
員の質問に対して「(不幸な人、悩んでいる人が)気の毒だから、折伏するのだ
よ」と答えていたという。

第三代会長・池田先生の指導も同じだ。学会の布教活動は、単に会員を増や
すのが目的ではなく、この世から「不幸」と「悲惨」をなくし、自他共の幸せ
を拡大する慈悲の行為なのである。これが成果主義の法華講や顕正会と根本的
に違う点である。

 日蓮正宗法華講は折伏の真意を知らず、名前だけの〝幽霊講員〟を増やすこ
とに血道をあげているから、本紙で以前、何度か取り上げたような〝詐欺折伏
〟が横行するのだ。

 例えば、以前、年増の婦人講員が数人で、大阪の某公園で野宿している浮浪
者風の男達に接近し、車で寺に連れ込み、信仰の話はしないまま授戒したり、
遊技場などで寂しそうな男性に近づき色仕掛けで寺に誘ったり、スーパーなど
で格安の弁当を買い与えて寺に連れて来るような卑劣なことをする者も現れて
いた。

以前、こんな愚劣な勧誘を紹介した本紙を読んだ講員から「本宗の恥だ」等
の声も寄せられた。宗務院が入講者数だけを煽ると、再び変な勧誘に走る者が
現れるのではないかと懸念する。


 

フェイク 第1637号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 4月 4日(木)15時52分3秒
  (発行=19.04.02)

今年の登山者数は過去最低
雷注意報と雨の中、法華講の春季総登山
総会での強要で、また増える幽霊講員

日蓮正宗法華講の恒例の春季総登山が三月三十・三十一日の両日、大石寺で
行なわれた。登山は一泊二日のAコースと日帰りのBコースがある。

初日の午前七時頃からは肌寒い中、Aコースの登山者が乗用車やバスで着山。
本山周辺では「雷注意報」が発令され、強風や急な強い雨、落雷に注意するよ
う発表されていた。

この予報通り、夕方からは雨が降り始め、午後六時過ぎからは時折、雨が強
く降っていた。

二日目は晴れたが、午前十時前には法華講連合会の総会に合わせてBコース
の登山車両が集中して到着したため、本山周辺の道路は大渋滞となり、地元住
民の人達からは苦情の声が寄せられていた。

登山者数は事前の宗門側の発表では二万五千人。だが、法華講関係者は「約
二万人で五千人ほど少ない」と宗門発表を否定。「初日と合わせても約二万五
千人です」と呟いていた。

宗門が「大白法」で何度も特集を組んで呼び掛けた「三万人結集」は、今年
も達成できなかった。

そればかりか、日如が平成十七年に日顕の後を継いで偽法主になって以来、
三万人の目標に届いたのは、僅か二回だけで、なかでも今年は最低のようだ。

初日は連合会の役員、地方部長、大講頭らが日如に目通り、次いで講頭会、
夜には日如の講義と続いた。

二日目の中心行事は法華講連合会の第五十六回総会でスローガンは「無疑曰
信の信行で誓願達成」「声かけ合って皆で勇躍前進」。この総会では二年後に
迫った法華講員八十万人体勢構築という出来もしない無謀な目標に各支部が団
結して挑戦するよう強要された。

これで、また名前だけの〝幽霊講員〟が各支部に増えることだろう。

午前十一時過ぎ、総会が終わると一斉に参加者が移動。本山内は帰る人と御
開扉に向かう人が行き交い、境内はごった返しの状況。周辺の道路も総会が始
まる直前と同じように各所で交通渋滞が発生し、近隣の住民の人達が車両の通
行に苦労していた。

登山できなくなった極悪僧の日顕の日々

ところで、極悪僧・日顕の姿を本山内で見たという登山者はいなかった。
今では体力も弱まって、登山するのも厳しいようだ。

おそらく、歩行困難のため大石寺出張所と称する都内の豪邸の部屋の中で日
々、細々と過ごしているのではなかろうか。

所化小僧を殴るなど暴力を振るっていた昔の元気は既にない。

 

フェイク 第1636号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月28日(木)12時28分38秒
  (発行=19.02.27)

原発を以前は肯定、今は否定
顕正会・浅井昭衛はご都合主義の二枚舌
勧誘のため真逆の事を言う変説漢

 顕正会の複数の会員と先日、対話した人の話によると、会員達は浅井昭衛の
指導は昔から正本堂や原発に関しても一貫して変わらないと強調していたとい
う。

そこで顕正会の前身の妙信講は正本堂の御供養に参加したが、後になって誹
謗するように変わったこと、また今、原発は「原発全廃特集号」「原発廃絶特
集号」等の機関紙を出して、浅井が「原発を即時全廃せよ」と叫んでいるが、
以前は逆で肯定していた旨、指摘すると、顕正会員は正本堂については「意義
付けが変わった」と変な逃げ口上を述べていたようだ。

だが、真相は自己顕示欲の強い浅井が、建立の主導権を握られなかったので、
当時の日達法主や宗門の公式見解に難癖を付けたのだ。

また、原発について顕正会員は「もともと反対だった、この主張は今も昔も
変わらない」と言い張っていたとのことである。

 浅井が原発の推進論者であった事実を本紙では再三、平成五年六月六日の青
森大会での質問に対する浅井の回答を要約して紹介したが、本号では要約では
なく「原発がないと経済成長は三分の一になって、生活できない」「原発反対
は核アレルギーに対する与同」「 原発反対の本質はロシアの対日謀略政策」
「原発反対は日本の国益に反する」「原発で死んだ人はいない。原発に反対す
るくらいなら、死亡事故の多い車に反対しろ」「原発反対は感情論」「原発問
題なんか小さい」等々、原発に関する浅井の話の関係個所の全てを以下に掲載
する。

   ☆   ☆
質問 青森県・六ヶ所村の核燃料基地が話題になっていますが、日本の原子
力利用をどう見たらよろしいでしょうか?

浅井の回答 青森だけなんですかねえ、今の原子力のエネルギーの核燃料基
地っていうのがあるのは六ヶ所村に。おそらく、まあ、そこが一番適当だって
いうんで日本政府が選んだんでしょうけどね。

 まあ、これは直接、仏法とは関係ない、あのー話題でありますけど、まあ私
は、こう思うんですね。

 えー、今この発展しつつある経済、この経済発展を支えているエネルギー、
これはもう石油には頼れないんだろうと。今後、石油は枯渇しますからね。

そうすると、どうしても、もう、いかなる国も人類全体が新しいエネルギー
源としてですね、原子力に頼らざるを得ない。

これもし頼らないということになってくると日本の今の経済生活、どうなん
でしょうか、大変なことになるんでしょうね。

 おそらく今の、あれでしょ、エネルギーの中で全国の発電量の三十%迄いっ
てるんじゃないですか、現在、原子力の発電が。だから原子力を全部、日本人
がですね、ダメだ捨てろ、捨てろと言うと、三十パーセントの電力がなくなっ
ちゃうから、経済成長も三分の一にダウンしちゃう。と、日本は生活できない
ですね。

 それ、日本だけじゃない。全世界が、もう核エネルギーっていうことを使っ
て、現在の生活が成り立っている。まあ、そこで私、思うんですね。もうロシ
アのような、もう、ああいう国になりますとね、核燃料は使い捨て、そして管
理はメチャ、メチャ、だからチェルノブイリみたいなことが起こるんですね。
ああいう使い方はいけないけれども、核燃料をもう避けて通ることができない
んだったらば、それを完全に安全管理する、これやっぱり、人間の一つの知恵
なんでしょ。

 その中においては、日本の国は最も用心深く安全に管理しているんではな
いか、私、そう思うんですね。

 もし、それを核燃料を核アレルギーからですね、全部、捨てろ、捨てろって
言うのは、今の日本の経済生活を全部、否定して昔に戻るんだと、もう電力な
んかいらないと、言うんだったら構いませんけども、今の生活を維持しようっ
ていうんだったら、核エネルギーっていうことを、無視することはできないん
だから、これを用心深く安全管理する日本なら、それをやれているんではない
かと思う。

 ところが、何でこれを反対、反対、反対ってことが、これ、喧しいかといい
ますとですね、これ社会党が言ってるんですよ。

 実は、社会党が以前から反対していることは三つあったんですね。

 自衛隊反対、これは違憲、憲法違反です。自衛隊なんか解体しろ。

 もう一つ、原発反対っていうんでしょ。現行の原子力、原子力の核は核兵器
に通ずる、なんて言って、みんなが日本人はヒロシマ・ナガサキっていうんで
核アレルギーを起こしている。それに与同してですね、その原発もいけないっ
ていう。

 それからもう一つ、日韓、この条約を破棄しろ、と言って、韓国との交渉も、
これするなと、こう言ってる。

 で、このようなことを今になってみて社会党が困っちゃって、これじゃもう
この、選挙負けるということで全部それを変更し始めたでしょ。

 自衛隊も容認すると。原発も容認する、なんて言ったけど、もう既に遅い。
そのように社会党が騒ぎに騒いだから、みんな国民が何か、私は誤解をしてい
る。社会党が何故、騒いだかわかりますか? ソ連の政策だったんですよ。

ソ連が何としても日本を弱くしようと、それで自衛隊を解散させろと。で自
衛隊は違憲、違憲、憲法違反って、それから原子力、 これを日本が利用する
ってことは、ますます経済発展になる。だから原発反対しろと。それに社会党
が、いわゆるソ連の、日本に対する対日謀略の手先になった。

 ですから、今、社会党が、一番触れられたくない問題が何かというと、ソ連
から資金援助を受けたんですね。ソビエトから物凄い資金援助を受けてきた。

 この場合、これは今、ソビエト共産党が崩壊することによって機密文書が出
て、どんどん社会党に援助したことが文書が出てんで、社会党が一番困ってる。

このように、外国からお金をもらって、日本の国益に反するようなことをや
っておったのが、あのかつての社会党だったんです。そこに今の社会党の誠に
惨めったらしい姿が出てきてるんですね。

「原発反対は感情論」

 まあ、そこに私は今のこの原子力発電っていうことを反対、核エネルギー
反対って言って、これを全部、破棄しろというんだったら、そいで危険だとい
うんだったら、しかし日本でもって、この原発でもって誰が死んだんでしょう
か? 誰も死なないでしょ。私は非常に用心深くやられてると思うし、もし、
これが危険だ、危ないんだって言って止めるんだったらね、自動車乗るのをや
めたらどうかと思う。原発じゃ、まだ死んでないけど、自動車じゃ年間一万数
千人死んでるんですから、事故でもって。それこそ一万数千人から死んでる自
動車、みんな止めろって言って、ホントはこれに賛成しなきゃならない。

 また、ゴールデンウィークなんたって、あれやると必ず、山で死んだ、海で
死んだって、必ず数十人、毎年死ぬんですよ。休まない方がいいじゃないです
か。

 だから、そうなってくるとですね、今の核、この、原発反対ってことは、い
かにも感情論なんだと、私は思うんですね。

   ☆   ☆
 この後、浅井は「原発の問題なんかちっちゃい」と言って、原発よりも北朝
鮮の核ミサイル、中国の核兵器が危険だと述べていた。

 浅井は福島の原発事故を機に反省もしないで、勧誘目的のため真逆の事を言
う変説漢なのである。


 

フェイク 第1635号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月 5日(火)00時02分41秒
  (発行=19.01.30)

日顕「信心がイヤになろうが関係ない」
「大白法」の「光明」欄の間違いを正す ㊦
学会寄進の寺を受ける裏で破壊の陰謀

日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」(一月十六日付)の「光明」欄で「平成の
始まりは創価学会の邪宗・邪義化から」と書いていたが、本紙1633・16
34号で述べた通り、日顕の〝癇癪の発作〟が全ての発端で、学会には何一つ
「邪宗・邪義化」などなかったことが明白である。

宗門は学会攻撃について謀議を重ね、また、密かに入手した名誉会長発言の
盗みどりテープを使って学会を問責したのであった。

 その間、平成二年十月に大石寺開創七百年を迎えたので、それに先立って学
会の静岡県青年部約八千人が参加して記念文化祭を盛大に本山内で開催した。

日顕は腹黒い陰謀を隠し、笑顔で演技を見守り、拍手して退場の際には手を
振って出場者に応えてみせた。

この記念文化祭に続いて、大石寺開創七百年慶讃法要が大石寺で奉修された。
その際、日顕は慶讃委員長を務めて一連の慶祝行事を遂行した池田名誉会長に
感謝状と記念品を贈呈し、感謝の意を表明していた。

しかし、その裏で「C作戦」実行の機会を虎視眈々と狙っていたのだから恐
るべき欺瞞ぶりである。

 また、臨時宗会で法華講総講頭を罷免する直前の十二月二十一日、三重県・
仏徳寺の寄進を学会から平然と受けとった。宗務院発行の「富士年表」では、
この記念文化祭を削除し、仏徳寺は学会寄進ではなく宗門が自力で建立したか
のように改竄している。

 平成三年一月二日、登山した秋谷会長、森田理事長に対し、日顕は〝目通り
適わぬ〟と対面を拒否。一切、話し合おうとしなかった。

 一月六日に日顕は全国教師指導会で正本堂の意義を歪める説法をして名誉会
長を慢心呼ばわりした。

 日顕は学会を破壊して学会員を盗み取る魂胆だった。

 三月になると、宗門は七月から月例登山を廃止して添書登山にすると学会に
通知。六月五日には一般紙に「創価学会の皆様へ」「大石寺登山についてのお
知らせ」を掲載した。

これにより、日顕らは脱会して寺に付く学会員が増えると勘違いしていたよ
うだが、大きな誤算だった。

 八月二十九日の教師指導会で末寺住職が信徒の指導について質問した際、日
顕は「信心がイヤになろうが関係ないんだ。そんな奴は頭からカマシてやれば
いいんだ」と暴言を吐くまでに狂っていた。

こういう経過の後、十一月七日に「解散勧告書」を、同月二十八日に「破門
通告書」を学会に送付したのだ。


 

フェイク 第1634号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月 4日(月)00時01分43秒
  (発行=19.01.29)

謀議を重ね日顕が「C作戦」と命名
「大白法」の「光明」欄の間違いを正す ㊥
日顕は供養料値上げの件で学会に恨み

 日蓮正宗は平成二年三月十三日、御本尊下付願、永代供養料、塔婆供養料、
納骨保管料などの値上げを学会に一方的に通告した。特に、永代供養、塔婆供
養などは倍額にするというものであった。問答無用の一方的な通告であり、こ
れを学会は受け入れた。

 それでも日顕の怒りは治まることはなかった。平成元年の供養料の値上げの
件で、日顕の胸中には池田名誉会長や学会執行部に対する根強い恨みが生じた
と言われている。

 平成二年七月十六日に日顕らが文京区西片の大石寺東京出張所で謀議(西片
会議)。この時、日顕は激しい口調で名誉会長の追放を主張。更に、平成元年
に学会が値上げに反対した遺恨を晴らそうと、学会の財務中止を強調した。

 続いて、同月十八日にも大石寺大書院で謀議(御前会議)。席上、日顕が名
誉会長追放の陰謀を「C作戦」と命名した。この会議では学会に反撃の口実を
与えないために僧の綱紀自粛が先という河辺慈篤、藤本日潤、早瀬義寛(今の
日如)らの意見によって、この時点での「C作戦」の実施は見送られた。

 そして平成二年八月二十九日、大石寺での全国教師講習会の際、教師指導会
を開いて二十一項目にわたる綱紀自粛を徹底し、学会攻撃、なかでも名誉会長
一人に標的を絞って追放の機会を待っていた。

 謀略紙「慧妙」が最近になって「C作戦はなかった」とか「からかい目的」
(平成三十年七月一日付)だったと、戯言を書いている。

 何も知らない所化小僧が書いている「大白法」と違って、詳しい経過を知っ
ている妙観講の執筆陣が意図的に事実を捻じ曲げて書く「慧妙」は実に質が悪
い。

「C作戦」については、日顕自身が平成三年三月五日に「あの野郎の首を切る
ことだ」と名誉会長の処分が目的だと明言していた。

宗規改正で総講頭罷免

 平成二年十一月十六日に東京戸田記念講堂で開催された創価学会の第三十五
回本部幹部会での名誉会長発言の盗みどりテープを宗門は密かに入手。そのテ
ープに録音された名誉会長の発言に難癖をつけたのである。

 十二月十二日に宗門は名誉会長の発言に難癖をつける「お尋ね」文書につい
て伊豆長岡の高級温泉旅館で謀議。翌日の連絡協議会で宗門が、この「お尋ね」
文書を出したが、学会側が話し合いを要望し、宗門側は同文書を引っ込めた。

 その後、十二月十六日に宗門は総監・藤本の名で「お尋ね」文書を学会に送
付。宗門側が「問題発言」とした名誉会長の発言は、何も問題にされるべき内
容ではなかった。日顕らは「C作戦」を実行したいため、落ち着いてテープを
聞く心の余裕がなかったのか、聞き間違い、テープの反訳ミスがあったのであ
る。

 宗門側はテープ起こしの間違いを認めたものの、振り上げた刀を鞘に納める
ことはせず、十二月二十七日の臨時宗会で名誉会長の法華講総講頭、秋谷会長
らの大講頭を実質罷免した。

 宗門側はマスコミには宗規改正による資格喪失と説明していたが、後に日顕
は懲罰の意があったと発言した。 (つづく)

 

フェイク 第1633号

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月 3日(日)00時52分23秒
  (発行=19.01.28)

平成の問題は日顕の癇癪が発端
「大白法」の「光明」欄の間違いを正す ㊤
実態の伴わない法華講八十万の構築

邪宗・日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」の最新号(一月十六日付)を見た青
年が面白い指摘をしていた。

「八ページの薄っぺらな新聞に『法華講員八十万人体勢の構築』という活字が、
なんと二十八回もある。そのうちの半分以上が日如の話の中に出ている」と苦
笑していた。

 この「法華講員八十万人体勢の構築」という言葉だけが日蓮正宗の僧俗の間
で独り歩きしていて、実態は全然伴っていないから滑稽の極みだ。

 折伏は低迷して、昨年は布教部長・阿部信彰の常在寺、同副部長・新井契道
の妙国寺、総監・八木日照の法道院、重役・藤本日潤の常泉寺、宗務院庶務部
長・秋元日高の宣徳寺、渉外部長・梅屋誠岳の久遠寺、庶務部副部長・田中導
正の蓮東坊、教学部副部長・宮野審道の妙縁寺など役僧の寺が軒並み未達成に
終わった。

更に、全国四十七布教区のうち、未達成の支院長が十九人、副支院長も十八
人にのぼっていた。

また、新年の勤行会の参加者も減少した。それだけではなく、初登山の参加
者も減少の一途を辿っている。

平成二十七年三月、日興上人御生誕七百七十年法要の際、日如は法華講員五
十パーセント増を成し遂げ、次の目標の法華講員八十万人体勢へ向けて精進す
べきである旨、語っていた。

だが、かつては初登山も二万人以上が参加していたが、この頃から二万人に
届かなくなった。日如の言う五十パーセント増は真っ赤なウソであることが分
かる。

今の目標の法華講員八十万人体勢の構築も夢物語に終わることは間違いない。

問題の始まりは御開扉の供養料の値上げ

ところで、この「大白法」は何も知らない勉強不足の所化小僧が執筆させら
れているようだ。本紙前号では十二月十六日付「大白法」の「光明」欄の間違
い記事を指摘したが、一月十六日付「大白法」の「光明」欄でも次のような見
当違いの記事を書いている。

「平成の始まりは創価学会の邪宗・邪義化から。宗門から破門された学会は、
その後、いよいよ魔の本性を露わにし、ますます邪教化の一途」とは笑止千万


学会と宗門との抗争の発端は日顕の〝癇癪の発作〟から始まったのだ。

癇癪とは怒りを爆発させ、コントロール出来ない状態を言う。子供なら成長
過程の一つの段階とみることもできるが、 大人の場合は始末が悪い。〝瞬間
湯沸かし器〟の異名を持つ日顕は、些細なことで突然、激怒して怒り出すと治
まらない。

問題は宗門側が平成元年二月、御開扉の供養料を千六百円から二千三百円に
値上げしたいと学会側に要求したことに始まる。

当時、消費税導入を巡って議論が高まっており、学会側は社会的状況が値上
げを容認できる環境にないと説明し、慎重な検討の必要性を宗門側に伝えた。

学会側が値上げを認めなかったことで日顕は〝癇癪の発作〟を起こして、深
く根に持っていたのである。

そして翌二年三月、宗門は学会に有無を言わさぬよう値上げを一方的に通告
し、その後も日顕を中心に「C作戦」の密議を重ねたのであった。(つづく)


 

年明け早々の"大ナタ人事"

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月 1日(金)23時58分44秒
   シンガポール・開妙院主管の野村正通(46)が、現地で何らかの不手際があっ
たとして帰国させられ、静岡・妙蓮寺塔中の蓮三坊住職となる。

 蓮三坊住職だった小畑信威(51)は、日ごろの働きぶりが良くないとして、
本山の労務僧(草取り、掃除などの労役を課せられる)に格下げとなる。

 シンガポール・開妙院には米・シカゴ、妙行寺の加藤信学(42)が、妙行寺に
はパナマ・大廣寺の上地信暁(42)が、大廣寺には岩手・宝器寺の鈴木良法(38)
が入り、宝器寺には本山・大坊から郷成益(34)が入る。

 日ごろから「住職にはいくらでも代わりがいる」と、信者勧誘が低迷してい
る住職を脅している法主・日如だが、今後、住職の順番が回ってくる若手の無
任所教師たちからは、「ノルマ、ノルマで苦しむ住職はやりたくない」との声
があがっているという。


2月の予定

  3日(日) 節分会(本山、末寺)
  7日(木) 興)師会(本山、末寺)
10日(日) 御講(末寺)
16日(土) 宗祖御誕生会(本山、末寺)


 

無残! 低迷住職の締めつけ指導会

 投稿者:宿坊  投稿日:2019年 2月 1日(金)00時32分11秒
   昨年、信者勧誘の取り組みが惨敗に終わった日顕宗では、今月8日、特に低
迷している寺院の住職が総本山大石寺に集められ、指導会が行われた。

 午前の部では、昨年まで3年以上目標未達成の住職が約110人、午後の部
では一昨年と昨年、続けて未達成だった住職、約80人が集められたという。

 参加者は、例によって「すべては住職の責任」「住職が本気になっていない
からだ」等と厳しく叱責され、布教部長宛てに「決意文」を提出させられたと
いうが、その布教部長・阿部や副部長の新井、また、ひな壇で涼しい顔をして
いた他の役僧たちも軒並み、昨年未達成の住職たちであり、参加者は白け切っ
ていたという。

 ともあれ、ここにきて「学会員を標的に」と公言する住職も増えており、警
戒を強めてまいりたい。


 

フェイク 第1632号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年12月20日(木)13時00分43秒
  (発行=18.12.19)

「日顕の邪義は日精より悪質」
日蓮正宗の平成時代は大謗法への転換期
疲弊した末寺・法華講、総登山や総会は大失敗

日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」十二月十六日付では「光明」という囲み
記事で学会を誹謗し、宗門の暴挙を自画自賛している。

「宗門にとっての平成とは、いかなる時代であったか」と振り返り、平成二年
に創価学会の謗法の心根が露見し、翌三年には学会を破門したと書いた後、平
成六年の地涌六万総会、同十年の十万総登山、同十四年の三十万総登山、同二
十一年の七万五千人結集総会と、法華構の進展の実相を示した、と虚勢を張っ
ている。

また、正本堂や大客殿などを解体し、奉安堂を建て、客殿、塔中等を建て替
えたと自慢している。

だが、そのため末寺も法華講も疲弊しているのが現実だ。特に、総会と総登
山は内容が乏しく、運営面は杜撰で惨憺たる行事だった。

例えば六万総会の時は食事の時間はない、トイレは一時間以上も待つので水
分は控えよ、と徹底され、体調を悪くした人が多かった。

また二十一年七月、炎天下での総会は高齢者や病人も無理に集めたので救急
車がフル稼働しても対応できなかった。救急医療センターには患者十数人、脳
梗塞の三人は富士脳研へ、呼吸困難の人や転倒して骨折した人は市立病院へ搬
送され、壇上の坊主も倒れるなど悲惨なもので、病院側からは「一般市民の受
け入れが出来なくなる」と言われた。

 「大白法」では「大要、平成時代は正邪を明らめ謗法を駆逐し、正直一途な
信心に基づく盤石な礎石が築かれた時代」と書いている。

しかし、現実は「謗法を駆逐し」どころか、法主本仏論、御書部分論などの
邪義を幾つも生み出した。

松岡幹夫氏の勝利宣言

 日蓮正宗の謗法・邪義については、日顕と法論した改革僧の松岡幹夫氏が「
勝利宣言」の中で端的に記しているので以下に引用する。

「日顕がどれほど宗門の教義を歪曲し、次から次へと己義を創作し続けている
か。それらは下種仏法の体内でガン化した細胞のごとき異物である。

十七世・日精が唱えた造仏・読誦の邪義などよりも一層悪質で見極め難く、
将来への禍根は計り知れない。心ある宗門人は、もっと危機意識を持つべきで
ある。

御本尊の本迹、本尊授与者の選別・非選別による相待妙・絶待妙の新義、下
種仏法の本門戒壇の本迹、多宝塔の壇=在世本門戒壇説、下種絶待妙の三段階
説、仮相の十界・実相の十界とその互具、『国立』と『民衆立』のすき間を突
く『国主立』戒壇論、立宗の月が古来二説ある間隙を狙った立宗二回説、御本
尊の非対面開眼説、返納御本尊の『法魂』帰還説、御本尊の役目終了=焼却の
論理、『日蓮は折伏を本とし』(御書八六七頁)との御意を無視した〝折伏=
相待妙の迹〟説、一般僧俗を本質的に『救われる者』としか見ない新種の救済
論、戒壇の大御本尊の讃文に応身中心の意義を与える新説、男女の本質的平等
は日蓮仏法に反するとの奇説、『平等即差別』を『平等より差別』と曲解する
差別主義、もう挙げればきりがない。」

 以上、松岡氏が糾弾した通り、日蓮正宗の平成時代は昭和時代の広布進展と
は一線を画する大謗法への大転換期であった。

 

フェイク 第1631号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年12月13日(木)12時18分7秒
  (発行=18.12.11)

法道院の上空から広がった黒雲
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ⑧
日顕の行く先は妖気が漂い暗雲・豪雨・突風・地震

日顕が〝盗座〟した後、大石寺のお会式は平成四年から六年連続で雨――こ
の事実を本紙1629号で紹介したところ日顕の妄信者が「雨が降っても(日
顕が)悪いとは言えない」と釈明しているという。本紙が指摘しているのは、
日顕が単なる〝雨坊主〟というより、悪天候は諸天の怒りの厳しい現証という
ことだ。

戦時中、軍部権力を恐れた宗門は日蓮大聖人の御書の肝心な箇所を削除し、
創価教育学会に神札を受けるよう命じたうえ、昭和十八年七月、牧口会長、戸
田理事長(第二代会長)らが不敬罪、治安維持法違反で逮捕されると信徒除名に
した。

その時の法主・第六十二世日恭は、どうなったか。

昭和二十年六月十七日、大石寺が炎に包まれた時、仏罰で焼死した。仏法の
厳しさを示して余りある。

時は移り、平成になると、広宣流布の大功労者である池田名誉会長(第三代会
長)を信徒除名にして、学会員を破門にした日顕に仏罰と諸天の怒りは当然
だ。
日顕の行く先々には妖気が漂い、暗雲に覆われ豪雨・突風・落雷・地震など異
常気象に見舞われるようになった。

例えば、平成四年十一月の関西親教では快晴が一転、暗雲に覆われて周囲は
真っ暗になり、翌五年一月の九州親教も異常気象。十九日の佐賀地方は酷寒で
日顕が深遠寺に到着直前には黒く汚れた雪が降ってきた。

翌二十日の北九州は快晴が急変し、日顕が法霑寺に到着する直前、急に横殴
りの雪に変わった。

宮城県の徳妙寺、北海道愛別町の法宣寺、大阪府の経王寺など行く先々で雨
を降らせた日顕が平成九年十一月、所沢市の能安寺に行った時は豪雨、強風、
雷に加えて震度3の地震まで起こるなど天地は荒れ狂った。

こんな日顕のゆく先々での異常な悪天候は退坐後も続いたが、紙面の関係で
省略し、異常現象の象徴的な悪天候として平成五年六月、日顕が早瀬日慈(日
如の実父)の葬儀に出るため、東京・池袋の法道院に着いた時の様子を記して
おこう。

日慈は六月二十日午前七時過ぎに順天堂病院で死亡。この日、日顕は金沢市
の妙喜寺で説法。それを終わって、日慈の訃報に接しても、その死を悼むどこ
ろか、山中温泉の高級旅館「胡蝶」へ行って豪遊した。

そして翌二十一日の正午前に羽田空港に到着。午後一時五十分頃、法道院に
着いた。これとほぼ同時刻、法道院の上空付近から真っ黒い雲が広がって真夜
中のような暗闇が真昼の東京を包んだ(最上段の写真)

この黒い雲は天魔が呼び寄せた妖雲を思わせた。

間もなく強風が吹き始め、横殴りの豪雨が降り、稲妻が走り、雷鳴が轟くな
か約一センチ大の雹も降った。まさに魔僧・日顕に対する諸天の怒りを彷彿と
させた。


 

フェイク 第1630号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年12月 5日(水)12時30分30秒
  (発行=18.12.04)

「妙観講が聖教の配達員を尾行」
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ⑦
反社会的行為を大草が自慢、日顕は称賛

 日蓮正宗の謀略紙「慧妙」は今年の四月十六日付から「あの頃、何が起きた
のかー日蓮正宗を襲った学会の謀略と攻撃―」と題する連載を開始、学会と宗
門との抗争では学会側が一方的に悪いかのような印象を植え付けようとしてい
る。

 このデマ記事を真に受けた法華講・妙観講員の中には、行き詰まっている折
伏を打開しようとして「慧妙」を学会員宅に投函している者もいる。

 では、学会員宅を、どうやって調べているのか。

 例えば、宗門機関誌「妙教」十一月号では岐阜市・長昌寺支部の活動を紹介
する中で、学会員の家である目星をつける手段は〝公明党のポスターが貼って
ある家〟だと書いている。

 これは「慧妙」を主体的に編集・発行している妙観講の悪辣な手口とは比べ
ものにならない。以前、妙観講の講頭・大草一男(現・大講頭)が学会員の名簿
を作成したことを自慢していた。それは平成四年一月、静岡の法華講妙盛寺支
部の第二十八回総会でのことである。当時の「妙盛寺支部報」に掲載された総
会での大草の「祝辞」の中で該当する個所を抜粋して紹介する。

十五万世帯の名簿作成

「ここで、私事のようで恐縮でございますが、学会に対する折伏という事に関
しましての私共の活動報告も踏まえて若干お話しをさせて頂きたいと思いま
す。

 私共の妙観講におきましては、昨年一月のはじめから一ヶ月間をかけまして
十五万世帯の創価学会員の名簿を収集いたしました。十五万世帯の名簿を収集
する為にはどのようにしたかと申しますと、あるいはお墓のお塔婆や墓石の裏
書きを見まして、そこから学会員の氏名を割り出して、それを電話番号帳で照
合して、その住所・電話番号等を調べたり、あるいは早朝から住宅地図を片手
に聖教新聞を配達している学会員の後をついて行って聖教新聞の入った家を端
から住宅地図にチェックしていったり、或いはかつて古い聖教新聞等に載りま
した読者の投稿、或いは広告等からその学会員住所を調べたり、そのようにし
て十五万世帯分の学会員の名簿を収集いたしました。」(「妙盛寺支部報」で
は「理境坊妙観講支部講頭 大草一夫」と書いているが「大草一男」の間違い
)

 大草は上記のような話をした後、妙観講の機関紙「妙観」や小冊子「富士の
清流」を配布し、また、数百チームを編成して個別に訪問したと述べていた。

 聖教新聞を配達しているのは婦人が多いようだが、早朝からストーカーにも
似た尾行を各所で続けていたとは戦慄を覚える。

 探偵業法では尾行は業務として認められているが、探偵業の届出をしていな
い一般人が尾行し、そうして調べた名簿で脅迫じみた電話をかけ、或いは家に
押しかけるのは反社会的行為だ。

 こんな妙観講の狡猾な行為を聞いた日顕が「いい考えだ。なかなか思いつか
ないことだね」と褒めていたことも伝わってきていた。

 最近の「慧妙」で「あの頃、何が起きたのか」を連載して学会が謀略を使っ
て宗門を攻撃したような記事を載せているが、妙観講は違法な手口で学会員を
脱会させようとしていたのだ。

 

フェイク 第1629号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月29日(木)14時19分46秒
  (発行=18.11.27)

日顕の時、お会式は六年連続で雨
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ⑥

日蓮正宗の総本山大石寺で二十・二十一日の両日、恒例のお会式を行なった。
宗務院は「大白法」を使って盛んに登山するよう煽り、事前の発表では四千人
が参加予定と発表していたが、宗門関係者によると、参加者は、かなり下回っ
たとのことである。

 天候は二日間とも晴れのち曇り。初日の「お練り」が始まる夕刻には気温が
急激に九度にまで下がり、冷たい風も吹き始めたので、体感温度はさらに寒く
感じたということだ。

 日顕は「見苦しいから登山しない方がよい」と関係者に言われていたが、無
理して登山した。それを目撃した参加者は「(日顕は)衰弱した姿で痛々しかっ
た」と言っていた。

 この日顕が「C作戦」を断行する前、お会式の日は晴天続きであったが、「
C作戦」の強行後、お会式は平成四年から同九年までの間、六年連続して冷雨
に見舞われた(下の図を参照)
特に、平成四年と同八年は大雨のため「お練り」を中止せざるを得なかった。

同九年の際も「お練り」を中止すると思われたが、日顕は降りしきる雨のな
か決行。かがり火は雨のため燻(くすぶ)り、参道には雨に混じって灰と煙が立
ち込め、参道に並んだ登山者は傘も差さずに「濡れネズミのようになって風邪
を引いた人もいた」と述懐する法華講員がいる。

日顕の説法が始まる頃、雨は激しさを増し、場内は濡れたままで寒さに震え
ている人、クシャミや咳をする人が多かったようだ。

「(日顕の)説法を聴いていて気分が悪くなった」と、数人の人に支えられなが
ら会場を出て行った参加者もいた。この日顕が説法を終わって大奥に入ると、
雨が止んだという。

過去にお練りを中止したのは日開と日恭

 因みに、過去にお会式の「お練り」を中止したのは第六十世・日開の時の昭
和六年、それに第六十二世・日恭の昭和十四年に、それぞれ一度だけ前例があ
る。

 日開は日顕の戸籍上の父親(実父は高野日深との説が有力)で、御本尊を誤写
し、更に、日蓮大聖人の正墓は身延山にある旨の念書を当時の文部大臣に提出
した大謗法の坊主である。

また、日恭は学会に神札を受けるよう迫り、仏罰によって大石寺の大火に包
まれて焼死した。

この二人の法主は宗史に悪名を刻む極悪僧だが、六年連続して雨に見舞われ、
二度もお練りを中止した日顕は日開、日恭よりも悪辣な天魔坊主と言える。

なお同九年のお会式では正本堂で停電騒ぎもあった。

 

フェイク 第1628号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月22日(木)14時22分34秒
  (発行=18.11.20)

日顕の温泉豪遊は一年で数千万円
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ⑤
旅館に芸者を呼んで派手な宴会も

日顕は「綱紀・自粛の基準」を平成二年八月、全国の教師指導会で徹底した
直後、女房の政子や息子の信彰らファミリーを連れて温泉豪遊に出かけて行っ
た。その贅沢ぶりを本紙前々号、前号で続けて報じた。その中で「毎月のよう
に超高級温泉旅館に来ていた」「十数部屋を借り切っていた」等と、元旅館従
業員の衝撃的な証言を紹介した。

これを読んで〝到底、信じられない〟と言う哀れな法華講員もいるとのこと
だ。

 信徒が生活費を切り詰めるなど苦心惨憺して供養しても、それを湯水のよう
に遊興に浪費するのが日蓮正宗の坊主なのである。

今号でも元旅館従業員の証言を創価新報(平成五年二月三日付)の記事から抜
粋・要約して次に紹介する。
   〇    〇
「日蓮正宗の坊さん、金あるんだね」と、もっぱらの評判で、年間にすると数
千万円は使う〝上得意〟でした。旅館に芸者を呼んで派手な宴会をしたことも
あります。お金は大石寺まで取りに行ったことがありますよ。平成三年四月十
五日に蓮成坊の石井さん(編集部注=石井信量のこと)のところへ行きました。

娘の百合子が醜態

 特に印象に残っているのは四月十三日です。二十数人、みんな夫婦連れでし
たね。大宴会場で宴会をやって……。この時だったと思いますが、娘の百合子
さんがベロベロになるまで飲んで、荒れていたのを覚えています。片膝を立て
て、あられもない姿で。よくも恥ずかしくないもんだと思いました。母親の政
子さんは「飲むのをやめなさいよ。おホホホ」と言うだけ。日顕法主もニヤニ
ヤしているだけでした。

 百合子さんは高飛車で横柄で、とても評判が悪かったですよ。日顕さんは娘
だから、かわいいらしく、娘は娘で〝法主に何でも言えるのは自分だけだ〟と
思っているようでした。

 早瀬一族も同行

 五月十五日にも来ています。早瀬重役(編集部注=日如の父・日慈)をはじめ
早瀬一族たちと夫婦連れでした。もちろん藤本総監や阿部信彰さんもいたと思
います。

 六月に来た時は桐箱入りのサクランボを忘れて帰って、ひと騒動あったこと
を覚えていますね。旅館の人がわざわざ大石寺まで問い合わせの電話をしまし
たから。また、夏には、孫が夏休みになったからと言って来ました。

信彰が温泉で長期療養

 日顕さんは他にも、あちこちに行っていました。信彰さんが手術後に長期療
養していた大仁(おおひと)温泉には、何十回となく行っていたそうですし、伊
豆長岡でも、別の料亭旅館に頻繁に通っていたと聞いています。修善寺にも、
よく足を伸ばしていたそうです。

 しかし、日顕さんは、やはり私の勤めていた旅館が一番気にいってたんじゃ
ないですか。本人も「ゆっくりできるし、この温泉のお湯が好きで来るんだ」
と言っていました。

庭の広さも格段に違いますし、新館もありますから、新しいもの好きのあの
人には格好だったと思います。


 

フェイク 第1627号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月21日(水)14時30分37秒
  (発行=18.11.19)

日顕が供養の金を湯水のように浪費
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ④
超高級旅館の十数部屋を借り切り豪遊

日顕が伊豆の超高級温泉旅館で供養の金を湯水のように浪費していた事実は、
そこの旅館に勤めていた従業員の証言が創価新報や顕正新聞にも掲載され、広
く知られることになった。顕正新聞は全面的には信用できないので、ここでは
創価新報(平成五年二月三日付)の記事を抜粋して紹介する。

平成二年八月三十日、日顕が「綱紀・自粛の基準」を徹底した直後、ファミ
リー六人で温泉豪遊したことについて、元旅館従業員が次のように証言してい
た。
   〇    〇
 三つの部屋に分かれて泊まったんですが、もちろん日顕さんは、旅館で一番
高い部屋をとっていました。一人十五万円で、政子さんと二人で三十万円。本
間、次の間、三の間と三部屋あり、数寄屋造りの純日本建築です。建坪だけで
も約五十坪、それに約七百坪の庭がついていて、本当に贅沢なところです。こ
こで十万円はする特別の懐石料理を食べていました。

 それに日顕さんは、いつも必ずチッブを十万円出してくれました。

 日顕さんの係になると、法外なチップがもらえるので、仲居の間ではうらや
ましがられていました。ですから、次のときに失礼になるといけないので、き
ちんと手帳につけていたんです。

 八月三十日のことですが、日顕さんの部屋で、忘れられないことが起こった
んです。夕食は日顕さんの部屋で行われ、六人がテーブルについたんですが、
息子の信彰さんが向かいに座っていた日顕さんにお酒を注ごうとして、冷酒入
れ(写真)をテーブルに落として割ってしまったんです。

 その時、日顕さんは信彰さんを怒鳴り散らし、あまりの剣幕にビックリしま
した。

毎月、温泉へ

 日顕さんは奥さんや、息子の信彰さん、娘の百合子さん夫婦と毎月のように
来ていましたよ。日顕さんの運転手に聞いてみれば一番よく分かりますよ。当
時、旅館には、十五万円の部屋が二つあったんですが、日顕さんは必ずそのど
ちらかに泊まりました。

予約はいつも石井信量さんがして、総監の藤本さんや八木信瑩さん、早瀬義
寛さん、大村寿顕さんらもよく来ていました。多い時で二十二、三人、いつも
は十六、七人で、運転手も入れると十数部屋は借り切っていましたね。(つづく)

 

フェイク 第1626号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月16日(金)23時18分36秒
  (発行=18.11.14)

綱紀自粛の徹底直後、日顕は温泉豪遊
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ③
丑寅勤行をサボり遊興、一晩で百万円の散財

平成二年の全国教師講習会初日(八月二十九日)の教師指導会で「綱紀・自粛
の基準」を宗内に徹底した日顕は、教師講習会閉講式(三十日)でも綱紀に言及。
自粛の根本は我々の普段の信心と行学にある旨、述べて、この基準をしっかり
守っていくよう強く望んだ。

 この「綱紀・自粛の基準」は二十九日から実施すると徹底されたが、その直
後に日顕自身が、この「綱紀・自粛の基準」を破り、丑寅勤行をサボって、温
泉豪遊に出かけたのである。

日顕の言行不一致の暴挙が創価新報(平成五年一月二十日付)で報じられる
と、宗内に衝撃が走った。こんな日顕の身勝手な行為を知らない宗門僧俗も多
くなったようだが、後世に語り継いでいかねばならない。

日顕は三十日、教師講習会が終わって、参加した坊主が解散したことを見届
けると、すぐに大石寺から車で一時間余りの伊豆の温泉旅館に向かった。

この温泉豪遊に引き連れて行ったのは女房の政子、息子の阿部信彰、その女
房の信子、金庫番の石井信量とナツ子の五人。まさに日顕ファミリーだけの〝
お忍び旅行〟だった。

日顕の一行が宿泊したのは、鎌倉時代から古湯の里として栄えた伊豆長岡の
山ふところに静かにたたずむ超高級温泉旅館のS荘だった。

京都の著名な庭師の手による壮大な日本庭園が広がり、本館は日本建築の伝
統を今に伝える重厚な建物、新館は文化勲章を受章した有名な建築家が設計し
た純日本風の数寄屋造りで、四季折々の自然美を堪能できる。

その超高級温泉旅館で、一人一泊なんと十五万円もする部屋を予約していて、
高価な懐石料理に舌鼓を打ったのである。

日顕が「綱紀・自粛の基準」を破り遊興

日顕ファミリー六人が、この一晩で散財したのは百万円を超えたという。

全国の教師を集めて徹底した「綱紀・自粛の基準」で「努めて質素を心掛け
ること」「派手にならないように、努めて自粛すること」「華美・贅沢なもの
は慎むこと。寺族の場合もこれに準ずる」「少欲知足を旨として、行住座臥(
ぎょうじゅうざが)に身を慎むこと。妄(みだ)りに遊興に耽(ふけ)り僧侶とし
て信徒や一般から非難・顰蹙を買うような言動は厳に慎むこと」等々と定めて
おきながら、日顕自身は、徹底した舌の根も乾かないうちに「綱紀・自粛の基
準」を破って、自ら遊興に耽る堕落ぶりだ。

日顕が贅沢三昧に浸って恥じないのは「綱紀・自粛の基準」自体が「C作戦」
を断行するに先立って学会を欺くための見え透いた小細工だったからである。
…………………………

父・日開の満山供養も欠席した日顕

十一月十二日に大石寺で日顕の父親・日開の満山供養が行われた。日顕は体
調が悪いとの理由で登山しないで、父親の満山供養も欠席したということだ。

 

フェイク 第1625号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月15日(木)23時23分9秒
  (発行=18.11.13)

「遊興に耽るな、塔婆は強要するな」
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ②
「赤い車は禁止」など二十一項の綱紀・自粛の基準

平成二年八月二十九日と三十日の二日間、大石寺で全国教師講習会を開催し
たが、初日の午後六時からは大講堂で教師指導会を開いて「末寺(総本山の塔
中及び各本山を含む)僧侶・寺族の綱紀・自粛に関する規準」を当時の庶務部
長・早瀬義寛(今の日如)が約一時間にわたって説明し、この基準を厳格に遵守
するよう力説した。

 この時、早瀬が徹底した綱紀・自粛の内容は二十一項目にも及び、いかに綱
紀が乱れていたかを物語る。

 まず一項目の「新築・改築・増築並びに墓地新設等に関する件」に始まり、
次の「月例御講について」では「必ず御書を拝読し、その御書に従って法義を
述べる」と規定。御講で脱線した話をする坊主が多かったのだ。また御講に参
詣した回数の多少によって「決して差別してはならない」と当然のことも記し
ていた。

 「葬儀に関する件」では「不適切な言動によって、施主や親族の心を傷つけ
ることの無いよう」と徹底した。これは葬儀の導師をしながら居眠りして数珠
を落とすような不埒な坊主がいたからだ。

 「塔婆に関する件」では成仏しないとか、極端な言い方や塔婆の強要と受け
取られるような言動は厳に慎むよう徹底。これは今も守られていない。

 「御供養に関する件」では「金額を特定したり、その多寡を云々することは
絶対にしてはならない」とされたが、現在も特別供養に苦しむ講員に教えたい。

 この後も信徒に対しては親切・丁寧を旨とする、と謳っていた。本紙前々号
で紹介した日顕の暴言のような「信徒の分際で」等とは言ってはならないのだ。

 また、祝賀会や結婚披露宴は「質素を心掛けること」「派手にならないよう
に、努めて自粛すること」と学会側につけ入るスキを与えないために打ち出し
ていた。


「華美・贅沢は慎め」

 十九項目は「品行について」の規定で「少欲知足を旨として、行住座臥(ぎ
ょうじゅうざが)に身を慎むこと。妄(みだ)りに遊興に耽(ふけ)り僧侶として
信徒や一般から非難・顰蹙を買うような言動は厳に慎むこと」と徹底した。更
に「服装・装身具等について」では「華美・贅沢なものは慎むこと。寺族の場
合もこれに準ずる」となっていた。

 最後の二十一項目は「自動車について」となっており「価格・車種などそれ
ぞれの分を弁え、決して贅沢なものは選ばないようにすること。また、僧侶と
して相応しくない形や、赤い車など、派手な色は禁止する」と規定した。

以前、カツラを被り、真っ赤な車に乗って遊び回る坊主がいたから、こんな
ことまで徹底する必要があったのだ。

 早瀬が基準を徹底した後、日顕が綱紀・自粛に触れて、実情を充分に勘案し
て策定された「基準」であると述べて「僧侶は本来、少欲知足を旨とすべきで
あるから、これを機に気を引き締めていきたい」と語った。

また、日顕は今後、僧がゴルフをすることを禁じるなどの話もした。だが、
身についた習慣はやめられず、ゴルフを楽しみ、パチンコに興じて処分される
坊主が相次いだ。(つづく)


 

フェイク 第1624号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月15日(木)01時28分0秒
  (発行=18.11.12)

皆が知っていた坊主の堕落
あの頃、日蓮正宗は何をしていたのか ①
「C作戦」の前に綱紀・自粛の基準を徹底

最近、フェイクニュースという言葉をよく耳にする。虚偽の情報でつくられ
たニュースのことで、主にウェブサイトやSNSで発信・拡散される真実でな
い情報、マスメディアが発信する不確実な情報、また誹謗・中傷を目的にした
個人発信の投稿などを含む場合もある。

 そのため本紙「フェイク」の記事が全て虚偽だと見当違いの批判をする法華
講員がいる。そこで、まず本紙の題号の由来について簡潔に述べることにする。

詳細は創刊号に記しているが、この「フェイク」とは、日顕が相承を受けず
に詐称して猊座を盗み取った「偽物の法主」で、日蓮正宗は日蓮大聖人の御精
神を失い、大聖人の仏法とは似て非なる謗法の「日顕宗」に成り下がったこと
に因んだ題号で、記事の内容は全て真実である。

サブタイトルには「偽装日蓮教団の実態を暴く!」と明記しており、日顕宗
と化した日蓮正宗、それに邪教・顕正会など偽装日蓮教団を事実に基づいて糾
弾するのが本紙の目的である。

外護に徹した学会

法華講か妙観講かは分からないが、無知な婦人講員二人がデマを吹聴してい
ることが本紙編集室に伝わってきた。それは本紙前号で「彼等(学会のこと)は、
ジーッと御供養して信仰やって、坊さんが堕落するのを待ってたんです」と、
坊主が堕落したのは学会が莫大な御供養を続けたからだとの日顕の話について
「あれは謙遜して言われたのだと思う」と意味不明な我見を口走ったあと「堕
落した僧侶はいない。学会が僧侶の腐敗堕落を捏造して宗門を誹謗した」と言
っていたという。この愚かな婦人講員は謀略紙「慧妙」の記事を鵜呑みにして、
目に余る坊主の醜態を知らないようだ。

「慧妙」は今、一面で大きく「あの頃、何が起きたのかー日蓮正宗を襲った
学会の謀略と攻撃―」という連載を続け、宗門と学会の抗争では宗門側に非は
なく、学会が謀略の限りを尽くして一方的に宗門を攻撃したかのような〝フェ
イクニュース〟を宗内に植え付けようとしている。

学会破壊のため密議

ここで断っておくが、学会は坊主の堕落など捏造していない。また、坊主を
堕落させるために莫大な供養をしたわけでもない。学会は外護の誠を尽くした
のであり、日顕をはじめとする坊主共が勝手に堕落したのである。

 坊主らが堕落していた証拠に平成二年七月、日顕ら極悪僧七人が二回にわた
り学会壊滅のための秘密会議を開いて「C作戦」(創価学会分離作戦)について
密議をした際、河辺慈篤が「今この問題をやる事は両刃の剣を持つ事になる。
やるとしても大事な事は、僧侶の綱紀自粛が必要。この作戦を実行しても、返
す刀で、この綱紀問題で学会にやられる」と発言した。

藤本日潤や早瀬義寛(日如)らが河辺の意見に同意して「C作戦」を断行する
前に綱紀自粛を徹底することに決定。平成二年八月二十九日に「末寺(総本山
の塔中及び各本山を含む)僧侶・寺族の綱紀・自粛に関する規準」を日蓮正宗
宗務院が発表した。(つづく)

 

フェイク 第1623号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年11月 1日(木)23時26分18秒
  (発行=18.10.30)

「信徒は金を出せ、口は出すな」
日蓮正宗の年末の第二回特別供養に思う
「寺の建設に信徒の分際で干渉するな」と日顕

 日蓮正宗の機関紙「大白法」十一月一日付の一面と八面に今年十二月の特別
供養に関する記事やチラシの写真などを載せている。そして「特別御供養に参
加しよう」「共々に功徳を積もう」「報恩感謝の志を形に表す尊い浄業」「絶
大な功徳、利益」等と呼び掛けている。だが、多額の金を集めようとする強欲
な宗門の甘言に騙されてはならない。

 日蓮大聖人が「まことならぬ事を供養すれば大悪とは・なれども善とならず」
(御書1595㌻)と仰せられている通り、腐敗堕落して大聖人の仏法を悪用
する謗法の日蓮正宗への供養こそ「大悪」になると知るべきだ。

この日蓮正宗が、いかに卑劣な信徒騙しの収奪を繰り返してきたか。

 平成六年には「六万塔」の建設を口実に二十一億円を集めた。この塔は「六」
の語呂合わせで高さ六㍍、建設費用は三千万円程度。実に二十億円以上を騙し
取ったことになる。

 次に、平成十年には大客殿設計者の横山公男氏と耐震診断担当者の青木繁氏
が「柱の補強だけで十分」と診断していた大客殿を解体し、客殿建設のため多
額の供養を集めた。その後も奉安堂建設、塔中十九ケ坊の建て替え、御影堂の
改修、五重塔の修復、三門の改修のための集金と続いている。今、宝物殿の工
事も始めた。

 宗門が信徒から金を収奪する――法華講が宗門に盲従する以上、この〝収奪
の無間地獄〟は今後も続く。

 かつては学会が空前絶後の膨大な供養をした。登山会の参加者は延べ約七千
万人、学会が寄進した寺院は三百五十六ケ寺にも上る。

 正本堂、大客殿、大化城などは悩乱した日顕が解体したが、今も使っている
大講堂や総坊も学会が建立寄進した建物である。

 学会が寄進したのは建物だけではない。今の大石寺用地は百十万余坪になる
が、そのうちの百万坪以上は学会が寄進したものである。

坊主の堕落は学会が莫大な供養をしたから?

 学会の前代未聞の供養に対して宗門は感謝することもなく、平成六年五月二
十六日、全国教師寺族指導会で日顕は「彼等(学会のこと)は、ジーッと御供養
して信仰やって、坊さんが堕落するのを待ってたんです」と、坊主が堕落した
のは学会が莫大な御供養を続けたからだと変な発言をした。

 法華講も供養を続けると、坊主共は今よりもっと腐敗堕落するから、もう供
養は止めた方が良い。

 特に許せないのは日顕の次の暴言だ。

 平成八年五月、米国・西ハリウッドの恵日山妙法寺の移転落慶入仏法要の際、
日顕は学会が建立寄進した寺は交通の便が悪い等々と感情的に苦情を言ったあ
と「日蓮正宗の寺院計画について、信徒の分際で干渉し……」と罵り「宗団の
組織の上からも、信仰の上からも筋が通らず、越権の行為」等と批判したので
ある。

 二百ケ寺の建立寄進など真心の外護を続けた学会に対し、寺院計画について
は意見を言うな、金は出せ、口は出すな、これが宗門の本音であり、仏法の精
神に違背する信徒蔑視の差別である。

 信徒の真心を蹂躙する邪宗門への供養は大悪の因だ。

 

フェイク 第1622号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年10月16日(火)23時56分43秒
  (発行=18.10.15)

顕正会こそ堕地獄の邪教!
浅井昭衛の九月度総幹部会での戯言を破折
日蓮大聖人の仏法とは無関係の妄論

 邪教・顕正会の機関紙「顕正新聞」十月五日付に九月度総幹部会の内容を掲
載している。一面には「堕獄の道歩む八百万学会員を救わん」との大見出しを
付けて、会長・浅井昭衛の戯言の要旨を一面に載せ、二面から五面まで全文を
長々と掲載している。

 浅井の話は我見、邪義、妄言なので詳細は割愛するが、一面の見出しに付け
たような暴言は看過できないので端的に破折する。

 それは次の内容である。「私は学会員を不憫(ふびん)に思う」「いま『入阿
鼻獄(にゅうあびごく)』の道を進んでいるのです。無間地獄に堕ちてしまった
ら、取り返しがつかないではないか」「私は早く八百万学会員を救いたい」「
遥拝勤行に励み、ともに国立戒壇建立に戦う同志となってほしい」

 これは世界に広がる学会を妬んだ浅井が顕正会員に対し〝学会員を脱会させ
て、顕正会に入会するように勧誘せよ〟と言葉巧みに煽っているのである。そ
のため、最近は「日蓮大聖人の仏法」と書いた基礎教学書なる書籍のチラシ(
広告)を学会員宅に配布する愚かな顕正会員が目立っている。

 無知な顕正会員は浅井が大聖人の仏法を説いていると錯覚しているようだが、
浅井の話は大聖人の仏法とは異質の邪見、妄論である。

 そんな浅井に洗脳された顕正会員が例え増えたとしても広宣流布とは何の関
係もない。

 面白いのは浅井が大聖人の真似をして的外れの予言を繰り返してきたことだ。

 大聖人が鎌倉幕府の内乱(北条時輔の乱)及び蒙古襲来という未曽有の国難
を、その発生時期も含めて予言され、それが的中したのは周知の事実。それを
浅井は真似て、厚顔無恥にも己に予知能力があるかのような言い回しで首都圏
直下型地震、疫病の猛威、経済破綻、日本国の滅亡、人類の絶滅、ソ連・北朝
鮮・中国による侵略、核戦争、大旱魃など、これまで多岐にわたって予言を言
い続けて、不安を煽ってきたが、幸いなことに一度も当たらない。阪神・淡路
大震災や東日本大震災、最近の熊本・大阪・北海道の地震も予言できなかった。

 遥拝勤行に功徳は無い

 浅井は会員を増やして書籍類を売りつけ、寄付を集めるために大聖人の仏法
を悪用する法盗人とも言うべき宗教ペテン師である。

「入阿鼻獄の道を進み、無間地獄に堕ちる」のは、他でもない、浅井自身だ。
そんな浅井を「不憫に思う」

 浅井は学会員が「遥拝勤行に励み、ともに国立戒壇建立に戦う同志となって
ほしい」と哀願しているが、笑止千万!

 顕正会流の遥拝勤行に功徳は無い。先日、基礎教学書のチラシを配布してい
た中年の顕正会員が「遥拝も直拝も同じ功徳がある」と言うので「それなら国
立戒壇を建立して拝みに行かなくても良いではないか」と言うと、無言で帰っ
て行ったと、友人が笑っていた。

 そもそも「国立戒壇」とは、これまでも本紙で再三、述べてきた通り、大聖
人の御遺命ではなく、御書にも記されていない。国柱会の田中智学の造語であ
る。

 こんな国立戒壇に固執する顕正会は大聖人の仏法とは無関係の邪教なのである。


 

フェイク 第1621号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 9月30日(日)01時19分40秒
  (発行=18.09.27)

テレ朝番組「名誉棄損に当たらず」
警視庁公安部の家宅捜索を報じたニュース
東京高裁が顕正会の請求を棄却、一審判決を破棄

顕正会(会長・浅井昭衛)が警視庁公安部による家宅捜索を報じたテレビ朝日
のニュースが事実と異なるとして損害賠償を求めて提訴した裁判で、東京地裁
は三月、テレビ朝日に対して二十万円の支払いを命じる判決を言い渡していた。

テレビ朝日は、この判決を不服として控訴していたが、東京高裁は二十六日
に一審判決を破棄し、顕正会の請求を棄却した。

この警視庁による捜索とは平成二十五年九月十一日、勧誘活動をめぐって顕
正会の本部、及び東京都板橋区内の東京会館など五カ所を暴力行為法違反と強
要の疑いで家宅捜索(写真)したもの。更に、強引な勧誘を行なった顕正会員の
男二人からも事情を聴取していた。

以下は、この件に関するテレビ朝日の報道である。

東京・板橋区(編集部注=本部・さいたま市)の宗教法人「顕正会」は、警視
庁公安部による家宅捜索を報じたテレビ朝日のニュースが事実と異なるなどと
して損害賠償を求めて提訴し、東京地裁は三月、テレビ朝日に対して二十万円
の支払いを命じる判決を言い渡しました。

テレビ朝日はこの判決を不服として控訴していました。

二十六日の裁判で東京高裁は、放送にあった日本脱カルト協会の理事へのイ
ンタビューについて、「真実と信じる相当の理由があった」などと指摘しまし
た。そのうえで一審判決を破棄し、顕正会の請求を棄却しました。

「顕正会は悪質な勧誘をしていた」

また、産経新聞はさらに詳しく報じていたので、次にその記事を紹介する。

警察の捜査をめぐる報道で名誉を傷つけられたとして、宗教法人「顕正会」
(本部・さいたま市)がテレビ朝日に二百万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴
審判決が二十六日、東京高裁であった。

秋吉仁美裁判長は「名誉毀損に該当しない」として、テレ朝に二十万円の支
払いを命じた一審の東京地裁判決を取り消し、顕正会の請求を退けた。

顕正会は報道機関九社に損害賠償を求めていたが、一審は八社への請求を棄
却。

一方、テレ朝の番組で、顕正会が過去に悪質な勧誘をしていたと断定的に述
べた日本脱カルト協会理事の発言が名誉毀損にあたると判断した。

秋吉裁判長は、同協会は活動が幅広く報道されている団体で、理事が顕正会
の問題に取り組んでいること、顕正会会員が勧誘をめぐって逮捕されたことな
どから理事の発言についてテレ朝が「真実だと信じる相当の理由があった」と
して名誉毀損に当たらないと結論づけた。顕正会は「内容を精査して対応を検
討したい」

テレビ朝日広報部は「当社の主張が認められたものと考えている」とコメン
トした。

 

フェイク 第1620号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 9月 4日(火)22時43分11秒
  (発行=18.08.29)

宗門が「慧妙」の頒布禁止を通達
学会が靖国神社に献灯とは大誤報だった
「寺院内の同紙は撤去、配布するな」

 日蓮正宗宗務院が「慧妙」の頒布を禁止する通達を出し、全国の末寺から「
慧妙」が残らず撤去された。

「慧妙」は八月十六日付で一面全面を使って「学会員も呆然!靖国神社に『創
価学会』が献灯」「『みたままつり』で邪宗の提灯に混じって!」との大仰な
凸版、見出しを付けて学会の謗法行為などと非難中傷する記事を写真入りで掲
載した。これが大誤報だった。

「聖教新聞」二十四日付では「学会は献灯の申し込みなど一切行っていない」
「二十三日、偽計業務妨害罪及び名誉毀損罪で警視庁(麹町警察署)に告訴の
申し立てを行った」ことが報じられた。

 これに慌てた宗務院は翌二十五日、直ちに「お知らせー平成三十年八月十六
日付『慧妙』頒布の差し止めに関してー」なる文書を全末寺に配信。その内容
は「学会による今回の刑事告訴の結果が出るまで、各寺院における当該『慧妙』
の頒布は禁止」「また、寺院内の同紙(「慧妙」を指す)は撤去し、すでに檀
信徒が持ち帰ったものは、第三者へ頒布することの無いよう、速やかに周知徹
底、対応願います」というものである。

日顕の肝煎りで創刊

 この「慧妙」は甲信布教区で発行していた「広布」の第三種郵便物認可を横
取りする形で妙観講の機関紙「妙観」と合併、日顕の肝煎りで平成五年一月に
創刊。それ以来、毎号、書きたい放題の嘘八百、屁理屈を並べて学会に罵詈雑
言を浴びせている。

 この度はインターネット上に掲載された「創価学会」の名前入りの提灯の画
像に喜んで飛びつき、謗法の証拠だと、十分な検証も取材もしないで記事にし
て大失態を演じた。

 暴走する「慧妙」が宗門の見解と整合性を欠いた記事は枚挙に暇がない。

 例えば、日顕の「芸者写真」について「首のすげ替え」説や「こんな袴はお
持ちでない」という出鱈目な記事を載せたが、すげ替えた首ではなかったし、
袴も日顕の持ち物だった。

 また「慧妙」が正本堂を壊すことはないと書いた後、日顕が解体を指示した。

 典型的な事例は宗門の法義研鑚委員会と正反対の意見を同時期に発表したこ
とだ。「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇の大御本尊
が広布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、何も謗法者に拝ま
せてはならないから、という訳ではない」(「慧妙」平成五年十一月一日付)
との我見は滑稽の極みだった。

 一方、法義研鑚委員会(委員長・大村壽顕、当時の教学部長、故人)の見解
は「大白法」(平成五年十一月十六日付)に掲載された。

 「一閻浮提総与の御本尊といっても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。
これは宗祖大聖人の御教示であり、宗門七百年の鉄則である」と「慧妙」の邪
見を一刀両断したのだ。

 こんな「慧妙」を細川明仁、宗門から離れた花野充道らが非難したのは本紙
で再三、紹介した通り。更に、常在寺住職だった細井珪道(故人)は「あんなの
新聞じゃない」と法華講員に吐き捨てるように言ったのを聞いたこともある。
「慧妙」の記事を信じないことだ。

 

フェイク 第1619号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月29日(水)21時51分45秒
  (発行=18.08.27)

原発を以前は必要、今は全廃
顕正会・浅井昭衛の無節操な二枚舌を指弾
会員勧誘のため変説、不安を煽る予言

顕正新聞など殆んど読まないが、たまたま手にした八月十五日付に顕正会が
新設した法務部の次長・菅原克仁の「〝ウソ〟で原発を推進する櫻井よしこの
悪質コラムを糾弾する」という一文が載っていたので一瞥した。それは小泉元
首相の脱原発を間違いだと指摘した櫻井よしこ氏のコラムを読んだ菅原が「強
い違和感を覚えた」「(大停電などと)不安を煽り」「反吐が出る思い」等と感
想を述べ、原発廃止を書いているのだが、目新しい内容は何もない。

 菅原の言う「不安を煽る」のは顕正会会長・浅井昭衛の方だ。政権を批判し
ての国家破綻、首都圏直下型大地震、他国侵逼(隣国からの核攻撃、侵略)、自
界叛逆、核戦争による人類の絶滅、大旱魃、大疫病などの変な予言を繰り返し
て不安を煽り、会員を勧誘に狂奔させているではないか。

この菅原の一文を見て思い出したのが浅井の原発に関する無節操な変説、二
枚舌である。

 顕正会は今では「原発全廃特集号」「原発廃絶特集号」を出して浅井が「原
発を即時全廃・廃絶せよ」と叫んでいるが、以前は逆で原発を肯定していた。

 特に、平成五年六月六日の青森大会での質問会で、浅井は「これは直接仏法
とは関係ない話題ですが…」と前置きして原発の必要性を強調していたので要
約して紹介する。

「今この経済発展を支えているエネルギー、これはもう石油には頼れない。今
後、石油は枯渇します。そうすると、いかなる国も、人類全体が新しいエネル
ギー源として原子力に頼らざるを得ない。もし頼らないと日本の今の経済生活
は大変なことになる」

「今のエネルギーの中で(原子力発電が)全国の発電量の三十%までいっている。
だから原子力を全部、日本人が『ダメだ、捨てろ、捨てろ』と言うと、三十%
の電力がなくなるから、経済成長も三分の一にダウンし、日本は生活できない」

「日本だけじゃない。全世界が核エネルギーを使って、現在の生活が成り立っ
ている」

原発よりも自動車事故の方が被害大

「今の日本の経済生活を全部、否定して昔に戻るんだと、もう電力なんかいら
ないと、言うんだったら構いませんけども、今の生活を維持しようというんだ
ったら核エネルギーを無視できない」

「原子力発電に反対、核エネルギー反対って言って、全部、破棄しろ、危険だ
といっても、日本では原発で誰が死んだんでしょうか。誰も死なないでしょ?」

浅井は、このように述べて「自動車事故で年間一万数千人が死んでいる」と
か、ゴールデンウィークの時には山や海で「必ず数十人、毎年、死ぬんですよ」
と言って「原発の問題なんかちっちゃい」と原発の安全性を強調していた。

それが東日本大震災、福島の原発事故を機に反省もしないで原発の即時全廃
を訴えるように変説したのは、会員を増やす勧誘が目的で、原発はどうでも良
いのだ。

若い菅原は以前の浅井の原発肯定の話を知らないようだが、これを知ると「
強い違和感を覚えて、反吐が出る思い」になるだろう。


 

フェイク 第1618号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月16日(木)14時00分36秒
  (発行=18.08.13)

解散処分は妙信講の暴挙が原因
邪義で会員を騙し勧誘に狂奔させる浅井昭衛 ㊦
「本門寺改称」は浅井の邪推、妄想だ

邪教・顕正会の浅井昭衛は一日、「二百万達成記念」と銘打った幹部会で、
二百万を達成したと述べた直後、大災害の打ち続く中での涙の出るような弘通
を有難く思う、と語っていた。これは今後も大災害に付け入り、被災地で勧誘
活動をするよう扇動する発言と言えよう。

というのは、阪神・淡路大震災の後も浅井は幹部会で「大地震の被災地では
入信勤行が続々と行われている。あの大災害の中でも顕正会員は毅然として立
っているのです。私は聞きながら涙が出てきた」と語っていたことがあるから
だ。

顕正会が被災地で懸命に救援活動をしていたという話は聞かないが、あの大
変な被災地で勧誘していたとは非常識極まりない。

こんな顕正会の勧誘は、オウム真理教が阪神大震災の際、麻原彰晃が「神戸
の地震予知を的中させた」と狂喜して、被災者の救援もせず、被災地で「地震
的中」というビラを配布していた狂気の宣伝と類似している。

そして、顕正会が以前の「入信願書」を「入信報告書」に変更して入信者の
署名・捺印を不要にしたのも阪神・淡路大震災の後の平成七年六月からであっ
た。

これにより本人が入会の意思を示していないのに、いつの間にか会員になっ
ているケースが続出するようになった。

 以下、幹部会での浅井の話を簡潔に指弾する。

「正系門家においては第二祖日興上人・第三祖日目上人以来七百年、この国立
戒壇建立を唯一の宿願として来たのであります」と語ったが、これは前号で触
れた通り、真っ赤なウソ。日興上人、日目上人の頃は国立戒壇という用語はな
かった。

 更に、浅井はウソを重ねて自己賛嘆を続ける。

顕正会の前身である妙信講は昭和四十九年八月十二日、解散処分になったが、
正系門家から国立戒壇の御遺命は消滅し、正本堂を讃える悪声のみがこだまし
たので浅井が「御遺命守護に身を捨てて立ち上がった」と美化している。

 国立戒壇が御遺命でないことは既に述べた通り。御遺命でないのに身を捨て
て守護する必要はない。

妙信講も正本堂の御
供養に賛同して参加

 この当時、妙信講の幹部が真相を吐露。「正本堂建立の御供養には賛同して
参加したが、主導権を学会に握られていたので異議を唱えるようになった」と
のことだ。自己顕示欲の強い浅井の考えそうなことである。

 宗務院の「元妙信講等処分の経過について」によると、浅井らは宗門の再三
の制止を無視して宗門と学会を非難する文書の街頭配布を始め、七月二十九日
には明治公園で集会、引続き四ツ谷駅までデモ行進を行い、寺院に押しかけて
法論の強要等も行なったとある。

 更に、日達法主に「流血の惨を見ること必至」との脅迫の書面を送りつける
など暴挙の限りを尽くして解散処分となった。

 その処分を不服として十月四日、妙信講の青年部約七十人が学会本部を襲撃
する事件まで起こした。

 なお、正本堂の解体は浅井の諫言とは無関係で、日顕の悩乱による愚挙であ
る。

また「本門寺改称」問題はなかった。これは浅井の邪推、妄想にすぎない。

 

フェイク 第1617号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月15日(水)13時40分3秒
  (発行=18.08.12)

顕正会の二百万達成は大嘘
邪義で会員を騙し勧誘に狂奔させる浅井昭衛 ㊤
国立戒壇は御遺命ではなく国柱会の造語

邪教・顕正会が八月一日、総幹部会を「二百万達成記念」と銘打って開催し
た。

席上、総務の矢島が六・七月度の折伏成果を発表。男子部一万千二百四十八
名、女子部一万千五百七十二名、婦人部が六千二百三十八名の合計二万九千五
十八名で「これにより、本日現在の会員総数は、実に二百万七千九百名となり
ました」と報告した。

 狂喜の拍手が続く中、登壇した会長の浅井昭衛は得意満面で「広宣流布の基
盤たる二百万を達成できた」と有頂天だった。

 だが、日蓮大聖人の仏法とは無縁の浅井の邪義、妄説、我見に洗脳された顕
正会員が、いくら増えても広宣流布ではない。二百万は広宣流布の基盤ではな
く、むしろ、正法の世界広布の障害になるだけである。

顕正会の内情に詳しい人の話によると、この二百万というのは、多くの退会
者、及び亡くなった人、無理に連れ出されて、お経を唱えたり、数珠などを渡
されたものの、会員になった自覚もない人を含めた数字で、実際は公称会員数
の一割程度、活動家はそれ以下という。二百万達成は大嘘だ。

 幹部会で浅井は顕正会の発足から六十一年、解散処分から四十四年間の足跡
を振り返り〝御遺命守護〟の御奉公であったと、約四十五分間にわたって自己
賛嘆に終始していた。

 この浅井の言う御遺命とは国立戒壇のことだが、それは大聖人の御遺命では
ない。大聖人の御遺命とは、端的に言えば広宣流布と立正安国である。しかも
顕正会や今の日蓮正宗のような強引な手法で信者を増やせば良いというもので
はない。人間一人一人が幸せになっていくことが根本であり、それが大聖人の
仏法の精神である。

大聖人の根本精神が分からない浅井の口癖は、日本一国が大聖人に帰依しな
いと巨大地震、自界叛逆・他国侵逼難、大飢饉が現実になって日本が滅亡する
という我見で、これを防ぐには顕正会員を増やして、学会と宗門が放棄した国
立戒壇を建立する以外にはない、と妄論を繰り返して会員獲得を煽る。

浅井の言う国立戒壇は、国柱会の田中智学の造語で、御書にも明治より前の
文献にも一切ない。

田中智学は日本の国体と仏法が一致するという邪義を考え、その見地から国
立戒壇論を提唱した。

この用語は世界宗教である日蓮大聖人の仏法を歪曲するものだ。宗門は戦前、
国家権力に迎合しようとして国立戒壇論を取り入れ、学会は外護団体として宗
門の国立戒壇論に一時、従っていたが、戸田第二代会長は明確に国教化を否定
していた。つまり、学会は元々、国柱会や顕正会と同じ意味で国立戒壇を唱え
ていたのではなく、今、それを言わないから違背するとか放棄したというもの
ではない。

学会は民衆の幸福を最大の目的として掲げ、第二・三代会長は信心が豆腐な
ら戒壇建立はオカラのようなものと語っていた。実に名言である。(つづく)


 

フェイク 第1616号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月 5日(日)11時53分0秒
  (発行=18.08.03)

「大石寺が供養金で金貸し業」
江戸時代の古文書が示す無慈悲な体質
庶民の苦悩を顧みず韮山代官所に嘆願

日蓮正宗大石寺が江戸時代は貧しい庶民を相手に金貸業を営んでいたーーこ
の史実を本紙では以前、取り上げたが、無知な法華講員の中には知らない人も
いるようだ。過日、「法論したい」と言ってきた二人の壮年講員に「大石寺は
江戸時代には御供養金で金貸しをしていた」と指摘すると、血相を変えて否定
していたということだ。

そこで本号では大石寺が悪質な金融業者だった事実を紹介した記事を再掲す
る。

江戸時代には寺請制度によって住民は何処かの寺の檀徒にならなければなら
ず、それが毎年、調べられて宗門改帳とか宗旨人別帳に記載されていた。いわ
ば、寺院は民衆統治のための幕府権力の出先機関になっていたのである。

その見返りとして、寺は幕府から経済的保護を受け、また、檀家を永久的に
確保することもできた。その檀徒から供養という名目で金を絞り取り、葬儀や
法事の度にも布施を巻き上げていた。このように信仰を失って仏教の本来の役
割を忘れた坊主共が、宗教的権威を笠に来て庶民を苦しめ、飽くなき収奪を続
けるのは、昔も今も変わらないようだ。

それだけではなく、有力者から金を集め、その集めた金を高利で庶民に貸し
付けるという「高利貸し」を始めた寺も見られた。

貸し付ける相手は、主として寺の檀家や周辺の農民などであった。

農民らは土地を抵当に寺院から借金し、凶作などで利息を払うことができな
い場合、抵当に入れた土地を寺に取りあげられることも少なくなかったという。

寺は農民から取り上げた土地を小作地として農民に貸しつけた。農民たちは
寺に取られた土地を小作人となって耕作し、寺には小作料を、御上には年貢を
納める羽目になったのである。

このように、江戸時代の寺は庶民の信仰の拠り所ではなく、寺は庶民を食い
物にしていた感がある。

歴史の教授が大石寺の冷酷な素顔を指摘

坊主共は権力者の庇護と宗教的権威を背景に庶民を卑下し、寺に参詣する者
の信仰心を供養の額で量り、寺に参詣しない者には禁教のキリシタンとして役
所に訴えると脅迫し、また坊主に逆らえば地獄に堕ちる等と脅した。それら坊
主共には慈悲の欠片もなかった。

本紙編集室は江戸時代の古文書を所有している(次頁に写真)。

これを読んだT大学の歴史学教授は、寺院が金貸しをしていたのは珍しい事
ではないが、大石寺も幕府の権力を背景にして、庶民を相手に金貸業を営み、
返済期限の延期や利息の滞納などは認めない金融業者としての冷酷な素顔が窺
える、と指摘した。

まず注目すべきは書き出しである。

そこには寛永十二(一六三五)年十月十二日、大石寺が猛火に包まれ、全焼
したと記している。この事実は「日蓮正宗富士年表」(大石寺富士学林発行)
には故意か、或いは知らないのか、記載していない。以下に抜粋して紹介する。

 「寛永十二年十月十二日之夜寺中より出火本堂山門坊舎不残焼失仕」と本堂、
山門、坊舎などが残らず焼失したと記している。

 この文書は天保九年六月に大石寺が、豆州韮山の代官・江川太郎左衛門に哀
願した「口上覚」で、五重の塔の再建に関する箇所にも興味深い記述がある。

  そこには徳川六代将軍家宣の正室・天英院から貰った三百両で「山門」を再
建した、と書いたあと「其ノ餘金貸附ノ利銀相積り、延享年中、五重之宝塔再
建仕候」と明記している。

 つまり天英院から貰った金で「山門」を再建し、余った金を資金にして金貸
業をして、溜め込んだ利息を五重の塔建設の費用の一部にしたというのである。

 五重の塔の建設に関して日蓮正宗が公式に発表しているのは、延享三年に建
設を始めて寛延二年に完成、資金は板倉周防守勝澄からの一千両を含む総工費
四千両となっているが、ここでは大石寺が金貸業で金儲けしていた事実につい
て、古文書をもとに紹介する。

 この古文書には大石寺が、金貸業に精を出す有様が次のように書かれている。

大石寺の田畑が仏罰により大水で流された!

「右残金ヲ以テ御祠堂田ト為シ相求メ置キ候。回徳金ヲ貸附ケ置キ候……」

 救済すべき庶民を借金で縛り、高利を取って苦しめていた大石寺には厳然と
仏罰の現証が現れた。

「近年、打チ続ク凶作ノ上、天保五年四月八日、富士山ヨリ大水押シ下シ、御
祠堂田、多分二流失仕リ、修覆モ行キ届カズ、誠二以テ難渋仕リ候」と、金貸
業によって得た金で田を買い求めたが、富士山より大水が押し下して、その御
祠堂田は流失してしまって、修復も出来ない状態になったというのである。

 日蓮大聖人は「新池御書」のなかで次のように戒められている。

「守護の善神此の国を捨つる事疑あることなし(中略)或は旱魃をなさん或は
大水と成りて田園をながさんと申し」云々。

御書に照らし、大石寺の田畑が大水により流されたことは罰であることが明
白である。

 田畑を流された大石寺は、信心根本に懺悔して御本尊に祈ることはせず、権
力者に泣きついた。

 まず「御威光ヲ以テ是迄利銀不納モ御座無ク候」とある。これは代官所の役
人が大石寺に代わって借金の返済を迫る「触れ」を出していたので、その「御
威光」によって利息も期限通り大石寺に入金されていたことに対する御礼であ
る。

その後で「当時ノ世柄ニテハ、萬一滞リ之儀、御座候節ハ、愁訴奉ルベキ儀
モ、御座有ルベキ候」と続いている。

 凶作と水害のため、農民達が生活に困って、もし、借金の返済や利息を滞
納するようであれば、訴訟を起こしても取り上げると言っているのだ。

そして「其ノ節ハ何卒格別ノ御慈悲ヲ以テ、御取リ立テ成シ下シ置カレ候ラ
ハバ、有リ難キ仕合セト存ジ奉リ候」と代官に根回する腹黒さである。

庶民の窮状を顧みることもせず、自分達の安穏な生活だけを考えるのが日蓮
正宗大石寺の坊主の正体なのである。

今の大石寺は法華講員の窮状を顧みることなく収奪するが、金融業者だった
江戸時代の悪辣な体質そのものだと言ってよい。

 

フェイク 第1615号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 8月 4日(土)11時59分44秒
  (発行=18.08.02)

「信徒が供養したから僧が堕落」
今年も御聖誕八百年を口実に集金に躍起
日顕、日如ら坊主は供養の金で遊蕩三昧

日蓮正宗は法華講員に対して、八十万人体勢構築のために徹底して行動せよ、
登山しないと成仏しない、末寺の御講に参加するのが信者の勤めだ、塔婆を立
てて追善回向しないと先祖は救われない等々、日蓮大聖人の教えとは何の関係
もない無理難題のノルマを押し付けて、肉体的にも精神的にも信徒を苦しめて
いる。

これに加えて最近は「特別御供養に参加しよう」というチラシ(写真)を新た
に作って配布し、集金に血道をあげて経済的にも信徒を追いつめている。

この特別供養は、大聖人御聖誕八百年にかこつけて平成二十八年に続いて本
年十二月と明後年の計三度にわたって行うことに決めている。

今の宗門は何かと口実を設けては信徒から搾り取る。

ニセ法主元祖の日顕は、建て替える必要のなかった客殿新築の供養、奉安堂
建設の供養など少人数の法華講から約五百億円ともいわれる莫大な金を収奪し
たが、現在のニセ法主・早瀬日如も極悪坊主の日顕と同じく強欲坊主なのであ
る。

そんな強欲ぶりを物語る一例を挙げる。

平成二年十二月、学会による二百ケ寺寄進の百九ケ寺目として山形県長井市
に信妙寺、同じく百十ケ寺目として寒河江市に真覚寺を建立した。その落成入
仏式の際、運営役員が参加者の御供養を取りまとめ、日顕への目通りの前に当
時の庶務部長・早瀬義寛(現在の日如)に報告した。

すると早瀬は「こんな少ない御供養でどうするんだ。猊下がお泊りになる費
用や食事代も出ないじゃないか。何でこんなに少ないんだ。私達もたくさん来
ているんだぞ。どうするんだ」等と激しい口調で運営役員を怒鳴りつけた。

決して少ない金額ではなかった。地元の純粋な人達の真心からの御供養であ
ったが、それでも早瀬は宿泊費や食事代も出ないと言って怒り狂ったのであっ
た。

後で分かったことだが、日顕をはじめ当時の総監・藤本日潤、早瀬ら坊主が
揃って赤湯温泉の高級旅館で豪遊したとのことだった。

他にも阿部信彰らが供養の金を流用して温泉で楽しんだ話などもある。尊い
供養の金を浪費して遊興に耽り、堕落したのが日顕・日如をはじめとする日蓮
正宗の坊主共である。

学会が総本山を整備・荘厳した上で宗門に寄進した寺院は三百五十六ケ寺に
のぼる。この宗門にとって大恩ある学会を何の根拠もなく謗法団体と決めつけ
て破門し「大謗法の者」「信徒の分際で」等と誹謗中傷を繰り返すのが今の宗
門だ。

その挙句、日顕は「彼ら(学会を指す)は、ジーッと御供養して信仰やって、
坊さんが堕落するのを待っていたんです!」(平成六年五月二十六日、全国教
師寺族指導会)と、供養の金を浪費し、放蕩三昧して堕落した罪を純真な学会
員になすりつける。

法華講員は、こんな宗門の「法師の皮を著たる畜生」に供養しても堕地獄の
因と知るべきである。


 

フェイク 第1614号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 7月20日(金)11時29分31秒
  (発行=18.07.17)

「大石寺への登山に功徳は無い」
法華講員が粗末なチラシを配布して勧誘
戸田先生は登山停止の決議に「目出度い」

日蓮正宗大石寺への登山者が減少の一途をたどっているため坊主が法華講員
にチラシを広く配布させている。それは「創価学会員の方へ 正法に帰依し、
再び大石寺へ登山しよう」というもので第二代会長・戸田先生の指導を切り文
で使って「大石寺は功徳の根源」だと誤魔化して「成仏を遂げることができる
のです」と書いている。しかし、今の大石寺は功徳の根源ではなく、魔の巣窟
である。

宗門は日興上人が「地頭の不法ならん時は我も住むまじき由」(美作房御返
事)との日蓮大聖人の御遺言に従って身延を離山されたと説明している。

ところが、地頭どころか、相承詐称のニセ法主・日顕、日如が支配する大石
寺には「我も住むまじき」で、現在は大聖人とは無縁の邪宗の寺になっている
のだ。

また、このチラシでは「学会員である皆さんは、登山しなくなって何年経ち
ますか?」との欄の末尾に「今、何よりも大事なことは、組織の人や幹部の言
いなりになるのではなく、自ら判断して学会を離れ、日蓮正宗信徒として一日
も早く大石寺に登山参詣することなのです」と狡猾な言い回しで脱会を勧めて
いる。

これを見ると、登山を口実に学会員を脱会させ、法華講員にして特別供養に
参加させ、そのうえ、無謀な講員獲得の勧誘に狂奔させようとの邪宗坊主の腹
黒い魂胆が読み取れる。

断っておくが、学会員は皆、自らの判断で大聖人直結、御書根本の正しい信
仰をしているのであり、功徳のない無駄な登山を拒絶しているのである。

そもそも、登山しないと成仏しないとは妄言だ。

登山しないと成仏できないと言うのなら、経済苦で登山の費用の無い人、病
弱で体力的に無理な人などは、自宅で真剣に唱題しても成仏できないことにな
ってしまう。

チラシでは冒頭に記した通り、戸田先生の指導を切り文で引用して学会員に
登山を勧めている。

だが、神本仏迹論の邪説を唱えた小笠原慈聞の謗法を責めて「戸田城聖氏の
登山を停止す」との宗会決議に対して戸田先生は「フン」「目出度い」と言わ
れていた。

以下は、戸田先生による当時の「寸鉄」である。

一、宗会の決議では我等の会長が登山止めだそうな、物騒な世の中になったも
のだ。

一、忠義を尽して謗法を責めて御褒美あるかと思うたに、おほめはなくて「登
山まかりならん」とおしかりさ。弟子共一同「俺達も一緒に登らんわい、フン」
だってさ。

一、何が「フン」だい。決ってるじゃないか、日本全国の信者の声だってさ、
嘘もよい加減にしろ、折伏も出来ず、御衣の権威で偉ばること許(ばか)りを
知っとる坊主の学会に対するやきもちだからさ。

一、寸鉄居士会長に御伺いをたてたら「あんまり騒ぐなよ、こんな目出度いこ
とを」とニヤリさ。
  ◇    ◇

日如が登座して以来、法華講員の五十%増達成といっても、登山者数は一向
に増えない。春季総登山にしても減っている。

これこそが現在の大石寺への登山には功徳なし、の何よりの証拠と言える。

 

フェイク 第1613号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 6月14日(木)12時47分50秒
  (発行=18.06.12)

「日蓮正宗の信心を辞めたい」の声
本年十二月の特別供養に法華講員の悲鳴
他に類を見ない悪辣な集金教団

 日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」六月一日付に今年十二月の第二回目の特
別供養について「大勢で御供養に参加しよう」との見出しを付けて掲載してい
る。

この記事を読んだ複数の法華講員から本紙編集室に「もうウンザリだ。法華
講を辞めたい」「年金生活で楽じゃない」「こんなに金集めをする宗教は他に
はない」等の声が寄せられた。

確かに、かつて信者の財産を巻き上げる宗教としては、あのオウム真理教が
知られているが、それより酷いのが日蓮正宗で他に類を見ない悪辣な集金教団
だ。

特別供養の口実としては「大白法」では「平成三十三年に日蓮大聖人の御聖
誕八百年を慶祝するため」と称して、次の事業を進めていると記している。

①法華講員八十万人体勢構築の推進 ②三門大改修、五重塔・諸堂宇修復工事
及び関連事業 ③大聖人御聖誕八百年慶祝記念大法要、及び記念法要 ④記念出
版事業 ⑤その他委員会において必要と認める事業。

このうち八十万人体勢構築については「推進委員会が設置され、大布教区別、
布教区別の僧俗指導会等が開催されている」と述べているが、これは集金の理
由にはならない。

これらの指導会では布教部長の阿部信彰、副部長の新井契道や推進委員の坊
主らが檄を飛ばして法華講員に勧誘させているだけではないか。それなのに何
故、特別供養を集める必要があるのか?

また、五重塔は既に昨年1月、修復が完成し、鬼門と二天門の修復工事も完了
している。その他の記念法要や記念出版のための特別供養は必要なかろう。

 また、三門の大改修工事は現在、三階部分の組み立てを行っているようが、
特別供養は今年が最後ではない。二年後にも集めると決めているから法華講員
の嘆きも分かる。今の日蓮正宗は大聖人を利用して集金する邪教であり「日蓮
商宗」と呼ぶのが相応しい。

熊本地震義援金を寺院建設委員会へ

宗門は熊本地震義援金として平成二十八年四月二十日~平成三十年二月二十
八日の間、一億二百万余円を集め、被災寺院への義援金 として八十九万余円、
被災信徒への義援金として三千五百万余円、熊本・大分二県への義援金として
二千五百万円を支出。残りの四千五十万余円を日蓮正宗寺院建設委員会に繰り
入れた。

だが、これは義援金だから被災した自治体などに贈るのが本筋ではないのか、
と法華講員は憤慨していた。

また宗門は今回の特別供養を第二回と称しているが、実際は十指に余る回数
だ。

平成六年に約三千万円の六万塔を建立するのに二十一億円も搾取したのをは
じめ、同十年の客殿の際に四十一億円を集金。また五十億円以上の巨費を投じ
て正本堂を解体し、同十四年の奉安堂では百六十八億円を収奪した。

平成十八年には記念事業を口実に二十二億七千万円、同十九年にも二十八億
一千万円、同二十年にも三十九億六千万円を搾取。同二十五年の御影堂と塔中
坊の建て替えで百二十億円もの大金を収奪し続けた。それでも不足ならば、日
顕のいる豪邸を売却するべきだ。


 

フェイク 第1612号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 6月 6日(水)23時21分4秒
  (発行=18.06.05)

日如らの講義は折伏の檄ばかり
今年も割り当て人数を下回る夏期講習会
行動しない坊主が講員に「行動せよ」と強要

日蓮正宗の第十五回法華講夏期講習会が五月十九・二十日の第一期から始ま
り、二十六・二十七日の第二期に続いて六月二・三日には第三期が行われた。

 講習会の開始に先立って開かれた全国正副支院長会議の席で布教部長の阿部
信彰が「割り当て人数を下回ることのないよう強力に参加の推進をするように」
と強い口調で締め付けていた。

だが、その効果はなく、今年も第一期から第三期まで、いずれも割り当て人
数の五千人を大きく割り込んでいる。

今年に限らず、講習会の参加者数は目標を達成したことがなく、年々、減少
の一途をたどっているのが実情である。

その理由は折伏、御講、特別供養、登山と、相次ぐノルマ地獄に苦しむ法華
講員が疲弊しているのに加え、早瀬日如をはじめ担当講師の阿部信彰、水島公
正(教学部長)、武安力道らの講義が無味乾燥で信心の歓喜も感動もないからで
ある。

今年は「御命題達成への行動―異体同心して折伏と育成を―」とのテーマの
もと初日の一時限目は「八十万人体勢構築への行動」、二時限目は「御教示に
おける行動の大事」、三時限目は「実践行動の方途」で、〝実践行動〟など全
く経験のない堕落坊主が観念論を振りかざすばかりだから受講者は辟易してい
る。

そのため、申し込んでも参加しない者もおり、多くは末寺坊主に強要されて、
嫌々ながら仕方なく登山している現状である。

 第一期の一時限目で阿部は「歓喜に満ちて折伏し、育成せよ」と訴え、新入
信者にも折伏させるよう強要していた。続く二時限目では水島が日蓮大聖人、
歴代法主の振る舞いを通して、折伏こそ末法の如説修業だと力説。「折伏の行
動」が大切だと語っていた。

 この水島について本紙は以前、夜の勤行もしないで徹夜麻雀にうつつを抜か
す賭博常習犯であるばかりか、かつては本尊書写の練習をしていたと紹介した
ことがあった。

今は徹夜麻雀や本尊書写はしていないとは思うが、水島よ、如説修業を強調
するのであれば、自らが率先して「如説修業の折伏」を実践してはどうだ!

 日如の講義も阿部や水島と同様、自らに折伏の体験がないため口先で折伏を
煽る話が主体で「平成三十三年の慶事まで三年、千日間だから講習会の参加者
が折伏して八十万人体勢を構築していくように」(第二期)と檄を飛ばしていた。

この講習会は今年も低迷状態に終わるだろう。

大石寺墓苑で
地盤が沈下!

大石寺墓苑のL区で地盤が沈下した。そのため夏期講習会の期間中も大型重
機を使って修復工事が行われていた。(写真参照)

 

フェイク 第1611号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 5月23日(水)09時50分35秒
  (発行=18.05.22)

「慈悲の欠片もない法華講の折伏」
大型連休の最中に本山に招集して指導会
成果に焦る日如、阿部信彰らの悪足掻き

 法華講員八十万人体勢構築という無謀な誓願の達成が絶望的な日蓮正宗が今
月四日、大石寺で「折伏推進僧俗指導会」を開いた。ここでは成果に焦る日如
や布教部長の阿部信彰、同副部長の新井契道をはじめ早瀬義栄ら折伏推進委員
の坊主が出席して「毎日が実践だ」「誓願を必ず達成せよ」等と締め上げてい
た。

 折伏成果は全体的に低迷しているが、宗門関係者によると、四月末時点で達
成率が十%そこそこの末寺が約八十ケ寺もあったので、これらの末寺の坊主と
法華講幹部がゴールデンウィークの真っ只中、本山に召集されたということで
ある。

 また、阿部信彰のいる常在寺(豊島区)の法華講員は、四月末の段階で同寺の
目標三百六十七に対して、やっと二十%になったので、それ以下の末寺の法華
講支部が指導会の対象になったのだろうと語っていた。

 本来なら、大型連休の時は活動する絶好の機会である。その時に、わざわざ
本山に集めるのは活動の足を止めることになるのだが、そんな当たり前のこと
も日如や阿部信彰らは分からない無能坊主だ。集めて檄を飛ばせば折伏成果が
伸びると勘違いしているのだろう。

 日蓮正宗は口では「僧侶主導の広宣流布」と言いながら坊主は発破をかける
だけで実践はせず、法華講員に折伏してもらう仕組みになっている。

 本山での布教講演にしても、末寺での御講にしても、世間知らずの坊主が講
員に向かって説法するだけで、これでは布教は進まない。坊主が率先垂範して
折伏するのが本来の在り方だが、今の日蓮正宗の坊主共には、そんな力はない。
日如自身、折伏の経験が全くないのだ。

 一方、講員はノルマに追われて勧誘しているため、その言動には相手を思い
やる慈悲の欠片もない。

 先日、法華講の活動家の訪問を受けたという壮年は「突然、訪ねて来て、荒
々しい言葉遣いで一方的に私の信仰の悪口を言う。腹が立ったので追い返した」
と語っていた。

今年も地方部総会の参加者は減少!

 このように坊主が講員に暴言を教唆するような指導会を開いても逆効果で、
活動家も減っている。事実、今年の法華講地方部総会の参加者も減少している。
毎年一回、開く総会の参加者数は法華講の勢力を示すうえで格好の行事である。

 そのため各地方部は結集に力を注ぎ、連合会幹部らが手分けして担当してい
る。

だが、連合会の関係者によると、参加者数が昨年に比べて微増の地方部もあ
るが、ほとんどが横ばい状態で、減少している地方部も目立つという。

 昨年よりも参加者数が減っているのは、現時点で分かっているだけでも秋田
・岩手・宮城・福島・栃木・神奈川・東京第二・静岡東・愛知東・京都・兵庫
・南近畿・北中国・広島・福岡東・福岡西の各地方部である。

 なかでも愛知東地方部は、参加者が以前は千人を超えていたとのことだが、
今年は四百人少々にまで落ち込み、最悪の事態だ。

 なお、法華講の夏期講習会の第一期が十九・二十日に始まったが、今年も日
如ら坊主の説法は不評だ。その様子は改めて紹介する。

 

フェイク 第1610号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 5月16日(水)18時52分28秒
  (発行=2018.05.15)

相次ぐ坊主の強制隠居、解任
無能な日如が折伏の低迷で大ナタ振るう
折伏ノルマに苦しんだ住職の自殺も

邪宗・日蓮正宗では住職の解任、強制隠居が、ここ数年の間、相次いでいる。
その理由は折伏成果の低迷ということである。本紙編集室が把握しているだけ
でも平成二十七年は十二人、同二十八年には十人の住職が隠居に追い込まれた。

特に、昨二十九年には住職に加えて正副支院長の計十四人の大量更迭を四月
二日付で断行。宗内に激震が走ったが、住職の解任、強制隠居も強行された。

二月には広島県竹原市の得行寺の住職・蜂谷道慈が解任された。「宗務院録
事」の辞令では「願に依り得行寺住職を免ずる」と誤魔化しているが、解任の
理由は折伏の不正報告だった。

蜂谷の不正報告が露見したのは法華講員が宗務院に投書したからで、本山に
呼ばれて厳しく追及されたという。蜂谷は五十代半ばの大僧都で隠居する年齢
ではない。後任には講師の小山成琳が赴任した。

特筆すべきは埼玉県朝霞市の日成寺住職・安孫子信洋の自殺である。三月二
十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だっ
た。
その「遺書」には過酷な折伏ノルマに対する苦悩が記されていたという。

末寺住職が死んだ場合、法主が葬儀の導師を務めるのが普通だが、日如は安
孫子の葬儀の導師を拒絶したばかりか、その死を宗内に知らせる「宗務広報」
も出さず、「大白法」「大日蓮」にも一切、掲載しなかった。

法華講員の中には「機関紙誌に掲載されていないから住職の首つり自殺なん
てウソだ」と言う者がいる。

だが、都合の悪いことは素知らぬ顔で隠すのが日蓮正宗の常套手段である。

四月には大阪市の聖教寺住職・長坂慈精、徳島県鳴門市の妙眼寺住職・吉松
雄英が「折伏ができない」という理由で隠居に追い込まれた。

続く六月には鹿児島県鹿屋市の正遍寺住職で、南九州布教区の宗務副支院長
・東猛道が隠居させられた。

数千万円を不正に使い込んだ坊主も解任

また、十二月には会津若松市の実成寺住職で、福島布教区の副支院長になっ
たばかりの影山広道が住職と副支院長を解任された。影山の処分理由は他の坊
主と違って折伏の低迷ではなく「寺の基本金を不正に使い込んだため」という
もので、その金額は驚くことに数千万円にも及んでいたという。

今年になって一月早々、静岡県富士宮市の下之坊住職・岡田広裕が隠居した。

 四月には北海道第二布教区支院長で旭川市の大法寺住職・杉広哲、愛媛布教
区の前副支院長で新居浜市の法楽寺住職・岩切仁道を本山に呼び出し、二人に
「強制隠居」を言い渡した。

大法寺は三年連続で目標の未達成、法楽寺も五年連続で未達成である。

早瀬日如は末寺に対して「毎年、信徒数の一割増」という無謀な折伏ノルマ
を押し付けているが、信仰心も広布の使命感も欠落している法華講に出来る筈
がなかろう。

日如自身、実践の体験がないから折伏が難事中の難事だと分からないのだ。

住職を処分しても折伏は進まないが、今後は一段と住職や支院長らの懲罰人
事が増えることだろう。

 

フェイク 第1609号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 4月10日(火)11時59分27秒
  (発行=18.04.09)

今年も雨の中、大石寺で虫払い
叩きつける雨、「雷・強風・なだれ注意報」も
今のような法要は明治から、参加は少数

日顕が教学部長の頃、雪山坊の会議室で虫払い法要について「陽光うららか
な日に重宝に風入れをする」「お会式の時は『お練り』と言うが、お虫払いの
時は単なる『行列』と言う」と説明していた。ところが、今月六・七日の両日、
大石寺での虫払い法要は「陽光うららか」ではなく、大雨のため湿度九十六%
の日に〝風入れ〟をして、また宗門が中世の絵巻と自慢する「行列」も出来な
かった。

「こんな雨の日に重宝類に風入れしても逆効果だろう」と言う参加者もいた。

初日の六日午前、法華講員や坊主が相次ぎ着山。午後一時半に御開扉が始ま
ると雨が降り始め、御開扉を終えた登山者が宿坊に向かう頃には大雨になり、
強風も吹き始めた(写真参照)

 このところ、大石寺の虫払い法要と言えば決まって悪天候だ。平成二十五年
は急激に発達した爆弾低気圧による〝春の嵐〟が吹き荒れ、特に、富士宮一帯
に大雨・洪水・雷・強風注意報が出た。

  同二十六年は初日の六日、大石寺の周辺には物凄い稲妻が走り、雷鳴が轟く
中、大粒の雹(ヒョウ)が叩きつけるように降り、雹に直撃された登山者もい
た。

 同二十七年は二日目に冷たい雨の中、御真翰を御宝蔵から客殿に運び込んだ。

また、同二十八年も激しい雨が降り、昨二十九年も初日の午後一時半からの
御開扉が近づくと時折、雨が降り始め、夜の日如の御書講義が始まる頃には本
降りになり、二日目は「大雨注意報」が出て、早朝から昼過ぎまで断続的に雨
が降り続いた。

こうした現象からも大石寺の行事には諸天の加護が全くないことが分かる。

登山者は年々、減少

 さて、今年の虫払い法要の初日は、夕方五時頃から本格的に雨が降り始めて、
六時過ぎには雨脚・風ともに強まり、やがて叩きつけるような風雨で、富士宮
市全域に「雷・強風・なだれ注意報」が出たのだ。

二日目の七日、本山周辺の木々が大きく揺れるような強い風が吹くなか、登
山者は客殿での法要に向かっていた。皮肉なことに「ご真翰巻き返し」などの
行事が終わる頃、ようやく日の光が差し込んでいた。

 この虫払い法要に関する古い文献としては元亀四年(一五七三年)の第十四世
日主の頃の「霊宝虫払日記」があるだけで詳細は不明。天明元年(一七八一年)
の記録には「虫払は三歳に壱度也」とあり、三年に一度、行われていたようだ。

これが正式行事になったのは徳川時代末期の天保年間で四十八世日量の頃か
らで、現在のように四月六・七日に行うようになったのは明治以降からである。
この頃、参加者は少数だった。明治二十六年には東京から七人、埼玉から三人、
横浜から十数人、尾張から一人の参加だったが、それでも「最も盛大なる法會
にてありき」と記していた。

登山者は近年、減っているが、この虫払い法要の参加者も減少している。


 

フェイク 第1608号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 3月28日(水)11時49分55秒
  (発行=18.03.27)

功徳はなし、減り続ける登山者
今年も失敗に終わった大石寺の春季総登山
狙いは御開扉料六千万円の収奪

日蓮正宗法華講の春季総登山が三月二十四・二十五日の両日、大石寺で行な
われた。初日の行事は法華講連合会の役員らが早瀬日如に目通り、御開扉、全
国の講頭会があり、夜には客殿での日如の講義と続いた。

このうち講頭会の出席者によると、折伏の誓願達成と育成、年末の特別供養、
末寺の御講への参加などについて話があったという。

この日は晴れたり、曇ったりの天候だったが、午後、講頭会が始まる頃、俄
かに小雨が降り始めた。無理な課題を押し付けられて苦しむ講頭たちの辛い気
持ちの表れだったのかも知れない。

二日目の二十五日は早朝から登山者が乗用車やバスで着山。宗門はこの日だ
けで約二万人と発表していたが、法華講関係者は「五千人ほど少ない」と否定
した。初日の登山者と合わせても宗門が御講などで強調し、また「大白法」で
何度も特集を組んで呼び掛けた「三万人の春季総登山」は今年も達成できなか
ったばかりか、例年より減っているということのようだ。

この春季総登山の失敗は前々から懸念されていた。二月末に法華講が集計し
た登山者の確認数は目標の六割に過ぎなかった。しかも、その約半数は参加費
を納めていなかった。

慌てた宗務院は登山人数の確保のため、本山周辺や首都圏の寺に対して割り
当て人数を増やしたが、これも当てが外れた。割り当て人数を増やされた末寺
の坊主は「近いからといって、たくさん登山できるという訳ではない」「全く
迷惑な話だ」との嘆きの声も伝わってきていた。

また、坊主に責められた法華講の活動家は学会員を登山させようと狂奔。信
仰歴の長い学会員宅を訪ねては「大石寺を懐かしいと思いませんか?」「久し
ぶりに登山しませんか?」と猫なで声で話しかけて「謗法の寺なんか懐かしい
とは思わない」「行っても功徳ない」と追い返された事例も報告されている。

ところで、宗門が春季総登山に三万人の結集を煽っているのは、約六千万円
の御開扉料を狙ってのことだとの宗内の声もある。

高すぎる御開扉料

清水寺(京都)など代表的な大寺院は近年、拝観料を値上げしたが、それでも
奈良や京都の寺院の拝観料は三百円とか五百円、高くても八百円程度で、国宝
や重要文化財を観賞できる。東京では浅草寺や巣鴨の高岩寺などは無料だ。大
石寺の御開扉料二千円は高すぎる。

かつて大石寺は建物の屋根が壊れ、畳や壁などは傷み放題で、法華講も供養
しなかったから、学会の戸田第二代会長が大石寺の窮状を見かねて始めた登山
会だった。だが、今は法華講から大金を集めて建物は新興宗教のように新しく
なった。

功徳もなくなった現在、これ以上、高額の御開扉料を収奪すれば登山者が減
り続けるのは当然である。

 

フェイク 第1607号

 投稿者:宿坊  投稿日:2018年 3月17日(土)14時31分23秒
  (発行=18.03.16)

「今の五座三座は日昇法主の時から」
無知な法華講員の愚かな批判を粉砕 ㊦
日寛上人「方便・自我偈、題目で良い」

日蓮正宗の法華講員が各地に出没して批判している日寛上人書写の御形木御
本尊に関しては既に再三、破折した。最近では本紙一六〇〇~一六〇二号で三
回にわたり①相貌 ②授与書き③法主による開眼 ④法主の許可、の四つの視点
から徹底的に破折を加えた。

また法主の血脈が断絶した事実を日顕も認めており、それを本紙一五三二号
で紹介した。

そこで今号では「五座三座の勤行をしないのは大聖人門下ではない」との的
外れな批判をする法華講員に勤行の変遷を教える。無知な法華講員は五座三座
の勤行が日蓮大聖人以来、宗門七百年の伝統だと言い張るが、それは間違いで
ある。

 いつ頃から勤行が五座三座の形式になったのか、それを示す正式な記録は宗
門には残っていない。

 ただ、日寛上人が加賀の信徒・福原式治に与えられた書状の中で「五座三座」
について述べられているので、その書状を記された江戸時代中期の享保四年(
一七一九年)頃には本山だけで行われていたようだ。

だが、信徒に対して五座三座をしなければならない、とは強要されてはいな
い。「方便品と自我偈と題目でよい」と言われ、また、勤めの関係等でそれも
出来ない時には題目一遍だけ唱えるよう指南されていた。

日寛上人は勤行の形式を強要するのではなく、あくまでも信心の発露を大事
にされていたことが分かる。

 勤行嫌いで知られる日顕は、かつて「私ども小僧の時には全部、長行を読
んだのですよ」と言った後で勤行の変遷を述べて「今のような形で勤行をする
ようになったのは、第六十四世水谷日昇猊下の時だった」と明言したことがあ
る。

この日顕の話でも明らかなように、五座三座の勤行は宗門七百年の伝統では
なく、日昇法主の時に今の所作に変わったにすぎない。

法華講員は他教団の勤行について難癖をつける前に、宗門の紆余曲折した勤
行の変遷を学び直し、日顕と日如に実践するよう進言せよ。

勤行嫌いな日顕・日如

日顕はニセ法主の座に三十年近く居座り続けたが、夜の三座の勤行をしたの
は僅か一度だけという懈怠ぶりだ。大石寺では六壺で毎日午後四時から夜の勤
行を行うのを常とする。だが、日顕は「大奥で色々な仕事があって忙しい」と
の理由で常に欠席したが、一日だけ発心したことがあった。

昭和六十年春、当時の仲居に「ワシも明日から六壺で勤行をするからな。信
心根本でなきゃいかん」と言ったものの、勤行したのは、その翌日の一度だけ。
同六十三年にも「勤行に出てやる」と言ったが、この時は口先だけに終わった。

日如も昔から勤行をサボっていたことを改革同盟の渡辺雄範氏が「決別の書」
で次のように指弾した。

「あなた(日如のこと)は、どうして信仰の基本である勤行を平気でさぼるの
でしょうか。本山に午前八時に出発する時でさえ、朝七時からの勤行をするの
を見たことがありません。また、夕方、来客があると、午後六時からの寺の勤
行もせず、客と一緒に外食に出掛けてしまいます」

 この日如が法華講に唱題、折伏、供養を強要している。


 

レンタル掲示板
/10